AWAY,AWAY,AWAY from HOME ホメロス5日目5日目
こない。
別に待っているわけではないが、来るものが来ないと落ち着かないのは何も女に限った話じゃない。
いつもの時間を2時間ほど過ぎているが、グレイグが来ない。
連絡をするべきか。
別に奴がいなくとも身の回りのことは何とでもなるが、もし事故にでも巻き込まれていたらこっちの夢見が悪くなる。
旅行会社に聞けば奴の職場の電話くらいわかるだろうか。
そう思ってリビングに置いてあったスーツケースをひっくり返し、書類を探す。申込時の控えに緊急時の連絡先が載っていたはずだ。
仕事の書類と別にして一式まとめておいたはずだが、…
本と書類の山をひとつずつ確認していく。
これでもない、これでもない、…くそ、こんなに本を持ってくるんじゃなかった。
それらしき書類を見つけたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。
殆ど反射的に立ち上がってから走って玄関まで向かい、急いでドアを開ける。
「…グレイグ」
そこには、走ってきたのか、汗だくになったグレイグが立っていた。
別に心配していたわけではないが、安堵で力が抜けるのを感じた。
気を抜いたら膝から崩れ落ちそうだ。
グレイグは何やら身振り手振りを交え、必死に謝っている。
『車』、と言う単語が聞き取れたので、車に何かがあったのだろう。
「事故にでもあったか。お前なら相手の車が大破することはあってもお前自身は無傷だろうがな」
必死に言い訳を続けるグレイグを手だけで制して、家の中に入れと促す。
取り敢えず無事であったならそれでいい。
家に入ってもグレイグは何か言い訳を続けていたが、リビングに足を踏み入れた途端大声を出した。
「なんだ急に!」
驚いて振り向くと、グレイグは先程散らかしたスーツケースの中身を見て何か騒いでいる。
「ああ、さっきちょっと探し物をぉっ!?」
言い終わる前に両肩を掴まれて体を上から下までじろじろと見られた。
「おい、痛いぞ馬鹿力が!」
自分の抗議をものともせず、グレイグはオレの肩を掴んだまま興奮気味に何か言ってくるが、今度は全然わからない。
力ずくで黙らせたいところだが勝てる気がしなかったので、せめて精一杯迷惑そうな顔を作ってやった。
そうして奴が黙った一瞬の隙に、散らかった床を指さす。
「何を言いたいのか分からんが、取り敢えずここを片付けておけ」
訝しげな顔をしてグレイグはオレの顔を覗き込んで、更に追加で何か言ってからやっと肩から手を離した。
そして散らかったリビングは片付けずに、キッチンへと向かっていった。
先に食事を作るつもりらしい。
散らかったリビングにひとり残されたオレはやっとゴリラから解放された肩をさすった。
掴まれていたところにグレイグの体温が残っている。
きっと指の跡が付いている違いない。
馬鹿力め。
リビングで仕事をしていると、グレイグに声をかけられた。
どうした、と言いかけて、日が大分傾いでいることに気が付いた。
おそらく帰る時間だと言っているのだろう。
「…もうそんな時間か」
この五日間で奴が「何と言ったか」は分からなくても「何を言いたいか」はなんとなく分かるようになってきた。
グレイグは何か言って数字の書かれたメモをテーブルの隅に置いた。
電話番号だろうか。
傍らに立つグレイグを見上げると、奴はなんとも心配そうな目でオレを見ていた。なんだその目は。
グレイグはその瞳のまま何か言葉を続けた。
『バス』と『電車』は分かった。
今日もバスと電車で来たようだから、明日もそうだと言いたいのだろう。
「まあどんなルートで来ても構わんが」
本当は例のケーキ屋でまたケーキを買ってきて欲しかったが、この分では頼めそうにない。
グレイグはこっちを見てまだ何かぶつぶつと言っていたが、オレはそれを無視して玄関へと向かった。
「おい、グレイグ。駅まで送ってやる」
後を追ってきたグレイグに車のキーを見せて、こちらの言葉で「駅」と言った。
グレイグが驚いたような顔をしたので、てっきり通じたかと思ったが、奴はすぐさま何か考え込んでぶつぶつと独り言を言いだした。
何を考えることがあるのか。というかこれで何を言われているかわからないのだとしたら、なんて察しが悪いのだ。
しばらく独り言をつぶやくグレイグの様子を見ていたが、終わる様子のないその姿にいい加減イライラしてきた。
オレは車の鍵をグレイグの目の前に突きつけ、奴の耳を引っ張って大声で怒鳴った。
「駅まで送ってやると!言って!いるんだ!」
耳を放してさっさとひとり玄関を出てガレージに向かうと、グレイグが慌てて後ろを着いてくる気配がする。
思わず舌打ちが出る。ぐずぐずするな。
しかしさっきの奴の独り言。
『金髪』という単語が聞こえたのは気の所為だろうか。
今それは何か関係あるのか?