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    minamidori71

    @minamidori71

    昭和生まれの古のshipper。今はヴィンランド・サガのビョルン×アシェラッドに夢中。

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    minamidori71

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    現パロビョルアシェ、第三話。ルカの家にハウスキーパーとして雇われて一ヶ月、ビョルンは住み込みを決意し、ブリクストンの団地を引き払う。
    原作でのふたりの関係が、部分的に反転しているのを愉しんでいただければ、さいわいです。次回はもっと、距離が縮まる予定。

    #ヴィンランド・サガ
    vinlandSaga
    #腐向け
    Rot
    #ビョルアシェ
    byelorussia
    #アシェラッド
    asheraad
    #ビョルン
    bjorn

    Unknown Legend(3) ルカの家のハウスキーパーとして雇われて一ヶ月が経った、金曜日の早朝。晩秋のロンドンにしてはめずらしくよく晴れて、うすむらさきの曙光に染まった空は、高く澄んでいた。
     スーツケース一つだけを転がして、ビョルンは玄関の鍵を閉めた。鍵を管理人のポストに入れ、見慣れた風景を今一度、振り仰ぐ。雑然として、治安もあまりよろしくない地区だが、それでもこの風景を住民として見上げるのも最後かと思えば、感傷が湧いてくる。
     ――俺の人生は、……これからどうなるのだろうか。
     こうして通勤ラッシュに揉まれることも、これからはほとんどなくなる。ごったがえす地下鉄の車内で壁に寄りかかりながらも、奇妙な気分だった。あれほど自分の意思を持って仕事を選ばねばと思っていたというのに、折良く仕事の口をあてがわれ、気がつけば結局流されるままに、ビョルンの環境は大きく変わろうとしていた。しかし不思議なほどに、心は落ち着いている。むしろ古巣に戻るような懐かしさすらおぼえるのは、なぜだろう。
     ケンジントンのルカの家まで来ると、驚いたことに彼は玄関前で待っていた。煉瓦色のカーディガンの前をかき合わせながら、慌てて足早に歩み寄るビョルンに向けて、ふにゃっと笑ってみせる。見るからに眠そうだ。
    「早いねェ。律儀なもんだ」
    「そりゃ、今日は休みじゃねェし」
     あんただって仕事だろう。そう問うとルカはあくびをかみ殺しながら、まあね、今日は自宅勤務だが、と返した。昨晩は最終列車で帰宅したのだろう。木曜の午後には大学院生のゼミが入っているから、めずらしいことではない。
     敷居をまたぐ前に、ビョルンは居住まいを正し、頭を垂れた。礼儀は忘れずにおきたかった。
    「……ルカ。あらためて、お世話になります」
    「こちらこそ。ま、上背のある君に、屋根裏の部屋は申し訳ないんだがな。仕事さえしてくれりゃ、寝るとき以外はリビングで好きに過ごしてくれて構わねェよ。気詰まりじゃなきゃいいんだが」
    「気詰まりだなんて」
     この一ヶ月、まるで夢のようだった。それをうまく表現できる自信がなくて、ビョルンは口ごもる。照れくさくなり、そそくさとスーツケースを持ち上げて、屋根裏への階段を昇りはじめた。
     仕事の合間や午後のティータイム、ルカは初日から、なにかとビョルンに話しかけてきた。最初は気を遣われているのかと申し訳なく思ったが、どうもそうではなく、とにかくルカは喋りたいらしい。次から次に繰り出される、珍妙な話や彼独特の皮肉な視点で語られる出来事に腹を抱えながら、いつしか彼に話しかけられるのを、心待ちにしていることに気づいた。こんなことは、生まれてはじめてのことだ。
     喋るのは好きではない。子どものころは、母親の影響を受けたスウェーデン訛りをからかわれるのが苦痛だったし、どうせ思いを口にしても、聞き入れられることはまれだった。誤認逮捕されたときに受けた過酷な尋問や、ビストロの女主人からの虐待のせいで、ますます喋ることは不得手になった。ならばただ黙して手を動かしているだけのほうが、ずっと気楽ではないか。
     なのに、ルカと話すのは愉しいのだ。九割九分は聞き役に回っているだけでも、彼の話に笑っている間は、これまでのいやな思い出も忘れていられる。彼が留守にしている日は、自分でも呆れるほどに、張り合いがない。ルカの帰りが遅く、下手をすると一日会えないままの木曜日は、特にそうだ。
     ――まあ、住み込みを志願したのは、それだけが理由じゃないが、……。
    「ああ、ビョルン。急がなくていいんだが」
     階段を二階まで昇ったところで、階下からルカの声がした。手すりから下を覗くと、彼は寝癖のついたままの頭をぼりぼりと掻きながら、またあくびをこらえている。
    「すまんがね、荷物置いて落ち着いたら、お茶淹れてメシの用意してくれるか? なんか食わねェと、頭が働かないもんでね」
    「もちろん!」
     スーツケースをドアから中に滑り込ませただけで、ビョルンはいそいそと階段を降りた。彼に頼りにされている。そう思うだけで、心踊るのを抑えることができない。



     最初は、ブリクストンから毎日通うつもりだったのだ。しかしルカの生活を知るにつれて、通いでは無理だと痛感するに至った。
     ルカの所属先であるカーディフ大学は、当然ながらロンドンではなく、ウェールズの首都カーディフにある。講義のある火曜日と木曜日、彼は片道二時間以上かけて、カーディフのキャンパスに通っていた。パディントン駅六時発の始発列車に乗るには、当然朝は五時には起床せねば間に合わないし、帰宅はどんなに早くとも夜八時を回る、過酷なスケジュールだ。朝食も摂らずに家を出て、出勤の日は駅で買ったサンドウィッチしか食べない日もある、などと聞いてしまうと、ビョルンは黙っていられなくなった。料理の腕を買われて雇われた手前、もっと食事を愉しんでもらわなければ、立つ瀬がないではないか。
     そこで次の週、一計を案じたのだ。水曜日の晩、ルカの家を辞する前に、ビョルンは彼にあるものを見せた。
     ――明日の朝、こいつを大学に持って行ってくれ。もし忘れたら、帰ってきてから食べてくれても構わない。傷みにくいものを詰めたから。
     ――それは?
     ルカが興味深げに手に取ったのは、ステンレスの円筒型の容器が三段重ねになった、インド製の弁当箱である。インド料理店に勤めていたとき、店長に貰ったものだが、ビョルン自身は使う機会がほとんどなかった。
     ――いちばん上の段は、倒しても中身が漏れないようになってンだ。念のため、それほど汁っぽいもんは詰めてねェけど、……。
     クリップを引き上げて、ルカの目の前で開けてみせた。下の段にはローストしたパプリカとチャツネを挟んだサンドウィッチ、中の段にはデザートのチョコレート・ティフィンが三切れ。上の段には、腕によりをかけて作った鶏レバーとニンジンのコンフィを詰めた。これならば、温め直さなくても食べられる。
     翌朝来てみると、冷蔵庫にしまった弁当箱はちゃんとなくなっていた。その日は顔を合わせることなく終わったが、金曜の朝、目を輝かせたルカに言われた。美味かった、またぜひ頼む、と。その次の週、引退した前任の老女が使っていた、屋根裏部屋の改修が終わった。そこに住まないかとルカに持ちかけられ、ビョルンは二つ返事で快諾した。断る理由など、どこにあろうか。
    「昨日弁当に入れてくれたチキン・ティッカも、最高だったよ。いい日和だったんで、外の芝生の上で食べてたんだが、通りがかった同僚が言いやがんの。『あんたにしちゃ、美味そうにものを食うな』だと! ったく、失礼な野郎だぜ。まずそうにもの食ってるように見えたってんなら、そりゃ学食の料理がひでェせいだっての。オレに言わせればね、家畜のエサだぜ、ありゃア」
     胃袋がぬくもってきたせいか、ルカはいつもの毒舌をすっかり取り戻し、トーストの耳で目玉焼きの黄身をすくいながら喋り続けている。それをほほえましく見守り、紅茶のおかわりを淹れようかと立ち上がろうとしたとき、右手に違和感をおぼえた。見るとルカの左の人差し指が、ビョルンの右手の甲を突いている。
    「今の気持ちは?」
    「……へ?」
    「ビョルンお前ね、ニヤニヤしてるだけじゃ、何考えてるのかわからんだろ。オレはこのとおり多弁だが、ひとりで喋ってるだけで反応ナシじゃ、張り合いねェの。この家にはオレとお前、ふたりしかいないんだぜ? 確かに隣の住人は神経質なヤツなんだが、ちっとくれェ喋ってくれても、騒音で訴えられる心配はまァ、万にひとつもねェよ」
    「……」
    「グレゴリーの店でも、お前は無駄口ひとつ叩かず、よく働いていた。長く一緒にいれば、以心伝心ってこともあるだろう。しかしね、肝心なことはきちんと、ことばで伝えたほうがいい。もしお前が、ささいなことでもなんでもグレゴリーに腹割って話していたら、もしかしたらあいつもひとりで夜逃げするなんてこたァせず、お前に相談していたかもしれねェ」
     ま、ただの外野の憶測にすぎんから、違っていたら訂正してくれ。そう言ってルカはくちびるの片端をゆがめたが、ビョルンは考え込んでしまった。
     ――確かに、そうかもしれない。
     突然グレゴリーが失踪してはじめて、店の借金がかさんでいたことを知った。なぜ、打ち明けてくれなかったのか。今でもそれを悔しく思ってはいるが、そもそも自分はどれほどグレゴリーに、自分の話をしていただろう。お互い移民で、身寄りがないことに勝手に親しみを感じていたが、そのことに甘えすぎてはいなかったか。
     手の甲の上で、ルカの指が、わずかに動いた。労るように、促すように、浮き出た骨をなぞる。見上げた先で、うすあおの瞳に迎えられた。饒舌さとはうらはらの、静謐な光。
    「控えめで働き者なのは、確かにお前の美点だろう。『アシェラッドのバラッド』のビョルンもそうだしな。しかし、あの物語はあくまで人の手を介して、今に伝わったものだ。ほんとうはどうだったか、わからんぜ?」
    「そんな、見てきたみてェに……」
    「ま、つまりだ。毎日サシで生活する訳だからさ、なんだって話してくれよ。以心伝心なんて聞こえはいいが、肝心なことに限って、ことばにしなけりゃ相手にゃわからんモンなんだ」
    「……まるで昔、それでしくじったような口ぶりだな」
     いつもの煙に巻く笑みに、光が揺れる。ビョルンの手の甲を今一度、とんと突いて、ルカの指先が離れた。
    「ごちそうさま、美味かったよ。原稿の〆切があるから、しばらく書斎に籠もる。十一時ごろに、お茶を持ってきてくれるかい? ラプサン・スーチョンな」
     立ち上がった背中に、思い切ってルカ、と呼びかけた。
     肩越しに振り向いたルカの髪が、窓から差し込む朝のひかりに、きらきら輝いている。こちらを静かに見つめるまなざしは、今朝振り仰いだ空を思わせた。“その髪は朝日のごとく輝き、そのまなこは高き空のごとく澄みわたりけり”、……あの文句が、脳裏に浮かぶ。焦がれてやまぬ英雄の幻影が今また、ビョルンの目の前に立ちあらわれていた。
    「すごく……嬉しいんだ。あんたが俺を、ここに住まわせてくれるなんて。あんまり嬉しくて、どう言いあらわせばいいのか……わからねェ。俺、語彙が少ねェからさ。あんたと違って」
    「……」
    「でも、これからは、努力してみる。自分の思っていることを、ちゃんと言えるように。あんたがそう言うなら」
     ――アシェラッド。
     なぜかその名が口をついて出そうになり、慌てて息を呑んだ。
     あわく光る口髭の陰で、ルカのくちびるがほころんだ。ただそれだけなのに、目眩がするほどに魅惑的だった。
    「言えてるじゃねェか、ビョルン。上出来さ」
     鈴の音のようなウィンクをひとつ投げてよこし、ルカは階段を昇ってゆく。しばらく身じろぎもできず、ビョルンはからになったマグカップを握りしめていた。



       (4)に続く
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