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    諸星スピカ

    @nyandafurunagai

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    諸星スピカ

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    耳フェチシルヴァンのシルレス。

     以前戯れに、一度だけ彼女を抱いた事があった。この場合の戯れとはなにも自分の事だけではなく、彼女の方もそうだったとはっきりと言わせてほしい。
     いつもの調子で「今夜遊びませんか?」と誘った自分に彼女は少し考えてから「いいよ」と、そう返したのだ。憎らしく、妬ましく、いっそ殺してしまいたいとまで思った相手を抱く事になり正直な所面食らった。さりとて冗談ですよと言葉を翻すのは悔しくて、いっそ弱みにでもなればいいと無理に笑ってその肩を抱いた。
     彼女はどうやら男女の営みに興味があるようで──君の好きな事が知りたいだとか、そんな愚かな事を言っていたが──だったらわからせてやろうとそんな気持ちだった。
     さすがに学内はまずかろうと何故か自分が気を利かせ、こっそりと連れ立って出かけて行き街の安宿に辿り着く頃には多少楽しくなっていた。
     そして質の悪い寝具に彼女を寝かせ見下ろして、一枚また一枚と衣類を剥ぎ取ってゆくのは殊の外情欲を誘った。すっかり気を良くし触れた身体は筋肉質でいて女のまろやかさに満ちており、薄暗い室内で輝くように美しかった。どこに触れても女が喜びそうな事を囁いてみても彼女は表情を変えず、その大きな瞳を見開いてただじっとこちらを見ていた。
     けれどひとつだけ。
    その耳朶に触れた時──輪郭を指先で辿りそうっと骨を撫ぜた時彼女がぴくりと反応を示したのだ。
    「っふふ……」
     密やかな笑い声だった。恥を秘めたような囀りだった。
     驚いて顔を見ればほんの少しだけ口元を綻ばせていて、そんな顔を見たのは初めてで思わずまじまじと覗き込んでしまった。彼女の目を、視線をあれほど苦手だと疎ましく思っていたはずなのに。
     彼女はこちらの視線から逃れるように顔を背け、その拍子にみどりの髪がぱさりと揺れた。今し方弱い所をみせた耳が曝け出され、その様にひどく興奮した。生徒に抱かれるために素っ裸になったのに耳がくすぐったいだなんて。そのちぐはぐさは今まで触れてきたなによりも清らかに感じられ、した事がないくらいその無垢を穢すことに注力した。
     ねぶって、触って、反応をひろって確かめてまたねぶって。彼女が所謂はじめてだった事よりも、その中でほのかに反応を示す様よりも情交の後記憶にこびりついていたのは、あの密やかな笑い声と綺麗に形造られた耳だった。
     それ以来、女の耳ばかり気にするようになっていた。幾度となく行きずりの女の耳を弄び、どこをどう弄ればイイのかはすぐに理解した。けれど、どんな反応を返されてもどんなに懇願されても心は少しも動きはしなかった。
     ふふ、というあのさざ波のような笑い声だけが恋しくて、もう一度この腕の中で聴きたいとそう願うようになっていった。


     だから生きていると確信していた。彼女が崖から落ちて行方知れずになったと聞いて、冷たい汗をかきながらひとつひとつ確認した、転がる死体のどの耳も彼女とは違っていたのだから。

    「はは……すごくないですか? 俺の、ん……記憶力」
    「──あ……っ」
     覚えた形そのままの彼女の耳を眼前に、興奮は際限なく自身が熱く猛る。待ち望んだそれを目の前に、耐えきれずべろりと舐ればか細く甘い声が上がり口元は自然と弧を描いていく。
    「今こうしてみても、記憶の中のあんたとぴったり一致しますから……」
     否が応にも熱くなる吐息を交えてそう語りながら柔く口づけると、組み敷かれたベレスがびくりと身をすくませた。
    「なにを言って……」
    「んー……先生が生きて戻ってくるって、わかってたって話……」
     抱きすくめて耳の周りを埋めるように唇を順繰りに押し当てる。耳裏の窪み、その薄い皮膚が特にいい。すぐ下を流れる血流を感じてこの人が生きてると確かに感じることができるからだ。気に入った場所に強く吸い付き痕を残す。
    「ぁっ……」
    「でも不安でした……こうしてまたあんたに触れられて、俺嬉しいんですよ」
    「シルヴァ……っひ、ぁ……!」
    「んん……」
     外郭に優しく歯を立てると、彼女はその優れた防衛本能で身を捩った。けれど放してなんかやる気はないのだから、ますます強く抱きすくめる。暴れる身を封じるように今度は耳朶をきつく噛んだ。
    「いっ……」
     痛みに呻くのが可哀想だ。可哀想だから慰るように舐める。舐める。舐める。ぴちゃりと音をたててそのまま吸って舌先を伸ばして穴を埋める。
    「っん、ぁ……!」
     声が甘く弾けるのを聴いて理性の糸がほろほろととけてゆく。慰めのはずだった舌は、あの日の夜のように蹂躙をはじめる。
     ぐちゅ、ぬちゅ、と水音を響かせ舌を抜き差しすれば、呼応して彼女の身が、腰が跳ねる。その振動がこちらの身も震わせ、柔い尻が押し当てられて快楽へと繋がる。
    「っは……先生……」
    「ぁっ、や……シルヴァン、やめ……っ」
     舌で愛撫している耳とは別の、もう一方を指先で触るといよいよ逃げ場を無くしたように彼女が呻いた。身体を縮こまらせて手が縋るようにこちらに伸びてくる。
    「っん、ぁ……シルヴァン、こんな……ひ……っ」
    「気持ちいいですか? っ……」
    「ぁっあ……い、やだ、んっ……なんで……」
     そのないたような声にふと、意識が醒めた。
    「なんで……」
     目の前には唾液に濡れ夜の灯りにてらりとひかる耳がある。焦がれた耳だ。いつの間にか焦がれる程に求めた人の。
    「なんでって……」
     そんな人が消えてしまって、生きているって確信していたが不安で。
    「シルヴァン……」
     腕の中には今小さな声をあげ震える彼女がいる。
    「あれ……俺、は……」
     ゆっくりと身体を放してみると、その震えは快楽か恐怖か判別がつかない。
    「せ、先生……」
     かつての貼り付けたような奔放さも軽薄さも、五年の間にすっかりと消えてしまった自分が今、どうしてこの人を組み敷いてこんな事をしているのか──わからない。ぐにゃりと視界が歪む。
     自分はただ本当に再会が嬉しくて安堵して、もう一度──。
    「あの時みたいに、笑ってほしかっただけなのに」
    「シルヴァン……?」
     何のことかわからないと言うように彼女が顔を上げる。そこには笑顔なんて到底なく、ただ困惑と不安げな顔があるだけだった。
     再びなにかがほろほろととけてゆく感覚。
    「……ね、先生。もう一度」
    「え、ぁ……っ……?」
     びくり、と彼女の身がすくむ。耳をあの時と同じように撫でたからだ。
    「今度は同じようにしますから」
     だからもう一度、笑って。
     先生。
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