ごめんなさい「お母さんが間違ってたのね」
悲しげな声に、まふゆは息を呑んだ。
「お母さん、間違っちゃったのね。ごめんなさい、まふゆ。今まで我慢させてしまって」
「ま、まってお母さん」
「ごめんなさい。これからは、自由にしていいから」
「え」
シャキン、と何処かで刃物の音が聞こえた。パラリと糸の落ちる音も聞こえた。身が、軽くなり、足裏に重力を感じる。心は宙に浮く。
「もう、縛られなくていいの。……ごめんなさい、ずっと、お母さんで苦しめてしまって。ごめんなさい。私、きっと良い母親でいられてなかったのね」
「お、かあさん」
「ごめんなさい、ごめんなさいね、悪い母親で」
眩暈がする。ガシャンと水槽が割れて落ちた、ような心地。世界はひっくり返った。まふゆは自由を手に入れた。息が苦しくなる。
目の前の母は泣いている。
血の気が引く。体温は下がる。体は固まる。息が上手く吸えない。
「お母さん、」
違う、違うの。お母さんは悪いお母さんじゃない。違うの。違うの違うの違う違う違う違う違うちがうチガウ私が悪い子だから、
お母さんは私を見放した。
見放された?
手放された。
諦められた。
良い子からの落第。
失敗してしまったんだ。
だからお母さんは泣いてる。
「お母さん、私、」
良い子でいる悲しませない良い子でいるそれが望まれててそれで愛されててなら失敗したなら泣かせてしまったならそんな悪い子ならいやだいやだいやだおかあさんいやだ見放さないで手放さないでそばにいて手を握って抱きしめてわたしいいこでいるから、
泣かないで、おかあさん
自由意志を持たない人形の糸を切ったところで、自ら動き出すことはない。ペットのリードを外したとしても、そのまま野生に還ることはない。水槽の中の魚を離したって、環境が合わないか生存競争に負けるかして死んでしまう。
思春期とは自立心を養う時期だ。反抗期とは守り育ててきた親の手を離れる準備だ。しかしまふゆはそれを経験せずにいた。
自ら考えることも、強く反発することも、何もできないままでいた子供に、いきなり自由を与えたとてどうすることもできないだろう。
それよりも、ただ
「な、泣かないで。お母さんは悪いお母さんなんかじゃないから……!」
愛する人であり居場所であり支えてくれる者の涙を止めることに必死になってしまう。
「私、大丈夫だから。くるしく、っなんて、ないよ? だから……」
泣かないで
笑っていて