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    交流会用書き下ろし

    手段は問わない「おかえり!藍湛!」

    静室の戸が開かれた瞬間、魏無羨が全力で飛びついても藍忘機の体幹は揺らぐことなく、はっしと受け止めた。
    藍忘機は一週間程、子弟たちを引き連れて夜狩に出ていたため、静室の留守を魏無羨に任せていた。もちろん藍忘機は魏無羨と共に行くつもりで予定を立てていたのだが、魏無羨本人に「何言ってんだ。俺は行かないぞ」とすげなく手を振り払われ、言葉通り膝から崩れ落ちそうになった。

    「そんな顔するなよ。今回の夜狩はお前は監督であって、動くのは子弟たち。つまりそれなりに長くなるんだろ?そんな期間含光君のいない雲深不知処を誰が守るんだ。閉関中の沢蕪君か?雲深不知処の結界を維持し続けている藍先生か?」
    「それは……」
    「一連の騒動が片付いたとは言え、世は無常。何が起きるかわからない。何よりも含光君は注目を浴びすぎた。そして夷陵老祖という癌もある。守りは堅いほうがいいだろう」
    「君は癌などではない!」
    「例えだよ例え。まあ、そういうことだから俺は行かないよ」
    「……」
    「どうしたんだ。お前ならこんなこと言わなくたってわかってただろうに」
    「…………君と、離れたくない」

    肩を落として拗ねるように呟く齢三十五の男に魏無羨は思わず口元を覆った。よくよく見ると足先で床をつついているではないか。
    藍忘機という男は若い頃、魏無羨の煽りに耐えきれず感情を爆発させたように案外子供っぽい男なのだ。献舎されてから甘やかされる一方で、ああ藍湛も大人になったんだなあとほんの少しだけ距離を感じていた魏無羨だったが、こういった一面を見る度に頬はだらしなく緩み、藍忘機という男が愛しくて堪らなくなる。

    「藍湛藍湛。そんな可愛いこと言って俺をどうしたいんだ?ん?言ってみろ。出立の日まで俺を縛りつけて足腰立たなくなるまで犯すか?それともヤレない日の分、俺の腹の中に溜めておくか?」
    「うん」
    「ははは。いくら疲れ知らずの含光君でもそれは流石に……は、はははは……はは……藍湛?」
    「魏嬰、動かないで。上手く縛れない」
    「ねえ含光君。無知な羨羨に教えてくれない?出立っていつだっけ」
    「一週間後」
    「正気か?一週間も俺の尻を犯し尽くす気か!そんなことしたら本当に足腰立たなくなる!」
    「やってみなければわからない」

    宣言通り一週間朝から晩まで抱き潰された魏無羨は、肌艶の良くなった藍忘機を寝台の上からぽやぽやとした顔で見送った。それがちょうど今から一週間前。藍忘機が留守にしている間、大きな問題もなく、初めの数日は魏無羨も産まれたての子鹿のような足腰をしていたため粗相をすることもなく、至って平和な一週間だった。
    魏無羨の尻にも平穏が訪れた。しかし毎日のように愛され、尚且つ直前まで感覚を無くすほど愛されていたので、やがて疼きが止まらなくなる。つまりは欲求不満だった。元々性欲の薄い質だったはずなのに、藍忘機を受け止め続けると性質も変わるらしい。三日もすると、ふと気がつけば煩悩が頭の中を占めるようになってしまっていた。
    これはいけない。
    煩悩を思い浮かべること自体は正常なことなので問題ないが、後ろでの快感を覚え、前だけでは達せなくなってしまった魏無羨にとって自慰とは後孔を弄ることを意味する。しかし少しだけ、ほんの少しだけ後ろに、ちょっとした気紛れでそこら辺にあった藍忘機御用達の筆をちょっと挿れてみて、ほんのちょっとだけ気持ちよくなったかなという程度だったのに、夫はすぐに違和感に気がつき、それはもう凄まじい悋気だった。「お前のものなんだから、実質お前が犯したみたいなもんだろ!」という屁理屈は当然通じる訳もなく、泣いて赦しを乞おうと懸命に欲望を舐めて尽くそうと藍忘機は許してくれなかった。数日筆は見たくないと思った。
    それから魏無羨は自慰ができなくなった。耐えきれなくなって前を弄っても熱が溜まるだけ。発情したら夫の魔羅で鎮めてもらうなどそれこそ獣か何かかと笑いたくもなるが、結局のところ藍忘機の太くて熱いものではないと満足できなくなってしまったのだから自分も大概のものだ。
    だから魏無羨は性欲を忘れる方法を考えた。つまりは性欲のことなど忘れてしまえばいい。ならばどうするか。
    魏無羨は発明に没頭した。もちろん雲深不知処を守ると言った手前、外の気配には気を配っていたがその他のことは見事に忘れることができた。正確に言うと忘れすぎた。
    性欲を忘れることができたのは万々歳だったが、常に藍忘機から言いつけられていた食事、睡眠その他諸々生きるために必要なことをすべて忘れてしまった。夷陵での生活を経た魏無羨にとって、三大欲求を忘れることなど何でもないことだったが、これは確実に怒られる。湯浴みも忘れていたことに気がついたのは、子弟から「もうそろそろ含光君がお戻りになるそうです」との報告を受けたとき。大慌てで静室を片付け、とりあえず身嗜みだけでも整えておけば誤魔化せるのでは、と淡い期待を抱いて帯に手をかけたとき、戸の向こうに夫の気配を察した。なるようになれと魏無羨は緩んだ帯を隠すように夫に抱きついたのだった。

    「魏嬰」

    藍忘機の力強い腕が腰と背中に回り、身体がしなるほど抱きしめられる。肩口に顔を押しつける形になった魏無羨は、無意識に檀香に混ざった汗と土埃の匂いを肺いっぱいに吸い込んでいた。
    耳元ですうっと吸い込む音がする。藍忘機もまた、魏無羨の匂いを嗅いでいるのだ。夫夫は似るという言葉は本当だと心の中で小さく笑いながら、魏無羨は目を閉じて藍忘機の体温を感じた。

    「魏嬰の匂いだ」
    「おい含光君。口にすると変態みたいだぞ」
    「汗の匂いが濃い。最後に湯浴みをしたのはいつだ」

    魏無羨は面倒くさいことになったと目を逸らしたが、藍忘機が素早く片手で両頬を掴んだので否が応でも目を合わせる羽目になった。僅かな痛みに魏無羨は顔を顰める。

    「魏嬰、答えて」
    「はんほうふん。ひゃべれない」
    「問題ない。君の言葉は一言一句違えず理解する自信がある」

    横暴だ!と目で訴えるが、藍忘機の琉璃色の双眸はじっと魏無羨を見据えていて譲る気はなさそうだった。魏無羨は仕方なくそっと目を伏せると、軽く頬を掴む手の甲を叩く。すると藍忘機はそっと手を離し、そのまま魏無羨の髪に手を通し、結った髪が崩れるのも厭わず後頭部に指を突き入れてくしゃりと掴んだ。やはりさり気なくとはいえ顔を固定され、魏無羨は半笑いを浮かべながら口を開く。

    「お前には負けたよ。正直に言おう。藍湛が出立してから一度もしていない」
    「…………うん」

    藍忘機はじっと魏無羨の瞳を覗き込み、そこに嘘偽りがないと判断すると一つ頷いた。

    「でもそれくらい何ともないだろ。旅をしていたときも一週間身を清めないなんてざらにあったし」
    「うん。君の匂いが濃くなることに問題はない」
    「男の匂いなんてそんなにいいもんじゃないだろ」
    「君の匂いだからだ」

    そう言って肩口に高い鼻を埋め、すんっと鳴らされると流石の魏無羨も居心地が悪い。冷や汗なのか何なのか、正体の分からない汗が一筋首を伝う。
    藍忘機はそれを目敏く見つけると、赤い舌を出してべろりと舐めとった。

    「藍湛!」

    堪らず非難の声を上げるも、舌は透明な道筋を辿って魏無羨の髪の生え際まで至り、そこでもまた鼻を鳴らす音がした。いつの間にか解かれた髪紐は藍忘機の指先に絡まり、長い髪が落ちると同時に一層濃くなった体臭に、藍忘機はひっそりと双眸を細める。腕に抱いているからこそ、唇で触れているからこそ魏無羨が恥ずかしがってその体温が上昇していっているのがわかった。

    「わかった!俺の負けだ!一緒に湯浴みをしよう!」
    「うん」

    藍忘機は嬉しそうに喉を鳴らすと、そのまま吸い込まれるように魏無羨の唇と触れ合おうとした。しかしその直前、魏無羨はあることに気がつき、慌てて身を捩ってそれを避けた。当然拒否の意は伝わり、藍忘機は雷に打たれたかのような衝撃に固まり、ひゅっと喉を鳴らした。

    「あっ違う。嫌とかじゃなくて。いや、なんていうか、口吸いはいいんだけど舌を入れるのはなしとかってどう?」
    「どうとは」
    「いやあ……諸事情で今口の中になにも入れたくないというか」

    再び魏無羨が目を逸らそうとすると、藍忘機もまた魏無羨の両頬を掴む。すると先程は我慢できた痛みの原因が歯にあたってしまい、魏無羨は生理的な涙を浮かべた。

    「魏嬰?」

    それにぎょっとしたのは藍忘機の方で、無意識に力を込めすぎていたのかと慌てて手を離し、おろおろと顔を覗き込んでくる。

    「違う。お前のせいじゃない……その、怒らないで聞いてくれるか」
    「怒らない」
    「うん。約束だぞ…………口内炎ができた」

    あ、と口を開けて見せると藍忘機はそっと口の端に親指を入れて中を覗き込み、やがて凪いだ瞳で魏無羨を見つめた。

    「食事はどうした」
    「忘れ…………おい含光君!約束を忘れたのか!」

    纏う空気が変わったことに慌てて距離を置こうにも、藍忘機の腕は魏無羨を逃がさなかった。藍忘機は長い溜息をつき、首を小さく振った後「怒っていない」と口にする。

    「そういうことだから口吸いは暫くお預けな」
    「うん」

    頷いておきながら口腔に入れた親指を抜こうとせず、そのまま頬粘膜を指の腹で撫で続ける藍忘機に、魏無羨はまあお預けする分好きにさせるかと黙っていた。
    やがて藍忘機は大きく魏無羨の口角を広げさせると、そんなに長かったのかと驚く程舌を出して魏無羨の口内炎をべろりと舐めた。魏無羨は驚きと痛みで声にならない悲鳴を上げ、身を捩って逃げ出そうとするが、案の定藍忘機の力の方が強く、押しても引いても逃げ出すことはできない。ぴりぴりとした痛みに舌を噛んでやろうかと思うも、何かを察したらしい藍忘機の親指が顎を閉じられないよう固定してくる。
    魏無羨の両腕は藍忘機の岩のような身体を引き離そうと全力で抗っており、右足は力いっぱい藍忘機の足を踏んだり蹴ったりしていた。それでも藍忘機はうんともすん言わず、ようやく解放されると、魏無羨は素早い動きで拘束から抜け出し、真っ赤な顔に涙目できっと目の前の男を睨んだ。

    「痛いっつってんだろ!!」
    「うん」
    「何がうんだ!満足そうな顔しやがって!そんな嬉しそうな顔で両腕広げたって飛び込んでやらないぞ!」
    「もう痛くないはずだ」
    「あん?」
    「治っている」

    藍忘機の言葉に肩をいからせていた魏無羨はもごもごと口腔を舌で舐め回す。やがてあったはずの口内炎が綺麗さっぱりなくなっていることに首を傾げた。

    「直接霊力を塗りこんだ」
    「ははあ……」
    「これで問題はない」

    藍忘機は心底嬉しそうに微笑むと、魏無羨が逃げ出す前にその身体を壁と腕の中に閉じ込め、思う存分口吸いを堪能し始める。一週間ぶりの夫の口吸いはやはりというべきか、ひどく粘着質で魏無羨の呼吸を悉く奪い尽くしていく。
    苦しいだけではなく、どこか溺れるような甘さがあり、そっと耳を撫でられながら上顎を舌で擽られると魏無羨は自然と甘い声を漏らしてしまう。
    鼻を抜けるような声が何となく気恥ずかしく、藍忘機に変なふうに思われていないだろうかと少し瞼を開いた。すると瞬きもせずに魏無羨の表情を見つめる琉璃色の瞳とかち合い、あまりの衝撃に目が離せなくなってしまう。藍忘機の熱を帯びた瞳を見つめながら舌を絡め合うと、鳴り響く水音が遠く感じた。耳を絶えず擽られているからかもしれない。耳朶が柔く揉まれ、耳裏をそっと爪でかかれる。
    ぶるりと腰から震えが走り、魏無羨の瞳には薄い涙の膜が張られた。
    藍忘機が目で笑う。
    あまりにも愛おしいと雄弁に語ってくる瞳に、魏無羨は逃げ出したい気持ちになったが、角度を変えて唇を重ねられ、上から唾液を流し込むようにされてしまうと、魏無羨は大人しく与えられるものを飲み干すしかなかった。喉仏を上下させて飲み込むと、よくできたとばかりにその喉仏を柔く唇で食まれる。急所をさらしているというのに、魏無羨はただ断続的な母音を漏らして身悶えるしかなかった。

    「ぁ、あ、らん……」
    「魏嬰」

    強請ったつもりではなかったのに、藍忘機はわかっているというような声で再び魏無羨の唇を塞いだ。
    とうに唇を閉じることは忘れてしまっていて、熱い舌は何の抵抗もなくするりと咥内に滑り込んでくる。そうして痺れて震える魏無羨の舌を、いとも簡単に攫っていってしまう。じゅ、と、音を立てて吸い込まれると魏無羨の身体はわかりやすく震えた。
    藍忘機の両手はいつの間にか下に降りていて、魏無羨の臀部を捏ねるように揉みしだいていた。後孔が引き伸ばされる。揉まれているのは外側だけのはずなのに、中の腸壁までぐにぐにと掻き回されているような気がして、魏無羨は堪らず噛みついてくる唇から逃げ出した。

    「らんじゃん、らんじゃん」
    「魏嬰。腰が動いている」

    指摘されずとも、藍忘機の太腿に腰を擦りつけてはしたなく快楽を追っているのは魏無羨自身がよく理解していた。後ろからとろりと濡れた感覚がする。
    どうしようもなく気持ちよかった。
    一週間もお預けにされたのだ。それをあの手この手で我慢していたのだから、いつもより早急になってしまうことくらい許してほしい。だって、藍忘機だって興奮してこんなにも熱く脈打つものを魏無羨の腹に押しつけているのだから、結局のところ二人は似た者夫夫というわけである。

    「藍湛だって、早く出したいんだろ?なあ、最初はどこで出したい?」
    「ここに」

    濡れた唇を親指の腹で優しく辿られ、そのまま唾液を唇の端、頬へと塗りつけられる。魏無羨はうっとりと蠱惑的に笑むと、藍忘機の鼻と己の鼻を擦りつけ合いながらも、その両手は忙しなく白い校服を脱がせにかかっていた。
    藍忘機もまた布地の上から魏無羨の後孔を押し込むようにつつく。やがて体液が布地に染み込み、藍忘機の指をしっとりと濡らすようになると、魏無羨は手荒に寝台の上に投げ下ろされた。髪を振り乱して食らいついてくる男に負けるものかと、素早く頭の位置が下になるよう体位を入れ替えると、待ち望んでいた赤黒い熱杭に舌を這わせた。
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