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    nanana

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    nanana

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    見えないものが見えるようになった🏍の話。
    まだくわぶぜ付き合ってはいない。
    ミュ本丸の話ではないですが、少しだけミュの設定お借りしてます。

    #くわぶぜ
    ##とうらぶ

    雨落つ庭(くわぶぜ)1.

     ゆめうつつで聞く雨音は鈍くどこか柔らかい。初夏の朝、ましてや雨降りの朝は少し肌寒く、豊前はつい先日薄手にした毛布をしっかりと被りなおす。明けたはずの梅雨が戻ってきた、最近の天気はそんな感じだ。もっとも、やろうと思えば審神者の力で季節さえも操れるこの本丸仮想空間では四季などそんなに意味もないのかもしれない。世の中には常春の本丸もあるという。絶えることなく桜花が降り続くというのに、いつまでたっても満開の桜が咲き続けるのは一種の狂気だ、と思ってしまうのは移り行く四季を愛するここの主に影響されたせいなのかもしれない。
     水分を含んだ空気が起き抜けの眠気を加速させる。どうせ今日は非番なのだこのままもう一度眠ってしまうのも良いかもしれない。人の身を得てからというもの、二度寝と言うものは非常に気持ちが良いものだと知ってしまったのだ。その気持ちよさと走り出したい気持ちを天秤にかけて前者を選んだ。雨で外には出られないのだし、今日はもうのんびり過ごそうと布団に体を完全に預けた。
     絶え間なく鳴り続ける雨音。晴れた日よりもよく香る土の香りに隣を見る。平素であれば目を覚ました時にはもう畑に出てしまっているたった一人の同室者が柔らかく寝息を立てていた。明日はどうせ雨だからね、と昨夜から天気予報を眺めていたせいだろう。日課である早朝の畑仕事にも行かず、目を覚ます様子もない。
     二度寝の誘惑と活動を始めたい気持ち、さっきまでは二度寝に傾いていた天秤が滅多にない同室者のよく眠る姿を見たことで逆に傾いた。湿気で溺れたような重たい体を無理矢理たたき起こす。
     隣の男は未だ目を覚ましてはいない。規則的に上下する胸元、眠っているときも重たい前髪が顔の半分を覆い隠したまま。近づいて手で払って、いつもは秘匿されているその部分を朝の光に曝した。まだ瞼によって隠されているそこには秋の実りにも似た黄金色の玉が潜んでいる。
     瞳を開けてはくれないだろうか、そんな期待を込めて頬に触れようとした瞬間の事。伸ばした手がいきなり伸びてきた眠っていたはずの男の手に捕まれる。
    「何してんのぉ?」
     寝ぼけ眼ではなくぱちりと開けられた少したれ目がちの黄金色の瞳。瞬間、どこからかパシャリと水音がする。それは出所がわからない、しいて言うならば鼓膜の奥から聞こえた音。視界の隅で何かが跳ねた。あれは――赤い、魚?
    「そんな呆けた顔してどうしたん?」
     思っていた反応と違っていたのだろう。桑名が瞳を心配そうに細めて掌をこちらの額に近づける。
    「もしかして調子悪い?」
     額に少し大きな、刀と鍬で固くなった掌が触れる。桑名の横でまた赤と黒のまだら模様の魚が跳ねた。くるくると桑名の周りで魚が泳ぐ。けれどそちらに桑名の視線は向かわない。まっすぐにこちらを見つめるだけ。
    「魚、見えてねぇの?」
    「なんのこと?」
     魚のいる方向を指さしてみる。桑名の視線はそちらに向いたけれど不思議そうに首を傾げるだけ。
    「……マジで見えねぇの?」
     指を指す方向でくるりと魚が跳ねて方向転換する。あれは見たことがある、本丸の庭にいる鯉。それも立派な錦鯉。
     困ったように桑名が眉を下げている。鯉が逃げるように桑名の背後に回った。見えない桑名がおかしいのか、それとも見えている自分がおかしいのだろうか。
     部屋の外、遠くの方、主がこちらの名前を呼びながら騒がしく走ってくる音が聞こえた。

    ◇◇◇

     主の話をまとめると、今この周辺の本丸同サーバーで「豊前江」だけが見えないものが見えるようになっている不具合が出ているらしい。なんでも近隣の本丸の審神者が折れかけた豊前江を助けるために禁じられた呪法を使用したがために同個体に影響が出たということ。どうやら豊前自身が相手に持つイメージが可視化されて、さらにはそれに伴う幻聴も確認されているらしい。
     大丈夫ですか、と心配そうに見つめてくる篭手切の横で音符が跳ねた。それがラ、なのか、ド、なのかとかそんなことはわからない。それでも小気味よい音とリズムで跳ねては消えるを繰り返す音の洪水たち。イメージのなんとも単純なことだと自分の思考に笑ってしまう。
     主と同室者である桑名はこの現象の報告と解決策を探るために会議へ出かけた。問題の自分が直接出向かないのはまだ何があるかわからないから本丸で大人しくしていろという理由らしい。大人しくするのが一番性に合わないというのに。
     滅多に着ない会議用の黒スーツを着せられた桑名は首元が苦しいと文句を言いながら出かけて行った。篭手切に着せられている間も鯉はぱしゃぱしゃとせわしなく桑名の周りを泳いで、本丸の門を出るときには少し寂しそうに雨の庭に融けるように消えた。
    「豊前、台所から梅ジュースもらってきた。飲むだろう?」
     部屋の扉の前で声がする。部屋の扉が開いて雨の匂いが濃くなった。それと同時にコップを三つおぼんに乗せた松井が部屋に入ってくる。その横で何かがきらきらと輝いた、これは、なんだ?
     ざぁ、と何かが引くような音が鼓膜の中で反響する。きらきらと輝く合間に白い水飛沫。これは波の音か。遠くパライソに続く静かの海の音。嗅ぐことのないはずの潮の香りがして首を振る。さすがに嗅覚にも異常が出てはかなわない。幸いそれは錯覚だったらしく、思い直せば潮の匂いは消えた。ただ相変わらず松井の周りでは細かな水飛沫が上がる。
    「見えないものが見えるんだって?」
     甘いシロップと炭酸、それから梅の酸味。この間暇な刀たちでつけた梅干しと梅酒と梅ジュースは今年も良い出来だ。
    「そうだな、特に害があるわけでもねぇけど」
    「じゃあ僕の周りにも何か見えるのかい?豊前が僕のことどう見てるのか知りたいなぁ」
     素直にあの島原の海だというのを躊躇った。そのせいだろうか澄んだ水飛沫を上げていた海が少し暗くなる。荒れ始めた天候にざわめく海原。困ったように言葉を詰めたこちらに気を使ったのだろう、松井は少し笑ってそれ以上何も問わなかった。

    ◇◇◇

     夜戦だという篭手切と松井がいなくなった部屋は随分と静かになった。誰もいなければ幻覚も幻聴もない。朝から降り続く雨は未だ止まず。ざぁざぁと鳴りやまない雨音に混ざって部屋に近づいてくる耳馴染んだ足音。
    「ただいま豊前」
     部屋の扉を開けて桑名が顔を出す。普段着用している体のラインの出にくいゆったりした服とは違うぴったりとした会議用のスーツ。それは鍛えられた肉体と、存外長い足を際立たせる。数秒その姿に見惚れていた自分に気づいて顔を背ける。相も変わらず桑名の後ろで大きな錦鯉が跳ねまわっていた。
    「こんなん長く着とれんよ」
     ぐいぐいと首元を引っ張ってネクタイを外す。その仕草、好きだなぁと思った。いつもの桑名も好きだけれどもこのスーツ姿の桑名も悪くない。
    「なんかねぇ、よくわからないけれどちょっとした不具合だからすぐに何も見えなくなるだろうって。もう見えなくなった本丸もあるらしいよ」
     ぽいと投げ捨てられた黄色のネクタイ。それにじゃれるように水音を立てて鯉が泳ぐ。
     鯉、とはなんだ。
     改めて疑問に思った。何故桑名の周りに見えるのは鯉なのだろうか。篭手切と松井だけでない、他の刀たちにも幻影が見えた。どれもこれも納得のいくものばかりで、さすがに口にするのは避けたけれど疑問に思うことはなかった。
     何故桑名だけよくわからないこんな立派な錦鯉なのか。桑名なら大地や野菜や、そういうものではないのだろうか。
     黙りこくったこちらを不安だと勘違いしたのだろう。スーツを適当に脱ぎ捨てた桑名がしゃがみこんでこちらの顔を覗き込む。
    「どうしたん豊前。大丈夫、心配あらへんよ」
     ふわりと前髪が揺れて穏やかで優しい綺麗な蜂蜜色がこちらを見上げた。視界の端で赤が通り過ぎる。
     鯉、鯉、こい、こい――恋。
     パチンと目の前がはじけたような錯覚。魚が視界を縦横無尽に暴れまわった。なんだそうか、そうだったのか。あまりにも自分の安直な思考に笑いがこみ上げた。
     ずっと桑名に恋をしていたのだ。自覚もなく、昔から。その仕草も、声も、性格も、何もかもが好きで愛しい。この立派な錦鯉はいつの間にか育っていた己の恋心なのか。自分のものにしては美しく立派なその姿は自画自賛だけれども美しい。
    「桑名、」
     桑名の周りを泳ぎ回っていた鯉が初めてこちらにじゃれついた。漸く気が付いてもらえたことが嬉しいのか、くるりくるりと二人を囲むように跳ねまわる。
    「俺さ、お前のことが好きだ!恋してるってやつだな」
     思い立ったら言葉にせずにはいられなかった。まっすぐな言葉を受けて桑名がぴたりと固まった。どうしようか、拒絶された時のことを考えていなかった。錦鯉が不安そうに桑名の後ろに潜むように隠れた。
     秋の実りの色をした瞳がぱちぱちと何度も瞬く。無言で肩を掴んで胸元に顔をうずめた桑名。よくみれば耳と首元が真っ赤になっていた。
    「なんで突然そうなったか知らんけど、僕も前から豊前が好き……」
     小さな声で返ってきたそんな返事に、背後の錦鯉が天に昇るくらいに大きく跳ねた。


    2.

     思いを告げて、通じ合って、「触れたい」と告げられた。「そんなんいつもやってることだろ」と江の刀は距離感がおかしいと日々言われているのを思い出しながら笑い飛ばしたのに、桑名は少し困ったような顔をして「もっと奥に」と右手で胸元に触れる。
    「豊前が嫌って言うことはせんよ」
     なぞるようにしてと右手が下へと降りていく。右手が下腹部を円を描くように一周してぐっと下腹に力が籠められた。
    「この奥に触れたい」
     下半身が酷く疼く。自分の恋心を自覚したのだって今なのだ。そこから先のことは何も知らない、この疼きをどうしたらいいのかさえもわからない。悩んで僅かに流れた沈黙。桑名の背後で鯉がばしゃばしゃと溺れるように跳ねて、助けを求めるように桑名にまとわりついた。今目の前で桑名に触れたい触れたいと泳ぎ回る鯉は己の無自覚な恋心だ。
     そうか、自分も桑名に触れたいのだ。
     この困惑は桑名に「触れたい」と言われたことからではない。こちらだって触れたいのにどうやって触れていいのかわからず困惑しているだけなのだ。
    「嫌?」
    「嫌、じゃねぇ、けど、つーか、俺も桑名に触れてぇけど、」
     自分でも驚くくらいに歯切れの悪い返答だった。こんな言い方、刀だった頃にも人の身を得てからもしたことがない。そんな途切れ途切れに紡ぐ言葉を急かしもせずにゆっくりと桑名は待ってくれている。
    「けど?」
    「やり方、よくわかんねぇから……桑名が教えてくれんなら……」
     そこまで言って少し空気が変わる。困ったように笑う桑名がそこにいた。
    「……豊前さぁ、それわざと言ってる?」
     体が強く押される。それに逆らう気持ちは無かった。押されるがままに畳へと倒れこんで、覆いかぶさるように桑名が上に乗った。酷く天井が眩しい。
    「わざと?」
    「わざと僕が喜ぶようなこと言ってくれてる?ってこと」
    「んなこと考えれっかよ、今だってこの鯉が教えてくれなきゃ自分の気持ちもよくわかんねぇのに」
    「……鯉、そういやそうだったねぇ。まだ見えるんだ。今どのあたりにいるの?」
     あっち、と指さした方向を桑名が眺める。見えないものを見るように、知りたいものを探す様に視線はあちこちをさ迷って部屋のあちこちを眺める。そんな桑名の視線の先に入りたいのだろう、鯉は部屋中を泳ぎ回っている。視線の先に収まっても収まっても違う方を向いてしまうそれに焦れるように鯉が跳ねた。
     何か胸の奥がもやもやする。触れたいのではなかったのか。触れてくれるのではなかったのか。焦れた鯉が桑名の目元を覗き込む。それから啄むように唇に触れた。
     その瞬間目の前が少し赤くなった。
    「今鯉がいんのは此処だよ」
     体を起こして桑名の顔に手を伸ばす。重たい前髪をかき上げてようやくたれ目がちな蜂蜜色の瞳と目が合った。ぱちぱちと驚いたように瞬くガラス玉。両手を頬に伸ばして顔を引き寄せる。どけよ鯉、いくら自分の恋心とてそこに触れるのは許せない。
     勢いよく押し当てた唇。へたくそな口づけは歯をぶつけたせいだろう、良く知った鉄錆の味がした。
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