ゾワゼロ/ディアギレディア 彼の私物にしては、随分印象とかけ離れたものだと興味を引かれ、そっと手を伸ばしてみる。毛足の長い被毛がうっとりするような柔らかさで、もしかして相当な値打ちものなのだろうか、と考えを巡らせたところで声をかけられた。
「……言っておくが、俺の趣味ではないからな」
「まだ何も言っていない。別に個人の趣味嗜好まで、俺は口出ししないが」
そう言いながらディアスは大きな掌でその毛玉を撫ぜる。つまり、子どもが片手で抱えられる程度のクマのぬいぐるみを。
「ただ、この子の経緯は気になるかな」
よく見ればタグに記されたロゴマークは共和国民でも知っている老舗の流れを汲む玩具メーカーのものだ。決して安価なものではないということは察せられた。
「……父の形見、のようなものだ。もう二十年以上前のものだが、たまに虫干ししている」
曰く、軍人だったギレルの父親が任務中の事故で亡くなり、その遺品の一つだったという。
「父の趣味でも俺の好みでもなかったはずなんだが、どういうわけか俺宛の荷物だったらしくてな。……長期任務の合間に適当に用意したのかもしれないが、その辺りの事情はもうわからないな」
思えば、彼の身内のことなど聞いたこともなかった。そもそもこんな個人的な関わりを持つつもりもなかったのだが、人生はわからない。
「そうだったか。年数の割にきれいだから、余程大事にしていたのかと思って」
「単にしまい込んでいただけだ。普段はすっかり忘れてる」
ギレルもクマに視線を落としながら、
「それ、今では希少価値が付いているから、出すところに出せば俺の手取りでも厳しいくらいの値になっているぞ」
恐ろしいことをさらりと言ってのける。
「そういうことは早く言ってくれ。……素手で雑に触ってしまっただろう」
驚いたように手を引っ込めたディアスに、ギレルは笑う。
「まあ、手放すつもりもないんだがな。――我ながら薄情だと思うが、家族との記憶などもう覚えてもいない。だから思い出の品とか、そういう類のものではないんだが、何だかんだでここまで持ってきてしまったから」
その言葉に感傷的なものを見つけることはできなかった。
彼のことを何も知らないのだということを、突きつけられているようだった。反射的にぐしゃぐしゃと自分よりやや低いところにある頭を撫でる。
「……おい」
眉をしかめながら手を振り払うようにして、ギレルはこちらを睨んでいる。
「君にではないよ。あの頃のクリストファー君にだ」
「何を言って……どちらも俺だろう」
「違う。その頃の君を俺は知らない」
「知っているわけないだろう」
そうだ、知るはずもない。彼がひとりだった頃の自分は、暢気に毎日をただ遊び回っていた子どもに過ぎなかった。それはもうどうにもならないことで、今更知ったところで何が変わるわけでもない。
ただ、この柔らかなクマの子だけが知っている彼の孤独は、確かに存在するのだ。
「たまには少しくらい甘やかさせてくれたっていいだろう?」
「どの口が言っている?」
いつもだろう、と付け加えられた言葉に、これだから敵わないんだよなあ、とディアスはギレルの肩口に額を押しつけるように俯く。ぽんぽんと軽く叩くような手を感じたのは、その直後のことだった。