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    諸星スピカ

    @nyandafurunagai

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    諸星スピカ

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    これは続きなんとなく思い浮かんでるやつ。

    先生と下着の話先生と下着の話

     降り出した生温い雨は、あっという間に二人を包みその身を濡らしてしまった。せっかく買った物を濡らさぬようにと外套を脱ぎ荷物を包んだベレスは特にひどい有様で。ぽたぽたと髪の毛から滴る雨水をざっとしぼると、地面に小さな水たまりができたほどだ。  
     慌てて駆け込んだ町外れの教会はセイロス教のもので、二人がガルグ=マクの関係者だとわかると雨宿りと少しの食事、空き部屋まで快く提供してくれた。急な雨に似たような状況の信徒もいたらしく、二人にしてはやや手狭な部屋に通された。備え付けの寝台の上には着替えが男女二人分用意されていて、心遣いがありがたい。
     ベレスは感謝しながら己の濡れた衣類に手をかける。強い雨風は翠雨の節らしく寒くはないが、放っておくと体温が逃げていってしまう。はやく着替えをと声をかけると、背後の彼がぎょっと声を上げた。
    「まさかここで脱ぐつもりですか?」
     何を当たり前のことを、とベレスは首を傾げた。

     目の前で水を吸った重そうな衣類を脱ぎ始めた彼女にシルヴァンは慌てた。ファーガスの紳士らしく、いや一般的な男として背を向けて見ないようにするのが礼儀だとはわかっていても、それをしのぐ速度でベレスは衣類を脱ぎ捨てていく。
    「ここの他にどこがあるの?」
     訝しみながら下も脱ぎはじめた彼女は、肌に張り付く衣類を器用にまとめながら脱いでしまった。そうしてあっという間に下着姿になられてしまい、シルヴァンは鼻白んだ。
    「……せんせ、恥ずかしいとかそういう感情はないんですか?」
    「……? あぁごめん。別に全裸じゃないしと……おかしかったね?」
     こういうことは傭兵時代よくあったからうっかり、と言いながらもまずいと思ったのだろう。さすがに少し口をへの字にしている。
     急な雨に、二人で一部屋の個室。なーんて割とおいしい状況で、身体だけでいえば格別のベレスを目の前にしてもシルヴァンは全く嬉しくなかった。
     淡々と表情ひとつ変えない彼女のことがわからない。どうやらお人好しであろうことを最近知ったがそれもよくない。この、とにかく変な女に深く関わるのが億劫だった。
     それにしたって。
     それとは関係なしに。
    シルヴァンも彼女と同じく口をへの字にしてしまった。
    「手ぇ出してほしいってんならまぁ……それはそれなんですけど」
    「?」
    「さっすがにその下着はないでしょう!」
     彼女の姿をこれ以上見るべきではないのだろう。しかしとてもそうはいえない格好に思わず言葉が口をついた。
    「変だろうか? たしかに少し動きにくいけど、質は悪くない……と思うけど」
     ベレスが自身を見下ろしながら困惑しているのがわかった。
     確かに変ではない。変ではないが──その身につけた極めて質素な下着。端切れか何かを丁寧に縫い合わせた、おそらく教会からの支給品だろう。色も生成りのそれで、飾り気なくリボンやレースの一つもない。
     年頃の女性が身につけるにはあまりに──。
     瞬間、これまで見たり見せられたりしてきたい数々の下着が眼裏に浮かぶ。それらと照らし合わせてみても、うん、やはりこれはない。シルヴァンは意を決した。
    「別に金に困ってるわけじゃない……んですよね?」
    「まあ下着を買うのに困ったりはしていないね」
    「そうだとしたらあまりに、ええとつまり……ダサいですね」
    「ええ……弁のたつ君にしては随分な言い様だね」
     どうやらこちらの言わんとしている事は伝わったようだが、果たしてどこまで理解してくれたのかは定かでは無い。案の定ベレスは困ったように首を傾げた。
    「いつもはもう少し動きやすいものなんだよ。でもここのところ天気が悪かったから洗濯が間に合わなくて、もらったっきりのこれを着たんだ」
    「それはええとつまり、自分のセンスじゃないって言いたいんです? それ言い訳になりませんって」
     珍しく唇を尖らせ念押ししてくるあたり、少しは自覚したのかもしれない。己の下着の冴えなさを。
    「私のものではないから、優れた見た目なのか判断がつかないし、支給品に文句は言わない」
     ベレスは言いながら濡れた髪を一纏めにして、拭きものでざっと身体を拭った。その手つきがやや乱雑でどうやら多少はその感情に波風がたったようでシルヴァンの気持ちはすっもした。
    「話は終わりでいいね? さ、君もはやく着替えて。少し休憩したら雨の様子を見に行こう」
     ベレスは用意された簡素なシャツをもぞもぞと羽織った。自分のような男と二人、下着姿でも気にしない様子を見て再びはぁとため息が出る。
     せめて意識の一つでもしてくれれば──もっと楽に。
    「……切り捨てられるのに」
     シルヴァンは小さくそう、呟いた。おそらく雨の音に掻き消されたそれはベレスは届かなかっただろう。聞いて欲しいのか欲しく無いのか。そんな事も彼女相手だと判断がつかない。シルヴァンは考えても仕方がないと、ゆるりと着替えを手に取った。
     雨はしばらく降り続け二人で足止めをくらった。他愛のない話をたくさんするしか時間を潰す方法はなく、珍しくどうでもいい話を二人でして過ごした。

     それから二節もあと、飛竜の節も終わりの頃。そんなことがあったなんてシルヴァンはすっかりと忘れていた。
     なぜならその後の翠雨の節は本当にいろいろあったから。日常も忙しく、課題や授業やその他諸々──それなりの日々を過ごしているそんなある日。
     夕食を終えた食堂前で、待ち構えていたベレスに呼び止められた時はいささか驚いた。彼女の話を聞けば、この後部屋に来てほしいということだったのでさらに驚いた。
    「ええと、今日この後ですか?」
    「うん。ちょっと準備するから少し間を置いて来て。見てほしいものがあるんだ」
     なんだか悪戯そうな、最近では見慣れてきた彼女のそれだった。この人は案外洒落が好きなようで、生徒と軽口を言い合っているのをよく見かける。担任になった当初より気さくな距離にシルヴァンは随分気を許し始めていた。最も複雑な心境は変わらないのだがいろいろ世話になったのも本当だから。
     それに自分の装う軽い距離とこの人のこの雰囲気の相性は、そんなに悪くない。上手く上辺で会話ができる。それに救われもしたから。
     それにしても、これから部屋に?
    念のため、とっぷりと暮れた空を確認するように指したがベレスは気にしてないようだった。それじゃあ待ってるから、と走って行く姿が楽しげで、シルヴァンはぽりぽりと頭をかくしかなかった。
     なんだかよくわからないが時間がかかりそうだし浴室でも行って時間を潰すかと、釈然としないまま──。

     それから数刻して、シルヴァンは約束通りベレスの部屋を訪ねた。思ったより遅くなってしまったのは浴室でさっぱりした後部屋で寝こけてしまったとは呼ばれた側だが言いづらい。
     もしかしたらどこかで行くのを躊躇っていたのかもしれないが、まさかそこまで避けちゃいないと、言い訳がましい自分に呆れた。
     ノックをして「先生」と呼びかけると、内鍵の開く音がしてベレスがひょこりと顔を出した。
    「や〜すみません〜思ったより遅くなっちゃって……」
    「いやかまわないよ。というか、うん……」
     迎えてくれた彼女は、遅くなったことは特に気にしていないようだった。それより他に気になることがあるようでどこか上の空だ。
     最終的には眉間に皺を寄せながら、まぁいいかと体をずらして入室をうながされた。
     部屋の前まで荷物運びを手伝ったりしたことはあったが中に入るのは初めてで、少しの好奇心で視線を走らせてしまう。
     とりあえず扉近くの机には授業で使うようなものしか置いてなくて、思っていたより乱雑だなという感想くらいしか浮かばない簡素な室内だった。
    「それで、どんな用事ですか? お役に立てることなんて女性関係くらいしか思い浮かびませんけどね」
    「女性関係には違いないんだけど」
    「は……? え?」
     何かの聞き間違いかと思ったが、彼女はじっとこちらを見ていて。変な汗が先程さっぱりしたはずの背をつたう。
    「ええと、俺なんかしました? あ、いや最近特には問題起こしてないかと……」
    「え? ああごめん君自身の事ではなくて」
    「違うんですね。あーよかった」
     あの事とか、この事とか。適当に書いた恋文を落としたこととか。若干身に覚えのあるあれやこれじゃなさそうでシルヴァンはほっと胸をなでおろす。
     その後に度肝を抜かれるとはまだ思いもよらず。
     ベレスは戸棚から何かの紙袋を取り出すと、それをずいとこちらに掲げてこう言った。
    「下着を見てほしくて」
    「あーはい下着ですね。下着なら、え、は?」
    「以前君に馬鹿にされただろう。下着のことを」
    「えーーーっと……」
    回らない頭を必死に回転させ、ようやっと思い至ったのはあの日、雨宿りの。教会の一室でのやり取り。思い至って、シルヴァンはぽんと手を打った。
    「ああ! あのくそダサい下着のことですね!」
    「ダサ……それがなんだか悔しくて、あれから密かに調べていたんだ。下着のことを」
    「………」
    シルヴァンは今度こそ絶句した。下着のことを「調べる」なんて言い方をする女に、これまで出会ったことがなかったからだ。もしかしたらいるかもしれない。流行りの柄や形を熱心に調べ、素敵な下着を身についている女性が。それでも、こんな風に真顔で自分に報告してくる必要がどこにあるんだろうか。
    「それで何度か店に通ったりして、検討した結果購入した下着があるんだけど」
    「……まさか?」
     いやだこれ以上関わりたくないー。
    シルヴァンは祈るように目を閉じた。けれど目の前の人は残酷で。シルヴァンに紙袋を押し付けると、
    「なにがまさか、なのかわからないが。今日はそれを君に見てもらおうと思って」
     それで呼んだんだ、と。そう言った。
    「っぁ〜〜〜〜っと。これを俺にどうしろっていうんですかね」
     何がどうして、自分の担任教師の下着を品評しなければならいのか──。
     役得感も、正直感じないわけではないがなんだか怖い。だってこの紙袋、羽のように軽いし。
    「だから、見てもらっていいものかどうか判断してもらおうと。ちなみに吟味したので自信はそれなりに、ある」
     ベレスはその豊満な胸を張りぐっと拳を握った。
    「のだけど」
     そう、続いた言葉にシルヴァンは首をかしげる。先ほどの勢いとは違い、ベレスに戸惑いの気配を感じたからだ。
    「教師が生徒に下着を見せるのは問題があるなと思って……」
    「気が付いてくれて本当によかったです……」
     がっくりと肩を落とすとベレスはやはりそうだねよ、とどこかほっとしているようだった。
    「ついに希望していたものが手に入ったと少し浮かれてしまってね」
    「まぁそれだけ一生懸命だってことで……」
     勢いや興味で動いたはいいもの、ふと冷静になるということはままあることだ。ベレスにもそんなことがあるかと思うと少しだけ微笑ましいではないか。
     それにしてもよほど苦労したのだろうか。あの雨の日から暇がなかったとはいえ、かなり時間が経っているのにそれでも用意したこの中身とは、一体どんなものなのだろうか。
     シルヴァンは手の中の軽い紙袋と晴れ晴れとした顔のベレスを見比べた。
     いらぬ好奇心がうずく。のちに正気に戻りよく考えてみれば自分だった彼女と同じだと気がついた。けれどもうこの時は遅かった。勢いや興味で自分も彼女と同じように動いてしまったのだから。
    「というわけでせっかく来てもらったところ悪いんだけど、部屋に戻っていいよ」
     それも返して、と紙袋に手を伸ばすベレスにシルヴァンはするりと距離を詰める。
    「……なに?」
     至近距離のシルヴァンを見上げたベレスが冷たい視線でねめつけてくる。おそらく急に近づいたことで警戒したのだろう。元傭兵のこの人はたとえ生徒であっても瞬時に攻撃の対象になるのかと、ぞわりと背筋が粟立つ。今のは自分が不用意だったなと思いながら顔には出さず、小首をかしげ目をすがめる。
    「そ〜んな怖い顔しないでくださいよ。時間つくってきたんだから、このままはもったいないなと思いまして」
    「……というと?」
     笑顔をつくった自分にあからさまな敵意は解いてくれたが、まだ警戒はしているようだ。シルヴァンは唇を舐め気持ちを整えると、ほんの少しだけ煽りながら話をつづけた。
    「まさか先生がそこまでダサいって言ったことを気にしていたとは思いませんで」
    「………」
     ぴくり、と彼女の頬がひくついた。案外単純だなとこちらはにやつく。
    「だ・か・ら。せっかく用意したこれ、着てみてくださいよ」
    「……え」
    「いいやつ選んだんですよね? じゃあダサくないって証明できる、いい機会じゃないですか」
    「え、それは……そうだけど……?」
     シルヴァンはベレスに紙袋を返す。先ほどは返さなかったのに今度はすんなりと。そして背を向けると、ドアの前まで移動した。
    「もちろん着替えは見たりしませんから」
    「当たり前でしょう……」
    「ははは。じゃあ、ね? せっかくなんだし、着ないともったいないですって!」
     そうして、完全に動きを止めると戸惑った気配を背後に感じた。
    「かけた時間もお金も労力も無駄にしちゃうんですかー?」
     ダメ押しの煽りが効いたのかやがてぱさりと乾いた衣擦れが聞こえ始めた。
     なんだか面倒を通り越して面白いことになったなとシルヴァンは思った。こうなったらいっそ、いつもと違う彼女の姿を見て少し楽しむことにする。
     その程度の思い付きのはずだ。
    でも、ふと思い立ち──音を立てず部屋の内鍵をそっと閉めた。何が起きてもいいようにという、そんな予感と直感で。
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