二月三日は夏油様のお誕生日二月三日は、世界で一番大好きな人のお誕生日だ。今年は美々子と相談して、夏油様にとっておきのプレゼントを用意した。
私たちふたりの手作りバースデーケーキだった。
図書館で借りてきた本を見ながらスポンジを焼いて、中には缶詰のフルーツをサンドする。生クリームをたっぷり塗ったら、てっぺんには真っ赤な苺をたくさん飾った。
「ふたりとも良く頑張ったね、本当にありがとう。とても美味しそうだ」
夏油様が微笑んでくれるのが、何より嬉しかった。
「へえ、ガキのわりにはやるじゃん。すげー美味そう」
なぜか五条悟が偉そうにしてるのが癪に触るけど、夏油様がとっても楽しそうだったから許してあげることにした。
「こらこら、これは私へのプレゼントだよ。悟が独り占めするつもりじゃないだろうね?」
五条悟がいる時だけ、夏油様は子供みたいにふざけたり、涙が出るくらい大笑いをしたりする。それがちょっぴり悔しかった。
ふたりを見つめながら唇を噛んでいると、横からトレーナーの袖を引っ張られた。
「菜々子、今日は夏油様のお誕生日」
「うん……わかってるよ」
いつだって、美々子は私の気持ちなんてお見通しだ。それは私から見た美々子も同じことだ。私たちは双子だから、お互いの考えていることがよくわかる。
美々子にもう一度袖を引っ張られて顔を上げると、夏油様が私の顔を覗き込んでいるようだった。
美々子にせっつかれたので、私はいつもみたいに笑ってみせた。そうしたら、少し心配そうな表情だった夏油様も笑い返してくれた。
「夏油様、ハッピーバースデー!」
「ふふっ、ありがとう」
テーブルの上に並んだご馳走を夏油様はとても喜んでくれた。
「俺と双子に感謝しろよ、傑」
お料理はほとんどこいつが作ったのが引っかかるけど、私たちはバースデーケーキだけで精一杯だったから仕方がない。
「悟は何でもできちゃうから、本当に憎たらしいよねー」
「まあ、俺って最強だし?」
ああ、まただ。夏油様は私たちには、絶対にこんな意地悪なことを言わない。でも、意地悪を言われたはずの五条悟もへらへら笑っていて、それはふたりにしかわからない暗号みたいだった。
美々子が昔、夏油様に聞いたことがある。
「夏油様と五条悟は、本当は双子なの?」
そんなことを聞かれた夏油様は、切れ長のお目々を丸くしてびっくりしていた。私もその時は、美々子が何故そんな不思議なことを聞くのかがわからなかった。
五条悟は真っ白な髪の毛で、女の人みたいな顔をしていて、いつでもへらへら笑っていたし、お行儀が悪くて、言葉遣いも下品だ。何ひとつ私たちの大好きな夏油様に似ていなかったから。
「どうして、美々子はそう思ったんだい?」
「夏油様と五条悟は、ときどき私と菜々子みたいだから、そう思ったの」
それを聞いて、美々子の質問の意味をはじめて理解した。
夏油様は少し考えてから、くすりと笑いながら言った。
「大人になるとね、そういう人が現れることがあるんだ。美々子にとっての菜々子、菜々子にとっての美々子みたいな特別な存在がね」
それを聞いて、私たちは首を傾げた。
私と美々子は双子で生まれた時から一緒だったから、特別なのは当然だった。
全然似ていない夏油様と五条悟は、どうやってお互いが特別になったんだろう?
私たちにはわからなかった。
私たちが初めて作ったケーキは、スポンジがパサついていて、クリームはぼそぼそしていた。
夏油様は一口食べて「うん、とっても美味しいよ」と言ってくれたけれど、お店で売ってるケーキにはほど遠くて悲しかった。夏油様に美味しいケーキを食べさせてあげたくて、一生懸命作ったのに。
夏油様の優しい言葉を聞きながらも、私と美々子がしょんぼりしていたら、五条悟がニヤニヤしてこちらを見ているのに気づいた。
カチンときた私は何か言おうとしたけれど、すぐに言葉は思い浮かばなくて口をぱくぱくさせることしかできなかった。
すると、五条悟は私たちの頭の上に掌を置いて、ポンポンとはたいた。
「初めてにしちゃ上出来じゃん?」
何それ、偉そう。ムッとしたけれど、でっかい手のひらで頭を撫でられるのは何だか悪くなかった。
「また来年も傑に作ってやりな。そしたら俺にも食わせてな」
「……考えとく」
やっぱり五条悟は嫌いだったけど、来年も夏油傑にケーキを焼くことを考えたら、わくわくした気持ちになった。
「私は幸せ者だね、来年もふたりの美味しいケーキが食べられるなんて」
夏油様の言葉に私と美々子は目配せをして、来年の二月三日を想像して笑い合った。