三途の川うーん、これは……やっぱ所謂アレ?あの、サンズノカワってやつかな?
僕死んではいないと思うけど……夢なのかな。
「……はい、それならここの道を進んで川を渡ってくださいね。結構深いので気をつけて。次の方どうぞー」
おぉみんな全然躊躇いないねぇ、ちゃんと受付までいるし。丁寧なご案内つきかよ、ウケる。まさか腐った蜜柑のおじいちゃんより先にここに来るとはね、僕が戻ってちゃんと教えておいてあげない、と……?
――え? いやいや、そんなことある?
「……傑?」
「おや、久しいね悟!」
「はぁ!? おま、こんなとこで何してんだよ!」
「え、何って……受付、かな?」
自分が最期を看取った親友が、まさか三途の川でバイトしてるって誰が想像できる?
◆
「――それで、なんか流れでバイトさせて貰えることになってさ。私術師と教祖しかやったことなかったから、面白いよー接客業」
「……そう、凄い特殊な仕事だもんね……」
全く信じられないけど、なんか賽の河原で鬼と子供たちの仲裁したら、お地蔵様と勘違いされて?そっから子供たちの面倒見るようになって?あれよあれよと言う間に受付のバイト?
……いや、順応性高過ぎでしょ。しかもあそこで凄いバランスで石積んでるガキンチョはお前の仕業かよ……。鬼も引いてるじゃん……。
河原の流木に腰掛けながら、アーティスティックな石積みに興じる子供たちを見つめる。変なことばっか教えてんなコイツ。
「それでさ、三途の川の受付ってすごいアナログだったんだよね、当たり前だけど。だから、折角ならと思ってシフトとか受付順路とか整理したりマニュアル化したら喜ばれてさぁ。頼りにされると嬉しいよね」
「いやいや、なんで業務改善してんのよ……つか、お前はいいの、その、向こう側渡んなくて」
「あー私も最初渡ろうと思ったんだけど、どうやら私の体がまだ現世にいるからって渡れなかったんだよね。だから、丁度良いかと思ってね」
そうか、僕が封印される前に見たアイツのせいか。
「……悪い、それ僕のせい」
「あれ、そうだったのかい?私のことミイラにでもした?」
「するかよ! ちょっと僕がミスって、変な奴に傑の体使われてんだ、ごめん」
一瞬キョトンとした顔でこっちを見た後、傑はまじまじと僕の顔を見つめてくる。
「……悟、大人になったねぇ」
「は!? せっかくこっちが真剣に話してんのに、なんで茶化すかなー」
「うそうそ、まさかあの悟が自分から私に謝るなんて面白くてね」
ヘラヘラ笑う傑に、なんだか気にしてる自分が馬鹿みたいに思えてくる。僕、一応お前を手にかけちゃったこと、気にしてるんだけど……
「ていうかさ、やっぱり傑が悪くない? あんな奴に体好き勝手させてんの傑じゃん」
「いやいや、君が私を殺した後ちゃんと管理しなかったんだろう。硝子にも、気まずくて隠したんじゃないか?」
「普通殺しちゃった親友の体持っていけないデショ」
「硝子ならきっと私の体楽しんで捌いてたと思うけどね」
「確かに、アイツならやるわ絶対」
パッと目が会いゲラゲラと笑った。あーすごい懐かしいな、これ。
「はぁ、なんか色々気にしてたのが馬鹿みたいだわ! 俺もお前が苦しんでるの気づけなくて悪かったけど、お前も俺に最期看取らせてんだからおあいこね!」
「ふふ、それ君が言うのかい? いいよ、そうしちゃおうか、もう」
「あーくそ、こんな簡単な事だったらもっと早く言っちゃえば良かった! 脳筋ゴリラに変に気遣おうとするから拗れるんだよな」
「ゴリラって失礼だな、武闘派と言ってくれるかい?」
「折本里香相手に呪具でゴリ押ししてたんでしょ、ゴリラでしょ普通に」
「いやー楽しくなっちゃってさ、久しぶりにガッツリやりたくなっちゃって」
「なんであんなに胎に呪霊飼ってたくせに、本人で殴りに行っちゃうかな〜。あれでしょ、ピクミンとかも使わずにオリマーで行くタイプでしょ、傑」
「あんなに可愛いピクミンを食べさせられるのかい悟は。人の心がないね、全く」
「いや、そういうゲームだし。つか、親友に自分殺させる奴に人の心無いとか言われたくねー」
「ははっ、確かに。悟にしては珍しく正論じゃないか。オエーッとか言ってなかったかい?」
「顔真似すんな。俺も大人になったってことよ、これでも教師よ?」
「君が教師だなんて、ヤガセンも大変だろうな」
「何言ってんだよ、俺が居てやってるんだから感謝こそすれ、文句なんて言われるわけないでしょ」
「そういう態度は昔から変わってないな」
いつかの教室でしたような軽口の応酬。共に過ごしたあの日々に戻ったかのようなこの状況に、どしようもなく心が浮かれる。
「そういうお前も昔っから変わんねーよなそういう説教臭いとこ」
「叱られるようなことばかりする悟が悪いだろう」
「んだよ、可愛くねーな」
「そりゃ可愛くはないだろう、君とは違うんだから」
「俺は昔から顔も整ってるからな〜おめめもパッチリだし〜」
「悟は昔から可愛かったよ、もちろん顔以外もね」
「そーゆーこと、本当恥ずかしげもなく言うとこも変わってないデスネ」
「そうかい?」
頬杖をつきながら、急に真剣な顔でじっと見つめる切長な瞳にぐっと言葉につまる。
「そういうのやめろよ、変な空気になるだろーが」
「そういうのってどんなのだい?」
「その、それだよ、ジトッとしたアツーイ視線だよ!」
「なんだ、ちゃんと伝わってるじゃないか。悟坊ちゃんも大人になったのは本当のようだね」
「なっ……伝わってるって、なんだし……」
「ははっ、急に初心だね。まるで学生時代に戻ったみたいだ」
「揶揄うなよ、調子狂う」
「すまないね、揶揄った訳じゃないんだ。私はずっと君のことが可愛いなと思っていたんだよ」
「……初耳だけど」
「うん、言ったこと無かったからね」
「いや……なんで今なんだよ……」
「ん?なんでだろうね、後悔してたからかなぁ」
さらっと大事なこと言わなかったか、今。
「後悔って、どういうこと」
「そのままの意味だよ、最期に悟には逢えたけれど、流石に言えなかったからね」
「……お前、本当大事なことは絶対言わないよな」
「私も存外面倒な性格だよね」
可愛いと思ってたってなんだよ。自分よりおっきな男にいう台詞じゃないだろう。そこまで言ったなら最後までちゃんと言ってくれよ。本当に昔から俺が聞きたい言葉は絶対言ってくれないんだよな、傑はさ。だけど――
「俺は傑のことちゃんと好きだったよ」
俺だって大人になったんだよ。拗ねたり逃げたりしないで、ちゃんと言葉にできるくらいには大人になったんだ。しっかりと目を見つめながら言葉にして伝える。
「俺たちはさ、どうでもいいことは沢山話したけど、大事なことはきっと全然言わなかったんだよ。でも、今ならわかる、言わなきゃ伝わる訳ないんだ。親友でも」
「……悟」
「なんかわかんねーけど、もっかい話せたことも奇跡だろ。だから、ちゃんと言いたい。傑、俺はお前が好きだった。親友とか超えてたよ」
「……まさか、こんな直球で言われるとは。幾つになっても照れるものだな」
「で? 傑はどうなんだよ、せっかく俺サマが先に折れてやったんだ、言うことあんじゃねーの?」
「……クソッ、あぁ私も好きだったよ悟のことが!なんなら抱きたかったね!!」
「いや、急にぶっちゃけ過ぎだろ」
二人して、肩の荷が降りたように拍子抜けした顔をして見つめ合った。
「せっかくだし、チューでもしとかね?」
「ムードも何もないな君は、全く」
「ははっ、でもちゃんとするのかよ、むっつりスケベ」
「五月蝿いな」
軽口とは裏腹にら初めてキスした子供みたいに手が震えた。
「……これで思い残すことねーわ」
「いやいや、君まだ死んでないんだろう」
「まぁね〜でも、ちょっともうどうでも良くなってきたな〜」
「教師なら、ちゃんと最後まで責任持ちな。君が本当にここに来るまで、またここで待っててあげるからさ」
「本当に? 向こうに渡れるようになっても?」
「なっても、待ってるよ。私案外人望あるし、少しくらいの我儘聞いてもらえるんじゃない?」
「ふはっ、ここでも人誑し発揮してんのかよウケる。いや、この場合鬼誑しか?」
「もし君が本当に来たら、その時は天国だろうと地獄だろうと一緒に行こう。君とならどっちでも楽しそうだ」
「いいね、ノった! じゃあ、ちょっくら行ってくるかね〜傑の体良いようにされてんのもムカつくっしょ」
「気分は良くないね、一発ぶん殴ってやりたいよ」
「でた、脳筋ゴリラ」
「自分の体なんだ、何したって文句言われる筋合いはないね」
「そりゃそーだ。……じゃあ、ちょっと色々片付けてくるからもう少しだけ待っててよ。僕の可愛い生徒の話沢山聞かせてあげるから」
「うん、楽しみにしてるよ。私も悟が来るまでにどれだけ労働環境を改善できるか楽しみだな」
「まじでそのうち中間管理職とかになってそうだわ、やり過ぎるなよ鬼が可哀想」
「やるなら徹底的にやらないと、面白くないだろう?」
ニカッと、あの夏みたいなくっきりとした笑顔で傑が笑う。
「悟も、あんまり早くこっちに来るんじゃないよ!」
「言われなくても、そんなつもりサラサラねーよ!」
――さてと、そろそろ起きる時間だ