【くわぶぜ・やすきよだけど】星降る夜に【ぶぜきよ】「うわぁ……」
降るような星空……という表現があるが、まさにこういうことを言うのだろう。
加州清光は、かぶっていたヘルメットを外しながら、思わず感嘆の声を漏らした。
目の前は海、夜の暗い海は完全な凪で、星空のわずかな光を吸い込んだようにキラキラと輝いている。
その上に広がるのは漆黒の闇……ではなかった。
まるで白くかすんで見えるほどの星空。
街の光はここまでは届かず、ただそこにはミルクと一緒に砂金をぶちまけてしまったかのような星空が広がっていた。
「すげーだろ……」
バイクのエンジンを止めた豊前が、こちらもヘルメットを外しながら声をかけてくる。
「うん、すごい……想像以上……」
加州は、満天の星空を眺めながらつぶやく。
そこに同じく空を見つめる豊前が並ぶ。
「でもこれさ……一緒に見るの、ほんとに俺でよかったわけ……?」
加州はどうしてもその疑問をぶつけずにはいられなかった。
「加州、ちょっと出かけねーか?」
豊前が加州の部屋を覗き込み、バイクのカギをちゃらりと振ってみせたのはついさっき、今日の夕食の後のことだった。
「んー?どこ行くの?あんまり遅くならないならいいけど……」
ちらりと同室の安定に目をやるも、特に気を悪くした風もなく(どうぞいってらっしゃい)の構えだ。
何か美味しいものでも食べに行くというのなら、目の色を変えて付いてくるものだが、夕食後のこの時間の豊前のお誘いがそんなはずもなく、特に興味がないのだろう。
特に今日は七夕。恋人同士はロマンチックな夜を過ごすのがセオリーだと思うのだが、加州の相方はまったくもってそんな気はないようだ。
『世界の恋人』『彼氏の付喪神』なんて異名を持つ男に、夜のデートに誘われてるんだぞ?
危機感はないのか危機感は……。
「あれ……?」
加州は、そこまで考えてふと疑問を持った。
豊前にだって桑名という相方がいる。今日は特に出陣でも遠征でもないはずだから、それこそ七夕の夜にそいつをほっぽって、俺を誘うって……どういうことだろう。
加州の疑問を無視して、豊前は続ける。
「出発は10分後、バイク玄関に回しとくから、そのカッコじゃなくてもう少し動きやすいカッコで集合な」
豊前は加州の内番用の袴を指さすと、そのままくるりと背を向けた。
「はーい」
返事を返し、ちらりと安定に目線をやるも、やはり特に気にした風もなく座卓のおせんべをかじり始めていた。
こうして連れてこられたのが、件の海岸。
降るような星空の元に、カップルでもない二人が並んでいるのは、はなはだ場違いな気もした。
「でもこれさ……一緒に見るの、ほんとに俺でよかったわけ……?」
聞かずにはおれないほどには……。
そんな加州の疑問に豊前は臆面もなく微笑みかける。
「俺は、これを加州と見たかったんだけど……?」
「やめなよ、そういうの……俺じゃなかったら勘違いするよ」
加州のため息に豊前の笑い声が重なる。
笑い事じゃないっつーの……彼氏の付喪神め。
「あいつとは、何度も来たからな……。お前ときたかったってのは本当だよ」
さらりと言い放つ。
「でも、今日は星を見るには特別な日でしょ」
加州はその場に座り、さらに広く天を仰いだ。
豊前はそれには答えず疑問を投げかけてくる。
「俺は、馬鹿だからよく知らねーけど、星ってのはさ。すっごい遠くにある太陽みたいなもんなんだろ?」
「まあ、そうじゃないのもあるけど……そーね」
「近くにあるとありがてーけど……すごく暑いときもあるだろうな」
「……」
「ちょっと離れてみないとさ、こんなにきれいなんだって気づくことはできないんだよな……」
「ねえ、桑名と喧嘩でもしたの?」
「別に、してねぇよ?」
あっさり否定。
豊前は、そのまま星空を眺めている。
しかし、その眼に星空は写っていないのではないか、加州にはそう思えた。
「近くにいすぎるとさ、見えなくなっちまうもんもあんのかなーって思ってさ……」
豊前も、加州の横にすとんと腰を下ろした。
「あー、つまりは……いっつも隣にいるから、ちょっと離れて……その……愛らしさを確認したってこと?」
加州の言葉に豊前が苦笑する。
「言葉にするとチープだな……」
「うるさいよ、語彙力なくて悪かったね!」
2人で笑いあう。
「まあ、合ってる……んじゃねーかな、お前んとこだってそうだろ?」
ま、そうかもね……。
加州は小さく息を吐いた。せんべいをかじる相方を思い出す。
豊前が立ち上がり、手を差しだした。
「付き合ってくれてあんがとな、帰りになんか奢るよ」
加州はそれを掴むと、ジーンズのお尻の砂を払い落としながら豊前に微笑みかける。
「いいよ、なんか美味しいものでも食べて帰ったら、うちの……うるさいし」
「そっか……」
「じゃ、帰りますか。俺たちの太陽のところへ……」
「お帰り……」
部屋に戻ると、出かけた時と同じく座布団に腰掛けておせんべを咥えたままの安定が声をかけてきた。
「ただいま」
「どこに行ってきたの?」
「星を見に……そして愛すべき太陽を確認しに……」
「太陽……?」
加州は、頭にはてなマークをいっぱい浮かべた安定の背中に自分の体をずしりと預ける。
「何……重いよ……」
この季節には少し暑い。けど背中越しに感じる鼓動は、この上なく落ち着く音だった。
(あっちも絶対、今同じ事やってるな……)
加州は、今夜共に太陽を再確認した男の姿を思いながら、ゆっくりと目を閉じた。