種/シン誕生日2021 おめでとう、とおもむろに言われたものだから、最初は何のことだかわからなかった。返事の言葉を探しているうちに、
「誕生日でしょ、今日」
と相手の方から答えが出てしまった。
「ああ……、ええ、そうなんですけど、えっと、何で知ってるんです?」
「一応ここの責任者だから。個人情報は頭に入れているよ」
事も無げに向けられる涼し気な微笑に、嫌味かな、と本気で思った。
マジか、このひとそこまで覚えてんのかよ、と苦々しい感情が表に出る前に、目の前のキラはそれまでの澄ました表情から一変、
「なーんてね。さっきたまたま人事ファイル見てただけだよー」
にこにこと悪戯が成功したような笑顔を向けるので、これだからこのひとは! という怒りなのか呆れなのか、それともあきらめなのかわからない何かを生成する壺に蓋をして、さようですか、とシンは返すに留めた。
「えーと、ありがとうございます。まあ祝われて喜ぶような歳でもなくなりましたけど」
「そんなことないよ。誕生日はいくつになっても嬉しいものじゃない?」
「嬉しいんですか?」
「嬉しいよ」
そこだけ、至極真面目に、ともすれば絶対の信念を主張する断言のように。キラはそう口にした。
「……そりゃあ、嬉しくないわけでもないですけど」
「それは結構。じゃ、この決裁済み起案返すね。待ってたでしょ」
確かに待っていた。少し重要度が高い案件だったから、最終決裁がかなり上の方までになっていて、しばらく時間がかかっていたものだ。なるべく早く戻って来てほしかったが、それはすなわち戻って来た時点で早急にとりかからなければいけないものだったので。
「あ~……嬉しいけど、嬉しくない……」
今日残業確定じゃん、とうなだれるシンに、いつものように緊張感の無い表情でキラは声を掛ける。
「一緒に残ってあげるから頑張ってね」
「一緒にやってくれるわけではない?」
「それ、君がやってた案件だから、僕が下手に手を出すとめんどくさいことになるよ?」
「そうなんですけど、そうなんですけどね…」
正論だが、求めていたのはそういう答えではなかった。
「終わったらケーキ買ってあげるから」
「あんた、ほんといい性格してますよね……」
「そうかな?」
へらへらと緊張感無く返すキラからは、先刻の真摯な表情は読み取れず、まるで終わる夏の幻のようにその気配を消してしまっていた。