we used to be 4「春の嵐」
冬が終わり、ようやく春の足音が聞こえてくるかという頃になって、デルカダールには珍しく雪が降った。
日が落ちたころからちらちらと降り始めたその雪は夜になって強い風を伴い、その勢いを増している。
「…すごい風」
何年かに一度、温かくなってきた頃にこんな嵐が来ることがあるんです、とメイドが言っていた通り、外はさながら吹雪の様相を呈している。
がたがたと揺れる窓に近づき、外に目を凝らす。
「本当に明日には止むのかな」
おじさんもメイドも庭師も、嵐は一日でおさまるから大丈夫だと言っていた。
何度もこんな嵐を経験している3人がそういうのだから間違いないのだろうが、今こうして窓の外を見る限りでは俄にそれは信じられなかった。
まあいい、もう寝てしまおう。
そう思って窓から離れようとした時、白く霞む吹雪の中、窓の向こうの裏庭に灯りが揺らめいて見えた。
(……?)
頼りないその灯りは、庭をゆっくりと移動しているように見えた。
視界は悪いけれど、カンテラの灯りだということはなんとなくわかった。
誰が、とは考えるまでもなかった。今日はメイドも庭師も雪がひどくなる前に帰った。
ここにいるのは僕とおじさんだけだ。
裏庭には畑がある。
畑の様子を見に行ったのかも知れない。なにか、嵐よけとか。
僕は外套とカンテラをもって、自身も裏庭へと向かった。
裏庭にいたのは予想通りの人物で、その人はこの吹雪の中、外套も被らずカンテラを手に持って、何をするでもなく、ただ、そこに立ち竦んでいた。
「おじさん」
背後から声をかけると、おじさんは弾かれたように振り向いて、次いで僕の姿を見てひどく驚いた顔をしていた。
「なんで、…どうしてここに?」
「窓から灯りが見えたから」
「ああ、すまない。驚かせてしまったか」
「畑の様子を見に来たの?僕も何か手伝う?」
僕の言葉に、おじさんは少し考えこんでから、ゆっくりと口を開いた。
「いや、畑は夕方のうちに覆いをしておいたから大丈夫だ。
そうじゃなくて、…探し物を、していたんだ」
「なにか、落としたの?僕も探そうか」
「いいんだ。ずいぶん昔になくしたものだから。きっとここにはもうないんだろう」
そう言っておじさんはひどく悲しそうに笑った。
大事なものを、なくしたの?
「明日、明るくなったら一緒に探すよ」───そう言おうとしたが、それより先に僕の体はおじさんに抱え上げられた。
「すっかり冷えてしまったな。家に入ってあたたかいお茶でも淹れよう」
その表情はいつもの穏やかなものに戻っていて、僕は言葉を飲み込んだ。
家に入ると、おじさんは僕にココアを淹れてくれた。
『僕の好物』だというこの甘い飲み物。
僕はこの家に来るまで、この飲み物を飲んだことがなかった。
それに口をつけながら、すっかりいつも通りに戻って、食堂のテーブルの向かいに座ってお茶を飲んでいるおじさんの様子を眺める。
この雪の中、何を探していたんだろう。
それはついぞ聞くことができなかった。
次の日、嵐は嘘のように止んでいて、青空が広がっていた。
裏庭の様子を見に出てみると、雪は既に解け始めていて、ぬかるんだ地面の所々に凍った水たまりができていた。
その中の一つに、どこから飛ばされてきたのか小さな花が閉じ込められて凍っているのを見つけた。
けれどそれは、昼前には雪と共に消えてなくなった。