触れるだけの「ハドラー、目を閉じろ」
いくらかの不慣れな会話の後、バランはふいにこちらを見てそう言った。
しばし意味がわからず佇むオレの前に、感情の読めない顔が近づいてくる。
つい反射的に後ずさり、壁を背にしたところでバランは目元の飾りを外した。裸の顔立ちに見惚れる間もなく距離を詰められ、頬に手を添えられる。
「……ふ」
意味を悟り、笑みを作った唇に唇が重なる。少しかさついた、あたたかく、そして意外と柔らかい感触。舌を添えようか迷い、出方をうかがっているうちに、ただ触れるだけの淡さに慣れていった。
かすかな動きで擦れる唇の肌目と、ゆっくり伝わる温度、ふわふわと触れる髭にもどかしい思いがかき立てられる。
頬に添えられた手が肩に流れ、支えられる。そんな小さな動きについ感じた。思わずその腕にしがみついたが、唇の触れ方は変わらなかった。
もっと、何か。
何かが欲しいと訴えたかったが、口を塞がれていてはどうにもならない。
「んっ……」
深く閉じられた目元の、まつ毛の濃さをまじまじと見ていたら、ふと目蓋が開き、間近で目が合った。
たちまち唇が離れ、冷えた空気にさらされる。
「閉じろと言ったろう」
とがめるようなバランの口ぶりがおかしくて、つい苦笑した。
「こだわりか」
「……いや」
バランは視線を外すと、気まずそうに目元の飾りを付け直した。その瞳はさっきよりも少し潤んで見えたが、飾り越しではよくわからない。
「感じてほしいだけだ」
「それなら、もう十分」
「……退屈させたか」
「逆だ、次はもっと寄越せ」
そう言い、ちろりと舌を出したところを指さして見せると、バランは息を呑んで背を向け、足早に立ち去った。
かすかに紅潮した珍しい表情は、見逃さなかった。