お題:こんな職場はもう嫌だ「はい、じゃあ次のお題『こんな職場は嫌だ』」
「……正月休みも何も無く馬車馬のように働かされる職場」
「誰が、事実を言えと、言ったんだッ!!」
ダン、と机を叩く大きな音に、周囲にいた補助監督の目が一斉にこちらを向く。大丈夫何でもないよ、と五条が執り成し、またいつも通り辛気臭い室内へと戻っていった。
今日は一月三日。最寄りのスーパーも近年の労働環境改善の波を受けて休業している三が日の最終日。呪霊の発生に休みなどない呪術師達にとって、むしろ繁忙期ともいえるこの時期は毎年高専の職員室に缶詰か、現場で年越しが常だった。
クリスマスから正月にかけて、幸せな人々の光に照らされた闇は一層暗く、深くなる。
「はぁ、もし私が呪力を操れなかったら、特級呪霊を生み出す自信があるね」
「でもさ、呪術師じゃなかったら普通に正月休み謳歌してるかもよ?」
「確かに。やっぱり呪術師なんて皆クソだな」
心の声を盛大に溢れさせながら夏油と五条は机に向かう。年末から今にかけて対応した幾つもの案件に関する事務仕事に追われているためだ。もちろん、粗方の内容については補助監督が作成してくれている(もとい、作成させている)ため、生徒たちのように一から作成する必要はない。しかし、その数が数だけに任務の切れ間であるこの時にも作業を止めることができずにいた。同様に正月休み返上で働いている補助監督の瞳に光は無く、ただ淡々と目の前の業務を処理するロボットと化している。
――ガラガラ
機能をかなり制限している脳みそでは、音がした方を素直に見ることしかできず、一斉に入口へと視線が集まる。そこには大きな袋を手にした学長と虎杖、伏黒の姿があった。
「悪いな、こんな正月の日にまで仕事をさせて。昼飯に寿司を買ってきた。少しでも食べてくれ」
学長の計らいに、わっと室内の空気が息を吹き返す。作業の手を止めふらふらとやってくる人たちに「大丈夫っすか?」「お疲れ様です」と声をかけながら虎杖、伏黒が寿司桶を配っていた。隣には即席みそ汁が用意され、ポットの前には長蛇の列ができる。
「先生たちもお疲れ様、はい、これ味噌汁と寿司、学長から」
一向に席を離れようとしない二人の元に、痺れを切らした虎杖が食事を運んできた。暖かい湯気を出すお椀に意識を引きずられそうになりながらも、五条はぷい、と顔を背けた。
「ありがとう悠仁。でもごめん、今はダメ」
「え、どうしたん? 腹減ってないん?」
机の端に寿司を置きながら心配そうに虎杖が五条の顔を見つめる。
「違うんだ、お腹減ってるからこそ、今は食べられない」
「何で?」
「今食べたら、確実に僕は仕事を投げ出す自信がある。今すぐベッドに寝転んで、携帯もパソコンも全部破壊して、惰眠を貪っちゃう危険性が高い。だから今は受け取れないの」
深刻そうな表情で、いかに今の自分が仕事を投げ出したいかを熱く生徒相手に語る五条へ、少し離れたところから伏黒が冷たい視線を向けていた。そのまま五条の隣で一心不乱に画面に向かう夏油に、コイツを何とかしてくれ、という願いを込めて寿司桶を渡した。
「夏油先生も宜しければ。ここに置いておきます」
邪魔をしないよう控えめに声をかけると「あぁ、そのままにしておいてくれ」と目線を外さず返された。五条も夏油のように黙って手を動かしていればいいのに、と思いながらふと画面に目をやると、そこには『厳選!絶対に行くべき秘湯二十選』の文字が。
「……先生、それは?」
「あぁこれかい? これはね、呪霊の発生地予測を行っているんだ。こう人の幸せが集まるところには呪霊も集まりやすいんじゃないかと思ってね」
「でも今、予約ページ開いてませんでしたか?」
「これは一般の方がどの程度いるのかを確認するために予約状況が見たかったんだ。被害の規模も予測しやすいだろう?」
そう言いながら伏黒を見つめる夏油の目には一点の曇りもなく、これでもかというほど瞳孔が開いていた。後に伏黒は、この時見た光景を振り返り「人間の瞳孔が極限まで開く様を初めて見た」と身震いすることとなる。
「コラっ! 生徒を怯えさせる奴がいるか、馬鹿者!」
――ガツン、脳髄を揺さぶる程強烈なげんこつが二人の頭に落ちてくる。頭を押さえながら「パワハラだ!」「物理的なパワハラだ!訴えてやる!」と喚く二人に、学長から追加のお叱り(物理)が飛んだ。
「つべこべ言わずにさっさと食って仕事しろ。自分たちが勝手に書類をため込むからこうなってるんだろうが」
「それもこれも、書類仕事をする暇もないほど任務を詰め込むのが悪いと思いませんか!」
「そーだそーだ!僕たちは真面目に任務をこなしていただけなのに、こんな扱い酷すぎる!」
「お前たちが今書いているのは報告書ではなく『器物破損届』だろうが!」
学長の手が添えられた画面には、確かに『器物破損届』の文字が書かれている。
「重要文化財や文化遺産もあるから気をつけろとあれ程言ったのに……お前たちが私の話をちゃんと聞いて、きちんと対応していれば必要のない作業だったんだぞ! これを機に自分たちの行動を改めろ」
ぐうの音も出ない正論と、周囲の補助監督から控えめに投げられる非難の視線が二人の身体をチクチクと刺した。その様子を見ていた虎杖の「え、じゃあ先生たちが無駄に暴れたせいで、補助監督の人たちも仕事させられてんの!?」という無邪気な声が致命傷を与えた。
「ち、違うもん……全部の仕事が僕たちのせいって訳じゃないもん……」
「私たちだって、頑張って仕事しただけなのに……」
「でも、任務の条件をよく確認してなかったのはお二人の落ち度なんですよね?」
純粋な若者の言葉が二人の心を更に鋭利に抉り取る。
「先生たちも大変なのは分かるけどさ、山場が終わったら、ちゃんと皆にごめんなさいしような?」
優しく微笑む虎杖の困ったような笑顔がアラサーの大男には深く深く突き刺さった。
「「こんな職場、もう嫌だー---」」