【くわぶぜ】重い想い【リハビリ】「君は!僕のことが!好きなんでしょ!」
桑名が、走りながら大きな声をその背中にぶつけた。
本気で走られたら追い付けっこない。
それでも、彼は……豊前は桑名の言葉にそのスピードを少しだけ緩めたようだった。
必死で追いかけた桑名の息が上がる。はぁはぁとうるさい自分の呼吸を振り払うように、さらに大きな声を出した。
「だから、僕から!逃げないでよ!」
心の底からの叫びだった。
桑名は別に自分のことを無理やり好きになってほしいとは思っていなかった。恋愛感情なんていうのは、物々交換みたいに約束事で取り交わせるものではないことはわかっている。
でも好きになってしまったから……。その気持ちは抑えておくにはとても苦しいもので、吐き出して伝えてしまわないと爆発しそうだったから……。だから伝えた。
桑名の大声に豊前は足を止めた。
急いで桑名はその腕をつかむ。
しかし豊前は、桑名の方を見ようとはしなかった。
「君は、僕が好きなんだよ」
はっきりと、間違いなく伝わるように桑名が言葉を紡ぐ。
ともすれば自意識過剰、盛大な勘違い、大笑いされるか怒られるか……そんな台詞だが桑名は大まじめだ。
「君の顔、行動、すべてを見ていればわかる。君にとって僕は特別だ。そう、僕にとって君が特別なように。」
桑名はぐいっと豊前を引き寄せ、そのまま後ろから抱きしめる。
「いやだ……」
ようやくぼそりと豊前は言葉を発した。
「ウソつき!」
桑名は言いながらさらに強く豊前を抱きしめるが、豊前がそれを拒否することはなかった。
「君は、ウソが下手だ。それも僕が一番よく知ってる」
「だからイヤなんだよ!」
豊前の口調が少しだけ荒くなり、その体がするりと桑名の体から抜けた。
「豊前……」
そして、豊前はいつも仲間たちに見せるようなからっぽの笑顔を桑名に向けた。
「体が重くなっちまうんだ。大事なものが増えるとさ……。体が重くなると、疾く走れねーし、好きなところにもいかれなくなっちまう……」
だから、俺に大事なものはいらねーんだよ。
そう言って彼はふっと空を見上げた。
「俺には夢なんていらねーし、大事なものもいらねー。誰かの大事なもんをちょっとだけ手伝ってるくらいでちょうどいいんだよ。何かに固執、執着したとき、俺はきっと疾さを失う」
そのまま下を向いた豊前からぽたりと雫が落ち、地面にシミを作った。
「なんで、お前はほっといてくれないんだ。きっとほっといてくれれば、そのまま通り過ぎていったのに。いつまでの風のように自由でいたかったのに。」
ぽたりぽたりと地面のシミは増えていく。
黙って聞いていた桑名はふいに豊前を抱きしめた。今度は頭を抱えるように前から。そのこぼれた涙を全て受け止めるように。
「やっぱり、必死に追いかけて正解だった。風みたいに自由になんて行かせるものか。」
いつまでだって、君の心に鉛のように居座ってやる。
「お前、性格最悪だな!」
桑名の肩に顔を埋めたまま豊前が悪態をつく。その背中を桑名がポンポンとたたいた。
「何いってるのさ。僕が一緒にいたら自由でいられないなんて、どうして思うの。今まで以上に自由になれるかもしれないじゃない、ふたりでいたら君はもっと疾くなれるかもしれないじゃない。」
「どういう理屈だよ……」
顔を上げた豊前の瞳は赤く濡れている。その瞼に桑名はゆっくりと唇を落とした。
「理屈なんかないよ、ウソをつくことがへたくそな君が、いつまでも自分の気持ちに嘘をつき続けている状況がどうしても我慢できなかっただけだよ。」
豊前が、桑名の体をぐいっと押し離れようとしたが、今度は桑名はそれを許さなかった。
「お前……俺の疾さについてこれるのかよ……」
豊前がため息交じりに問いかける。
桑名は、その言葉ににっこりと微笑み、そして答えた。
「君が自分の気持ちに素直になるのであれば、僕は音速どころか光の速さだって超えて見せるよ。」