たきび「あ、山茶花だ」
「あ?」
簡単な任務帰り。補助監督の車を帰らせて歩く道すがら、傑が垣根に咲いた花に目をやる。濃いピンク色をしたその花は、流石の俺でも見覚えがあった。
「いや、それ椿だろ?」
「ううん、時期的に椿は早いし、それにほら、花びら」
傑が指す方向を見ると、俺たちの足元に綺麗な花びらがちらほら落ちていた。
「椿は花ごとぼとりと落ちるけど、山茶花は花びらが散るんだよ」
「ふーん」
花はすごく似てるけどね、と言いながらまた歩き出す。傑は何かとカッコつけだし、普段からこんなのは常識だーとか、こうするのが当たり前だーとか、色々と口煩く俺にモノを教えてくるけれど、今のはそーゆーのとは違う感じがした。
何というか、大事なものを、思い出した感じ。
「なぁ、何でそんな事知ってんの」
「え? あぁ、山茶花と椿の違い?」
まだその話続いてたのか、そう言いたげな顔で傑が俺を見る。たぶん珍しく俺がこの手の話に食いついたから不思議に思ったんだろう。少しわざとらしく考えた後「昔ね、」と傑が口を開いた。
「……慕っていた女性が教えてくれたんだ。あれから、山茶花を見る度に思い出してしまうんだよ。忘れもしない……あの……」
「……あの?」
憂う様に伏せられた瞼に、ごくりとつばを飲み込む。
「焼きたてホクホクの焼き芋の味が……っ!」
拳を固く握りしめた傑の目には、気のせいかうっすら涙すら滲んでいた。
「悟も食べたことくらいあるだろう? 落ち葉掃除した後に焚き火の中で焼くあの焼き芋を。お店で焼いた方が美味しい筈なのに、なんなら少し煤がついたあの焼き芋の美味しさとわくわく感。あの瞬間のために掃除をしていたといっても過言じゃあない」
「いや急にめっちゃ語るじゃん。つーか何で山茶花から焼き芋?」
「悟、"たきび"って歌知らない? サザンカサザンカ咲いた道〜ってやつ」
「知らねー」
つか、歌があったとして、んなのは今どうでもよくて。さっきのあれは何なんだよ。
「お前さっき"慕っていた女性が"とか言ってなかった?」
「あぁ、小学生のころ担任だった横田先生だね。彼女が私に初めて焚き火焼き芋の楽しさを教え込んだのさ」
「担任のこと彼女って言うなよ。お前が言うといかがわしいわ、なんか」
「それはただの偏見だろうが」
別に三人称としては普通だろう、とぶつくさ言う傑を無視して記憶を辿る。確かに家のやつが裏庭で落ち葉を燃やしていたことはあったかもしれない……。けど、俺は。
「んなのやったことねーし」
「え、嘘! 学校の掃除の時とかやらなかった?」
「俺、ガッコーとか、高専が初めてだし」
生まれた瞬間から命を狙われまくっている俺が普通の幼少期など送れるはずもなく(別に送りたいとも思ってないけど)勉強は家庭教師が付いていたし、五条家での俺の立場を考えたら、掃除なんて生まれてこの方自分でやるなんて考えたこともなかった。
「…悟、それは人生損してるよ」
俺の両肩に手を置いて、全力で俺を憐れむ傑の顔がずいっ、と寄ってくる。いやちけーし。
「人生って、おおげさ、」
「いーやしてるね。人生半分損してる」
「焼き芋ぐらいで言い過ぎだって。お前の人生どうなってんだよ」
残りの半分、炒飯とかで出来てるだろ絶対。
「よし、今日やろう。スーパー寄って、さつま芋買って帰ろ」
硝子に何か他にいるか聞こう、と徐に電話をかけはじめる。こいつ本当たまにすげー行動力発揮すんだよな。
「……あ、もしもし硝子? これから帰ってさ、焚き火で焼き芋やろうと思うんだけど、何かいる? うん、うん、えーあるかな、うん一応探してみる。あ、アルミホイルあった?」
硝子と電話越しに相談する傑の声から"タキビヤキイモ"を想像する。え、何でアルミホイルいるの、焼き芋って石で焼くんじゃないの、皿とか? え、全然わかんねー。
「硝子がつまみにするから銀杏あったら買ってきてって。殻付き。それ以外になんか悟やりたいのある?」
「え、え、な、なんか甘いやつないの」
「んー焼き芋も甘いけど……あ、じゃあマシュマロ焼くのは? あれも結構上手いよ」
「マシュマロって焼くの!」
「うん、焼くとさトロッとして、表面が少し焦げたりしても美味いんだよ」
「え、絶対やる!」
「よし、海外のデカいやつ探そう」
そうと決まればのんびり歩いてる暇はない。小走りで高専最寄りのスーパーへと急ぐ。だんだんと互いのペースに合わせて歩調が速くなり、最後はほぼ全力で走っていた。それも爆笑しながら。
その後高専に戻った俺たちは、敷地内に腐るほどある落ち葉を拾い集めて火をつけ"焚き火焼き芋"を堪能した。(夜蛾先生には、急に敷地内の掃除がしたいと道具を借りに行って不審がられたし、勝手に焚き火したからフツーに怒られた)
焚き火で焼いた焼き芋は、火加減なんてできないから所々硬いし、あんまり甘くもなかったけれど、傑と硝子と一緒に食べたあの焼き芋は特別な味がした。
◇◇◇
「あ、山茶花だ」
「え、これツバキ? じゃないん?」
「チッチッチ、甘いね悠仁クン。足元を見たまえ! 花びらが散っているだろう? これは椿ではなく山茶花の証なのだよ!」
「先生急に豆知識披露してくるじゃん」
「どうせ誰かの受け売りでしょ」
「この人が花に関する知識なんて持ってる訳ない」
「二人ともすんごい僕に冷たくない?」
一年生の引率帰り、おやつを食べに行く途中の道で山茶花の花を見つけた。確か、初めて知ったあの時もこのくらいの時期だったっけ。
「もう一つ豆知識をいうとね、焚き火の中に銀杏そのまま突っ込んじゃダメだよ。あれ、凶器と化すから」
悪魔のような同級生に「五条、銀杏焼けたか見てよ」と覗き込まされた時の光景を、今でもありありと思い出せる。僕が無下限使えてなかったら普通に事故だからね、あれ。硝子は自分が治せば怪我させてもいいって思ってる所あるよね。
「先生ってたまに変に詳しい豆知識持ってるよな」
「僕の周りに変なことばっか教える奴しかいなかったんじゃない?」
あの正論野郎のおかげかな、と高くなった空を見上げる。お前に教え込まれたあの味が、僕は忘れられなくなったよ。
フッ……とアンニュイな雰囲気で微笑む僕に、悠仁が声をかける。
「いや、それどうせ夏油先生の事だろ? たった三日出張行ってるだけじゃん。そんなアンニュイな空気出されても」
「たった三日じゃないもん‼︎ されど三日の方だもん‼︎ それなのにアイツ全然連絡してこないんだよ⁉︎ 酷すぎ!」
信じらんないよ! とプリプリ(自慢じゃないけど結構可愛い)する僕を冷め切った目で見る二人と、まぁまぁと宥める悠仁。え、二人はさ、感情どっかに落っことしてきた?
「今日帰ってくるんでしょ? 早くおやつ食べてさ、高専戻ろうよ。あ、夏油先生にもなんか買ってってあげたら?」
悠仁が僕の機嫌を戻そうとフォローする。んーお土産ねぇ……。
「よし、じゃあさつま芋買って帰ろ、生の」
「生なん? 焼き芋じゃなくて?」
「山茶花と言えば、焚き火DE焼き芋でしょーよ! マシュマロも買ってくわよっ!」
「あ、じゃあ私スモアやりたい! スモア!」
「それ焚き火で出来んのか?」
「五条先生にまっかせなさーい!」
よし、そうと決まればスーパーまで走るよ! と三人を置き去りにして駆け出す。「僕に勝てたら何でも好きなもの買ってあげるよ〜」と言えば、任務終わりの身体に鞭打って追いかけてきた。そうこなくっちゃね。
あぁ〜早く傑と焼き芋食べたいな〜!