いっぱい話そう昼すぎ、僕が畑仕事を終えて、縁側を歩いていると小豆さんが栗の皮を剥いているようだった。
「今日は何を作るの?」
僕が話しかけると小豆さんはにっこり微笑んで「くりきんとんだよ」という。
「栗きんとん?お正月に食べるやつ……?」
僕が首をかしげると、小豆さんは「ふふっ」と小さく笑った。
「たしかにあれもくりきんとんだ。でもちがうよ。もっとくりをそぼくにあじわえるシンプルなやつさ。」
「ふーん、でも小豆さんが和菓子なんて少し珍しいね」
「かれがすきなんだよ。」
小豆さんは僕を見てもう一度、微笑んだ。
そう言えば、そんなこと言ってたっけ。確か栗を練って茶巾みたいにした素朴な和菓子を美味しそうに頬張ってる姿を思い出す。普段はコーヒー派だが、この栗きんとんがあるときだけは、お煎茶がいいって言ってた。
「で、そのかれはどこに行ったんだい?」
「豊前なら朝から出かけてるけど……」
「ちゃんと帰ってくるかな。」
「心配ないよ」
少しだけ不安そうな顔をした小豆さんに僕はにっこり微笑んだ。
汗を流そうと、大浴場へ向かうとそこには乱が入浴剤を抱えて立っていた。
「あー、ちょうどいいところに!」
「何?どうしたの?」
「今日の、入浴剤、どれにしようか迷っちゃって。豊前くんはこれとこれならどっちが好きだと思う?」
手に取ったのは、どちらもお湯が乳白色になるタイプの入浴剤。片方は少し桃色で桃の葉エキス配合。もう片方は柚子エキス配合でクリーミーな黄色になる。
「うーん、こっちじゃないかな。」
僕が桃の葉エキスの方を手に取ると、乱の顔がパッと明るくなる。
「やっぱり―。僕もそう思った。豊前くんは絶対にごり湯好きだよね。にごり湯の時テンション上がってるよね。それに肌が少し弱いから桃の葉エキスも重要、うん、これに決まりだね。」
僕も頷く。
「そうだね。いつもはカラスの行水だけど白っぽいお湯の時は、少し長く入ってるよね。多分好きなんだ。」
「よし、じゃあこれね。」
乱は嬉しそうに大浴場の支度を始める。
「で、今日豊前くん見てないけど……」
「ああ、朝から出かけてる。」
「何時頃帰ってくるかな。」
「聞いてないけど……。」
「心配に……ならない」
小首をかしげる乱に、僕はにっこり笑った。
「ならないよ。絶対帰ってくるからね。」
この時期は暗くなるのが早い。そりゃそうだ。冬至まであとひと月弱、冷え込みも厳しくなってくる。暗くなりかけた畑から大根を一本抜き、台所へと運ぶ。
「燭台切さん、持ってきたよ。」
「お、ありがとう。今日の夕食は彼の好きなご飯にしようと思ってね。チキン南蛮に明太子ご飯。それから……」
「大根のお味噌汁だよね。」
「そう!」
僕の答えに燭台切さんもにっこり笑う。
「わかりやすいよね豊前くん。好きなご飯の時のテンションの上がり方。」
大好きなご飯の時の彼の食べっぷりを思い出しふたりでくすくすと笑う。
「途中で、僕がセーブしてあげないと、おなか痛くなるまで食べちゃうよきっと。」
「そうだね、その役は任せるよ。で、当の本人はどこに行ったの?今日は見てないけれど……」
「朝から出かけて、まだ帰ってないよ。」
「そうか、そろそろ帰ってくるといいね。」
「うん、大丈夫、きっともうすぐ帰ってくるよ。」
じゃあ、頑張って仕上げちゃおうかな。
燭台切さんは腕まくりをしながら微笑んだ。
もうすぐ帰ってくるだろう。そうはわかっていても落ち着かない。部屋にいるのもなんだかそわそわしてしまって……僕は洗濯ものをたたむ歌仙を手伝うことにした。
「彼の帰りを待っているんだね。」
「そう、でもなんだか落ち着かなくて……。」
「じゃあ、洗濯をたたみながら昔話でもしようか」
まだ君がここに来る前の話さ。
歌仙は落ち着いた様子で、話し始めた。
「あれは3年前の話だ。近侍だった僕は新たな刀剣男士の顕現に頭を悩ませていた。それが豊前江だ。」
歌仙の声はまるで流れるようで物語を聞いているようだった。
「次に来るといわれていた男士は、見目こそ麗しかったが、来歴はほとんど不明、有名な逸話もなく現在もその本体は行方不明。多かれ少なかれ、元のあるじとの逸話なんかを自分のよりどころにしてる刀たちが多い中で、やっていけるのかってね。そのころはまだ、江も篭手切しかいなかったしね。」
歌仙はたくさんの靴下を左右一緒にまとめながら話を続ける。
「情報は驚くほど少なかった。元あるじの性格や逸話なんかが僕たちの性格にもだいぶ反映されるらしいけど、それも全くわからない。もし、ものすごく大変な性格の持ち主が来てしまったら困るじゃあないか。」
僕はくすくすと笑う。そりゃそうだけど、人見知りの歌仙らしい心配だ。
「僕は主に、顕現をやめるようにも進言したんだ。でもまあ、主は譲らなかったけどね。」
歌仙は微笑みながら僕を見た。
「でもそれはすぐに杞憂だったことが分かってほっとした。気さくで誰とでも合わせられる、稀有な刀だね。粗野に見えることもあるけど、周りを見通すことのできる人物だ。あの人は……。」
「……そうだね。」
僕は表に気配を感じ、言いながらすっと立ちあがった。
歌仙も察したようだ。
玄関へと急ぐ。
そう、アレは稀有な刀だ。
誰にでも合わせられるし、誰の願いも聞いてしまう。
断ることを知らない。
じゃあ……本人の願いは……?
いつかなえられる……?
そう思った僕は昨晩、豊前にこう告げた。
「いったん僕たちのことは忘れて。自由になってみなよ。好きなことをしてみて。気がむいたら帰ってきて。もちろん帰ってこなくてもかまわない。」
「それは……俺はここには、お前たちにはもう必要ねえ、ってことか?」
彼は少し傷ついたように僕を見た。
「違うよ、僕に……僕たちには君が必要なんだ。でもそれは今の君じゃない。僕たちのりぃだぁとして自分をすり減らしている君じゃないんだよ」
彼は……風だから……。
それを無理やりつなぎとめているのは僕たち江なのではないかという思いを伝えた。
そして、今朝僕が目を覚ました時、彼はもういなかった。
でも僕には確信があった。
彼が変える場所はココしかないはずだから。
玄関の扉がからりと開く。
「おかえり……豊前……。」
僕の顔を見て、豊前が大輪の華のような笑顔を見せる。
「おう、ただいま……桑名。」
今日は、君に話したいことがいっぱいあるよ。
まずは、乱が用意してくれたお風呂に入ろう。
それから、燭台切さんが作ってくれた美味しいバンご飯を食べて、あ、小豆さんのデザートもあるんだった。それから、それから……みんながどれだけ君が帰ってくるのを待っていたか……。
いっぱい、話そう……。