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    諸星スピカ

    @nyandafurunagai

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    諸星スピカ

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    フィギュアスケート選手とコーチの先生。タニマさんの素敵なフィギュアパロシルレスの呟きを見て気がついたら書いていた。ペアスケーターで問題児のシルヴァンの前に現れた謎のコーチこと先生的なパロ。フィギュア全然詳しくないんでそのへんは薄目でみてください。

    フィギュアのシルレス「君、ペアよりシングルの方が向いてるよ」
    「へ?」
    「というわけで今日からシングル選手として育成することになったから」
    「い……嫌だ! 俺は女の子と滑りたいんです! 1人でやるくらいなら辞めます!」
    「私はコーチのベレス。よろしくね」
    「話聞いてください!」

     出会いはリンクの上。
    もう数が多すぎて数えるのをやめてしまった、ペアの女の子との揉め事の後。鬼の形相のコーチが連れてきた1人の女性、ベレスとの出会いはこんな感じだった。
     てっきり新しいペアの子だと思ったのに。ちょっと年上かな〜年上のお姉さんもなかなかいいな〜なんて呑気に考えていたのに。
     新しいコーチだなんて聞いてない!
    くわえてペアからシングルへの転向だなんて全くもって自分の意志を無視されて、シルヴァンは不貞腐れていた。
    「それだけ期待されてるんだ」
     なんて、軽い嫌味混じりの嘲笑も今はどうでもよかった。

     ◆

    「まずは意識を変えよう」
    「意識」
    「君は確かに女の子の扱いはうまいと思うよ。ペアになった子はみんな君のスケーティングに不満はなかったようだし」
    「そりゃそうですよ。そこ否定されたら、俺のアイデンティティが無くなっちまいます」
     リンクの上で、ウォーミングアップに軽く流して滑りながらシルヴァンはぶつくさ文句を垂れる。色男、女たらしと言われながらも、シルヴァンと滑るとまるで抱かれてるみたい──だなんて言われるのが好きなのだ。もちろん女の子と本当にそういう事をするのだって嫌いじゃない。
     けれどやっぱり一番は、氷上でペアの子をめろめろにする瞬間が好きなのだ。
     それを取り上げられた今何をモチベーションにすればいいのか分からず、この無愛想なコーチにも不満というか反発心を募らせている。
     同じように軽く滑っていた彼女が、すいと自分の方へとやってきた。頭ひとつ小さくて、練習用のウェアに包まれた極めて女性らしい身体つきに素早く視線をはしらせる。
     競技をするにはその胸は邪魔になるかもな、と思えるくらい立派な胸を持つ彼女の経歴は謎だ。けれど少し見ただけで彼女の技術が優れていることは言うまでもなく、コーチとしての不安はあまりないのが本当の所だ。
     でも、それとこれとは別問題。
    「俺は女の子と滑りたいんです!」
     再三の主張をもう一度繰り返すと、彼女がふむと首をひねる。
    「そんなに小さな事にこだわらない方がいい」
    「小さくありません〜俺にとっては大事な事なんです」
     それに。たった1人で氷上に立つ度胸なんて、きっと自分にはないのだから。
     そんな事を考えているとベレスがふいに立ち位置を変えた。すぐにわかるそれは前期までペアでやっていたプログラム。けれど彼女の立場位置は、自分の場所だ。
     カチンときて頬が引き攣る。まさかこの女、やる気だろうか。
    「……どういうつもりです?」
    「君のその根性をたたき直してあげる」
     さすがにリフトなんかはできないけどね。とすました顔で彼女がいうと、タイミングよく音楽が流れ始めた。こちとらつい最近まで選手としてやっていたプログラムだ。こんな、ぽっとでの女に自分の立ち位置を奪われるわけがない。
     青筋を立てながらそんなに言うならお手並み拝見とシルヴァンは女性位置に立った。
    「それじゃあよろしく頼みますよ、先生」
    「先生? ……まぁいいか」
    「でもこれであんたの事認められなかったらシングル転向もコーチもナシ! いいですよね?」
    「いいよ。でも君はきっといいシングルプレイヤーになると思う」
    「……なりませんから!」
     クスリと笑い、よろしくと身体を寄せられその肉感に多少動揺したのはきっとこの先の予兆だった。

     結果は完敗。シルヴァンは顔を真っ赤にしてリンクの上にへたり込んだ。
    「な、なんですかその……えっちな滑りは!」
     情熱的で蠱惑的に鮮やかにリードされきってしまった。心臓が、バクバクとうるさくて落ち着かない。なんなら少し勃ちそうだ。
    「君の真似」
     額に浮いた汗を適当に拭いながらベレスがそっけなく答える。
    「はぁ!? 俺って……まぁたしかにそういう滑りかも……いやでも! 完コピっていうか……!」
     完コピ以上に、ぐっとくる滑りをされてしまった。翻弄され、気持ちよく身を任せ、そしてそれ以上に惹かれた。それなのに彼女は目の前の自分なんか見ていないような、言いようのない雰囲気を放っていて気がつけば縋るように、振り向いて欲しくて仕方なくなってしまった。
     自分とペアを組んだ子はこんな風にはならなかった。自分と同じなのにそれ以上に魅力的な滑りをされ、正直悔しくてしょうがない。
    「どうやったんです? 何考えて滑ってるんです? いやそれより、あんた何者なんですか!」
     聞きたいことが湧いてきて、なんとか立ち上がり詰め寄るとつれない態度で彼女は離れてゆく。
     リンクから降りてすたすたとベンチに戻り帰り支度をする彼女の手を気がつけば掴んでいた。
    「……シルヴァン?」
     じっとりと見られ、言葉に詰まる。
    「うぐ……いや、これはその」
    「やる気になった?」
     大きな瞳が問うてくる。それはもちろん、覚悟の程を聞いていてシルヴァンは観念して吠えた。
    「あぁもう、なりましたよ! やりますよ! シングルで! でもそのかわりちゃんと教えください。俺がシングルプレイヤーとしてうまくやってく方法を!」
     いいプレイヤーになると、あんな滑りができる彼女が言う理由が知りたい。そして、どうしたらあんなに魅力的に立ち回れるのかも。華やかさもないし表情だって豊かじゃないのにどうしてこんなに惹きつけられるのか──1人の競技者としてこの心に火をつけた責任をとってほしい。
    「君は女の子が好きで、目立つことも嫌いじゃない。演技も、競技への愛着もあるし努力もしてる。芸術的な事が好きだし、スケートが好きだ」
    「は?」
    「……と、これまでの君を見て感じたんだけどここは合ってる?」
    「あ……ってますよ」
     いきなり己の心を見透かしたような事を言われ恥ずかしい。いつの間にそこまで見ていたのかと気になってそわりと落ち着かない。
     けれどベレスはふむ、とひとつ頷くと安堵したように微笑んだ。思わず見惚れるような魅惑の微笑み──。
    「あの、先生……?」
     すっかりと手のひらの上で転がされているなと思いながらも思わず聞けば、彼女はたったひとつ、この後ずっと指針となる方針を口にした。
    「それじゃあこれからは、観客全員を抱いて」
    「は……はぁ!?」
     彼女が提示したシングルプレイヤーとしての目標。それは自らのスケーティングでペアを抱くのではなく、観客全員を抱くこと。
     突拍子もなくわけがわからない。
    シルヴァンはしばらくこの課題に頭を悩ませる事になるのだが──それが花開くとは今は思いもよらず。
    「目の前1人を満足させるんじゃなくて、全員。君ならできる」
     不敵に宣言する彼女との二人三脚がはじまった。

     ◆

    「あー……駄目です。俺やっぱ向いてないですって」
    「今更何を。仕上がりは完璧。後は君の気持ち次第」
     シングル転向後初の表舞台を前にして、シルヴァンは完全にビビっていた。彼女のコーチはスパルタで基本的なところから何から何まで宣言通り叩き直された。その中で非常にコンプレックスを刺激され険悪になったりもしたのだが、何とか乗り越えここまでやってきて今に至る。コーチと教え子としての相性は悪くない。後は舞台、場数を踏むだけだ。
    「俺の気持ちねぇ……」
     シルヴァンはちらりとベレスを見る。
     彼女に今はもう、感謝しかない。いや最近はそれ以上の感情を抱いているような気がしている。
     コーチと教え子にはよくある事だし、いつも一緒にいる相手だし、勘違いかもしれないけれど──彼女の事を1人の女性として見ていると思う。けれど彼女はそんな事を考える間を与えてはくれない。観客全員を抱け、と教え込まれた通りより多くの人に訴えかけるような演技を叩き込まれた。それに応えるのに精一杯で自覚したようなしないような……とにかく今は演技の事でいっぱいいっぱいだ。
     いよいよもう向かわなくてはという瞬間ベレスがぎゅっと手を握ってきた。
     どきり、と鼓動が跳ねる。けれど気づいてしまった。彼女の手が自分以上に冷え切っている事に。
    「先生……手が」
     驚いてみれば、ベレスは強張った笑顔を浮かべていた。
    「……柄にもなく緊張してる」
    「やー……はは、あんたも緊張なんてするんですね」
     なんだか拍子抜けしてしまい先ほどまでの後ろ向きな気持ちがどこかに行ってしまった。それよりもなによりも彼女の手をはやく暖かくしてやりたいなんて、こっちこそ柄にもなく思ったり。
    「かわいい教え子の晴れ舞台だからね」
     ぎゅっと再び手を握り込まれ、それから薬指を摘まれた。そうしてするりと嵌められたのはいかつい指輪だった。
    「えっ!?」
     薬指って、これって。あわあわしていると彼女は「お守り」と手を離す。
     そうして見た彼女はもう強張りも緊張も感じさせない、いつもの先生の顔をしていた。
    「大丈夫。君ならできる」
    「……俺なら」
    「みんなが君を待ってる」
     どん、と胸を押された。その力強さになんだか泣きそうで。
     気がつけばその頬に軽やかにキスをしていた。
    「はっ?」
     ベレスが驚いて身を引くがついでにハグももらっておく。
    「お守りっていうならこれくらいしてもらわないと」
     耳元でそう囁くと柔らかなため息が返ってきてなんだか楽しくなってきた。これならなんでも、今なら出来てしまいそうな。
    「いやらしい事は禁止だよ」
    「こんなのいやらしいうちに入りませんよ。なんたって、これからお客さん全員──抱きに行くんですから」
     ハグを解いて見つめ合う。もらった指輪にもキスをひとつ。そうして氷上に向かった。

     ◆

    「振り付けを変えたい?」
    「ええ……全部じゃなくていいんです。表現を変えたい部分があるといいますか」
     シングルとしてシルヴァンの演技は好評を博した。女性関係のトラブルが多かった過去を逆手に取り、今は観客の皆さんが恋人ですなんて言ったインタビューやキャラ作りがはまったのもあっただろう。
     ベレスとの二人三脚も順調でいよいよ大きな大会に向けての準備も大詰めという段階でのことだった。
     シルヴァンから提示されたプランに特段おかしな部分はない。その方がやりやすいのならいいのではないかと言えるくらいの些細なものばかりだ。
    「これくらいなら別にわざわざ許可なんて取らなくてもいいのに」
     この所妙に真面目に、それどころか鬼気迫る勢いで練習に打ち込んでいるシルヴァンの事だからきっと大事な事なのだろうけど。自分の存在が変な枷になってはいないかと心配でベレスはそう伝えた。けれどシルヴァンはやはり真面目な顔をして首を横に振る。
    「ここまで俺がやれたのは先生のおかげです。それにこれは先生には知っておいてほしい事なんで」
    「そこまでいうなら……」
     振り付けと内容にもう一度目を通し確認していると、じっと見つめられている事に気がついた。顔を上げるとシルヴァンの頬がほんのりと赤くなっているのが見えて、慌てて手を伸ばす。
    「大丈夫? 顔が赤いけど体調は?」
    「え? あぁ……大丈夫です。調子よすぎるくらいなんで」
     やんわりと掴まれ頬から離された手はそのままシルヴァンの大きな手に握り込まれる。
     なんだろう、とほんの少し居心地が悪い。この所こうしてじっと見られる事が増えた気がする。氷上でも、そうでなくても。文字通り観客全員、老若男女全員を抱く──もといその心に届くような演技をする彼の真剣な眼差しはなかなか身に余る。
     そう教えたのは自分なのに、目覚めた後の彼は凄まじい勢いでそれをものにしていった。もう発破をかけるための猿真似で演じたようには彼の滑りは再現できないだろう。
    「先生、前にも聞きましたけど……いや、やっぱりいいです」
    「なに? 気になる事は言って」
    「いえ、大丈夫です。考えてみればあんまり関係ないなと思いまして」
     音のするようなウィンクを送られて首をかしげる。そうしているとやっぱりじっと見つめられ、ベレスは戸惑うのだがついぞシルヴァンは何も言わなかった。
    「さぁ今日も練習練習! 張り切っていきましょう!」
     リンクに降り立つ前、薬指の指輪にキスをひとつ。今やすっかりお決まりとなったルーティーン。シルヴァンのやる気を受けて、ベレスも気を引き締め直す。
     大会はもうすぐだ。

     ◆

    『シングル転向したての時は正直言って怖かったです。リンクの上で1人なのが──相手とじゃなく、自分と対話するのが怖かったんです』
     いってらっしゃいと伸ばされる手をとってハグをして。
    『でも今は、結構好きですね。自分の事、だいぶ見つめ直せたっていいますか。自分のことだけじゃなくてお客さんのことも、スケートの事も』
     信頼しかない瞳。そのきらめきの美しさをいつも眩しく思う。
    『観客全員抱く、なんて言ってますけど実際抱かれてるのは自分っていうか? はは、すごく気持ちよく滑らせてもらってます。結果はそれについてきてくれてるんでしょうね』
     お守りにキス。温度が指輪に移るのを未だなんにも気がついてないあんたのかわりにして。
    『今回の大会は──ちょっと趣向を変えて。あぁ、内容は見てのお楽しみです』
     インタビューでは余裕たっぷりにああ言ったけどどうだろうか。
     怒られるだろうか。呆れられるだろうか。評価されないかもしれない。がっかりされるかも。でも、やってみなくちゃわからない。スケートも人生もきっとたぶん、そんな事の繰り返しだと今はそう、心の底から思えるから。
    「先生」
    「うん?」
    「ちゃんと見ててくださいね?」
     緊張より興奮に一足先に心が躍り出す。
    とびきりのウィンクを送り投げキッス。彼女はいつもの呆れた笑顔──ではなかった。
     頬を高揚させ下手くそなウィンクと投げキッスをお返しされた。思わず吹き出せば、決まり悪そうな笑顔。
    「……もちろん、見てるよ」
    「おうさ!」
     いざ、リンクへ。

     何度も練習した動きが身体に染み付いている。まず合わせるのは自分と氷。キスをするみたいに優しく触れて逃さないように抱きしめる。ペアを失い向き合う対象が変わって最初に意識した事をきちんとここでも繰り返す。そうして次は見てくれる人たちを腕の中に閉じ込めるのだ。
     けれど、今日は。今日だけはこのルールを破る。
    「……?」
     見守っていたベレスと目が合う。彼女は訝しみ、どうしてこちらをと少し焦ったような顔をする。審査員も同じようにこちらを注視しているのを肌で感じる。観客は、テレビの向こうの人はどうだろうか。
     意識が研ぎ澄まされて、この世にたった2人しかいないと意識する。
     自分と、彼女。
     愛する人を。
    だって愛してしまったから。見つけてしまったから。たった1人の愛しい人を。そうしたらもう今の自分は嘘なんかつけなくて、観客全員を抱くなんて例え演技でもできやしない。
     本当はただ1人のあんたを、抱きたいのだから。
     変更した演技プランは会場全体に大きくアピールするものばかりだ。それをただ1人の彼女に向けて、訴えかける。どんなに好きか、もどかしいか、焦がれているか。
     これは告白だ。ただ1人の女に向けたラブコール。
     どうか届いてと。
     スケートも人生も全部全部あんたに賭ける。あんたにあげたい。あんたに見てほしいという、本心を何もかも曝け出す。
     それがソロになって今自分がぶつけることのできる渾身の表現だから。
     どうか、届け。

     演技を終えた瞬間、会場はしんと静まり返った。ぜぇぜぇと整わない呼吸と渦巻く感情の中顔を上げて真っ先に彼女を見る。
     遅れてやってきた拍手の音がどれ程なのかわからない。それくらい彼女しか見えない。

     ◆

     ベレスはその場にへたり込んだ。結果を見なくてはいけないのに動けない。
     練習と同じ動きをしていたはずなのに、どこからどう見ても今までと違う。洒脱で明るくて情感があって、そんな風に評される彼の演技とはまるで違う。もどかしく焦がれる瑞々しい若さと荒さ。たった1人の氷上で、まるで誰かと一緒にいるような、誰かを追いかけ必死な様子。
     そんな中ずっと見られていた。
    鮮やかに舞いながら、熱っぽい視線を一身に受けてこれで立っていられる方が不思議なくらいだ。
     これは、彼の今日の演技は告白だ。
     それも自分に向けた。
    「なんで……」
     観客全員に向けた演技で世界を狙えたはずだ。それくらい彼の滑りは完成度が高いのに。それはシルヴァンもわかっているはずなのにどうして、今。
     コーチとして戸惑いを感じる。趣旨は違えど演技は今までで一番良かったからだ。けれど、こんなたった1人に向けた演技はどう評価されるのだろうと不安になる。
     どうして自分に。だって彼は女の子が好きだから、だからそれで自分にだって構っていたのではなかったのだろうか?
     訳がわからなくて立ち上がれない。
    採点が終わり、シルヴァンの順位が発表される。しっかりしろと自分を叱咤する。震える足で立ちあがり、見たのは──。

     ◆

     2位の表彰台から降りたシルヴァンはそのままベレスの元へ急いだ。
     演技が終わってからまともに話していない。ただずっと手を握り合って、互いに言葉が出なかった。それでも不思議と居心地は悪くなくて彼女の手の熱さが愛おしかった。時折ベレスが何かを言おうとしていたが、声が形になる事はなかった。
     それでよかった。それだけで、だってわかってしまったから。彼女の気持ちは。
    「先生!」
    「シルヴァン……」
     リンクサイドでこちらを見守っていた彼女に抱きついて「おめでとう」という震えた声を聞く。2位ですみませんという気持ちと、やっぱりという気持ちと、生まれ変わったようなすがすがしさがあった。
    「先生、ちょっと失礼しますね」
    「え? わっ!?」
     スーツ姿の彼女を抱き上げてそのまま横抱きにする。向かうはリンクだ。後で怒られるだろうが止められない。
    「シルヴァン!?」
    「靴なんで降りちゃダメですよ?」
    「わかってるけど、なに?」
     ぎゅうとしがみついてきた身体を抱きしめ返す。
     そのままぐるりと一周リンクを滑る。
    「ここでのターンは、出会った時の気持ち。なんだこの人って本気で恨みました」
    「え?」
    「こっちのステップは、めちゃくちゃ喧嘩した時の」
    「……ひどい事を言われたあれか」
    「すみませんって。でもそのおかげで、なんか吹っ切れたといいますか」
    「それが、ここでしたジャンプ?」
    「はい」
     2人で辿ったこれまでを全部込めた演技を思い返しながら、確かめながら中央までやってくる。
    「もう伝わってるとは思いますけど一応。先生鈍いですし言葉にもさせてください」
     しっかりと顔を見て額を寄せる。
    「俺はあんたが好きです。心底、愛してる」
    「っ……だからって君、こんなことまでしなくても……!」
    「はは……かわいい」
     こんな顔をするんだと胸がいっぱいになった。誰にも見せてやりたくないけど今すぐ自慢して回りたい。
     この最高に可愛い人が俺の愛した人なのだと。
     会場がざわつき始めた。ベレスがそれに気がつき恥ずかしそうに顔を伏せる。
    「シルヴァン、もうわかったから戻って──」
    「先生……いや、ベレスさん」
    「……なに?」
     恐る恐る上げた顔は真っ赤なリンゴみたいで今すぐ食べてしまいたい。
    「俺と結婚してください」
     言葉を告げて、それを受けた彼女の顔を見て。もう我慢しなくてもいいよな? と微笑みをリンクの上の自分に送る。
     そうしてはじめて、彼女と唇を合わせるキスをした。
     勢い余って舌まで差し込んだものだから驚いた彼女に思い切り舌を噛まれたが、それすらも愛おしい愛の証。

     ばっちりメディアに撮られてしまい、各方面からいろいろ怒られたりもしたのだが概ね祝福を受けたのだから結果オーライ。既成事実も出来たことだし、鈍すぎる彼女へのアピールとしてはこれ以上ないだろう。
     氷上でプロポース! と翌朝の一面を飾ったのだが、彼女は「お友達からなら」なんて頓珍漢な返答。それがまたウケて、勢いづいて次の大会で無事優勝して結婚が決まるのは──もう少し先の話。
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