GG/カイ誕生日2021 なぜそれを目にすることになったかはもう忘れた。掌にすっかり収められるほどの小さな二枚の金属片。打刻された情報だけが持ち主を定義するものになる。そうなる可能性が決して低くない作戦の前だったか。
「あなた、ろくな情報が入ってないじゃないですか」
呆れか苦言なのか、あるいはそのどちらも含めた物言いだった。
生年月日も血液型も信仰も空白だ。明らかなのは所属と名前くらいだが、それさえ絶対のものではない。フレデリック・バルサラという名前はもはやこの世から消え去って久しく、仮に自分が消し炭になったところで、自分の存在を証明するものはどこにも無いわけだった。もっともそうなることは許されないわけだが。
「別に必要ないだろ」
「余程生きて帰る自信がお有りのようだ」
これははっきり嫌味とわかる口調でカイは自らの金属片――認識票を取り出す。
「私のものもあなたに預けておいた方が良いのかな」
「冗談か? お前のが生き残る可能性が高いだろう」
少なくとも、人間としての戦闘能力はカイの方がおそらく上だ(彼を人間と言うカテゴリーに属して良いと言うのであれば)。ソルが長いこと生き延びているのはその枠組から外れた力を持つゆえだった。
「迷子札は自分で大事に持っとけ」
そう言いながら、ソルは目の前で揺れる認識票を手に取った。
「……十一月生まれだったのか」
「そうですよ」
別に誕生会を開くわけでもないのだから、同僚とは言え誕生日など知る必要もないし、知ったところで何がどうなるわけでもないのだが。
個人的な感覚で言えば、彼は夏か冬、いずれにせよ苛烈な季節に生まれたのだろうと思っていた。さもなくばいっそ春だ。誰にとってもうつくしく、慕わしく、快い。そうであるならば、なるほどと思ったかもしれない。秋というのは、正直一番印象から遠い。静かに眠りゆく時節というのは、どうにも当てはまらないような気がしていた。
穏やかで明るく朗らか。それもまた彼を定義する一面だろう。しかし、その本質はひどく熱いか冷たいかだ。触れたら焼かれる。
何か? と訝るカイに、いや別に、とソルは話を展開させることはしなかった。
なので、この話は終わりだ。
「そんだけ?」
「それだけだ」
カイの誕生日っていつなんだろうな、とシンがふと呟いたので、「十一月二十日」と特に何も考えずに答えてしまったのだが、それを聞いたあとのシンの顔は怪訝を通り越して、まるで幽霊に遭ったかのような表情をしていた。
『えっオヤジ何で知ってんだ? ていうか返事がめちゃくちゃ早くてそっちもびっくりしたんだけど』
それほど意外だろうか。まあそうかもしれない。実際、人の誕生日までいちいち覚えている性質でもない。
そういうわけで十数年前の、何と言うこともないやり取りを話す羽目になって今に至っている。
「で、何かしたの?」
「するわけねえだろ。良い大人が……」
言いかけてソルは思い直す。大人ではなかった。少なくともあの頃のカイは。
「まあ、そういう余裕があるような時期じゃなかったな」
ふーん、とシンはしばらく考えるように黙っていたが、おもむろに口を開く。
「誕生日ってどうすればいいんだ?」
この場合は、おそらく『カイの誕生日』を指す。
「知らねえ。……手紙でも送っておけば喜ぶんじゃねえか」
「赤字で返って来そうでヤダ」
やんわりと、頭ごなしに否定はしないが、割と容赦なくダメ出しをする。カイの教育方針はおおむねそういう方向だった。細かいスペルの間違いに、流れるような筆致で添削がされる。
「しねえだろ、さすがに」
真っ当な精神を持つ親であれば、子どもからの贈り物は何だって嬉しいのかもしれない。ましてそれが何年も会うことすらできなかった、たったひとりの子からであれば。
「その頃が近くなって、覚えてたら送ってやれ」
「……覚えてたらな」
どこが憮然とした答えは、多分に照れ隠しだ。物覚え自体が悪い子ではないので、きっともう覚えてしまっただろうが。
ふと、シンの横顔を見ると、父親の血が強いことがよくわかる。時折過る、あの頃の少年を見ているような奇妙な感覚。次の瞬間には、あれはもう人の親になったのだと、感慨とも言えない何かを覚えるのだった。