we used to be 7「暖炉の前」
ぱちぱちと、火の爆ぜる音がして、炎の作る熱と灯りが、暗く寒い部屋に結界をつくる。
この結界から出てしまうと、たちまち怖い闇がやってきて、飲みこまれてしまうんだと、よくわからない脅しのような話を聞かされた記憶がある。
あれは、何のことだったんだろう。そもそも、誰が言っていたのだったか。
暖炉の前に敷かれた、毛足の長いラグに寝そべって本を読んでいた僕は、ふと、傍らで椅子に掛けて同じように本を読んでいたおじさんを見上げた。
寒い夜の、いつもの光景だ。
「ねぇ」
寝転がったまま声をかけると、おじさんは本から視線を外して僕の方を見た。
その表情は至極穏やかだ。
「どうした」
「おじさん、本を読むときだけ眼鏡をかけるの?」
これか、とおじさんは眼鏡に手をやった。
「普段は良いんだがな、小さな文字を読む時はこれがないと見えんのだ」
歳を取ると誰でもそうなるんだ、とおじさんは笑った。
ふぅん、と適当な相槌を打ち、僕は更に ねえ、と続けた。
読書の邪魔をされたことを気にする様子もなく、おじさんはもう一度「どうした」、と微笑んだ。
「おじさんの黒い鎧は今どこにあるの?」
僕の言葉に、おじさんの顔が一瞬強張ったように見えたが、傍らの炎が揺らめいた次の瞬間には、それはいつもの穏やかな表情に戻っていた。
「よく知っているな」
「この間、本で読んだよ。おじさんは真っ黒な鎧を着て魔物と戦っていたんでしょう?
どこかに飾ってあるの?」
僕の言葉におじさんは笑った。
「そうだな…どこにあるんだろうな。
きっと箱に仕舞われて、お城の物置の奥の方に置いてあるんだろう」
おじさんは笑っているが、英雄の鎧を、そんな風に扱うものなのだろうか?
ちょっと納得がいかない。
「…白い鎧も?」
続けた言葉に、おじさんは今度ははっきりと驚いた顔で僕を見た。
「…それも本に書いてあったのか?」
「黒と白の対になる鎧って書いてあったよ」
おじさんの碧の瞳が一瞬宙を泳ぎ、少しの沈黙が流れた。
訊いてはいけないことだったかと焦ったのも束の間、
「…きっとそれも、俺の鎧と一緒にお城の物置に仕舞われているんだろう」
そう言っておじさんは本を閉じて椅子から立ち上がった。
「さぁ、そろそろ寝る時間だ」
そう言った顔は、いつもの穏やかな表情だった。
けれどもうこれ以上は何も訊くなという有無を言わさぬ空気がそこにあった。
さあ、と促されてのそのそと起き上がる。
まだ眠気はやってきていなかったが、今日はこれ以上夜更かしさせてはもらえないだろう。
結局一番聞きたかったことは聞けなかった。
白い鎧はあの部屋にあるんじゃないのか、と。