そんなことある?「ッ……ゲホッ……ォァ……???」
花を吐いた。
そりゃあもう盛大に。
胃からせり上がってきた不快感に口元を押さえたが、手のひらにあるのは白から赤に切り替わる花弁。見たことがあるはずだけど、名前が出てこない。男子高校生の花知識事情なんてそんなもんだ。
なんて現実逃避したって現実は変わらなくて。
「っ悠仁!?」
我らが担任、五条先生が珍しくその綺麗な目を見開いて俺を見つめる。
あまり見ない表情に少し得をした気分になりながら、ぼんやりと考える。
これはまぁ、十中八九あれだろうな。
花吐き病。
なんだっけ。詳細はよく知らない。
ネットニュースで、人気アイドルが発症して騒ぎになった後に一般人とお付き合いを始めたという1部で大炎上して大多数に祝福された記事を思い出した。
知り合いに患者なんて居ないし、花を吐く病なんて滅多にお目にかからんだろ。知っていることといえば、片思いをこじらせた結果花を吐き出して、両思いになれば完治。
白銀の百合を最後に吐いて晴れて両思いなんて、都合のいい話だと思わないか?恋なんて、ただ己の欲を相手に押し付けているだけなのに。
己の腹から吐き出したはずなのに、胃液にまみれるわけでもなく絢爛に咲く花になぜだか無性に腹が立った。
「それ、嘔吐中枢花被性疾患?」
やけに真面目な顔で、先生は問う。
「よくそんな難しい正式名称覚えてんね。多分そうだと思うよ。心当たりは何一つないけど。」
「心当たりがないって、どういうこと?」
「花を吐く心当たりと、片思いを拗らせてる心当たり。
俺が花を吐いたのは今が初めてで今までにその嘔吐中枢なんちゃらを発症した記録はない。
そして、誰かに恋焦がれている心当たりも無い。まぁこれは俺が無意識に考えないようにしてる可能性もあるけど。」
ふむ…と何やら思案顔になる先生。
やめてよね?俺別に付き合いたいとかそんな願望ないから。だから面倒なこと言い出さないd「よし!今から居残り授業です!内容は道徳!可哀想な悠仁くんの初恋探しです!7日後までに初恋を見つけること!これ宿題ね!」
「はぁ!?」
とまぁ、そんなこんなで俺の初恋探しは幕をあげちゃったわけよ。
「このタイミングで恋とか……」
とりあえず部屋に戻った俺は1人頭を抱えてみた。いや俺死刑の決まってる身よ?恋だの愛だの言ってる場合じゃないんよ。
自分のいい加減さにほとほと呆れたが、諦めが悪いところがなんだか自分らしくていっそ笑えてきた。
「花処理しねーとな。」
嘔吐中枢なんちゃら……通称花吐き病の症状である吐き出された花は、触ると感染してしまうため患者本人が処理するしかないらしい。
ほかの誰かがうっかり触って感染するリスクを考えたら燃やした方が早いか。と、どれかのダンボールにしまい込んだライターを探す。確かじいちゃんの墓参りに行った時のがあったはず。
「あった。」
数分無数のダンボールを漁るとお目当てのものは出てきた。
さっさと燃やしてしまおうと灰皿に花をころがしたが、何の花か分からないのが妙にモヤって画像検索してみる。
「………………アネモネ、」
ご丁寧に花言葉まで添えられている。
花言葉は『儚い恋』『君を愛する。』
「いやうるせぇよ」
検索結果までもが俺を責めているみたいで、スマホをベッドに投げ捨てる。
その調子で花も捨ててしまいたかったが、感染症を広めないためにも処理はきちんとしないと。高専で花吐き病クラスターとか地獄じゃん。夜蛾学長とか感染しちゃったらどうすんのさ。
閑話休題。
「というか、花って燃えるか?」
ドライフラワーとかじゃなくて生花っぽいから燃えなくね?え?行ける?行けたわすげーな花。
謎なところで感動しているうちに花は燃え切ってしまった。
夕日で紅く染まる自室。
本日何度目かのぼんやりとするという現実逃避をこなしながら、破天荒な担任を思う。
初恋を見つけるのが宿題だと、先生は言ったけど。
「そんなもん知ったところで、今更どーにもならんよ。」
あの忌まわしい笑い声が聞こえた気がしたけど、気のせいだとかぶりを振った。