種/シンとキラ 真面目だとは思う。報告書の類は提出期限内に(例えギリギリだとしても)間に合わせてくるし、およそ声を荒げていることなど見たことは無い。少なくとも勤務中は。
「……そういう意味じゃ理想的な上司かも知れないけどな」
仕事上の態度と私生活のそれは必ずしも一致しない。いや、双方をあえて異にすることでバランスを取っているとも言える。
でもそれにしたって。
正直、少し、いやかなり、意外だった。
個室の仮眠室の扉を開けてシンが目にした光景は、そう思わせるに十分なものだった。
散乱しているのは空になった飲料ボトル(わずかにコーヒーの匂いを漂わせている)とかインスタント食品の残骸とか個包装の菓子の包み紙だったりした。一応ゴミ袋らしきものも見られるが、途中からそこへ入れることさえ面倒になったようで、あまり中身はない。
何だってこんなジャンキーな食生活しているんだこのひと。ていうか糖分取りすぎだろ。
作戦行動中でもないのに、レーションと五十歩百歩の食事をしているとかどういう生活してるんだ、とはなはだ疑問だ。もしかすると昨日から帰宅してないんじゃなかろうか。
微かな寝息は本来来客のために設えられたソファの上から聞こえた。目をやれば、我らが隊長殿がご就寝あそばしている。サイドボードには電源を落としていない端末。白の制服のジャケットは辛うじてハンガーに掛かっているが、どうみてもカンヅメになっていたとしか思えない光景だ。
「たいちょー、おはよーございまーす」
どうせ起きはしないと、上官に対するあいさつとはとても思えない口調で、シンはベッドに横になっているキラに声をかける。寝相は良いのか首から下はブランケットの中にしっかり納まっていた。
「隊長―! ヤマト隊長!」
再三声を掛けたところで彼が目覚める様子もなく、すやすやと安眠を貪っている。
「えーと、キラさん、朝ですよー」
私的な呼び方に切り替えたところで、ようやく目蓋が重そうに開かれる。
「……ああ、うん、あれ、今日って非番」
「それは明日です」
容赦なく即答するシンの言葉に、のそのそと上半身を起こし
「……今何時?」
あちこちに跳ねた髪をぐしゃぐしゃとかき回し、あくび混じりにそう訊く彼を、誰が将官と思うだろうか。生態はその辺の学生と大差がない。
「〇八〇二ですけど。シャワー浴びて身支度してギリセーフってとこです」
「ありがとう。君は本当に優秀だよねえ」
そこまで計算してギリギリまで眠らせてくれたでしょ、と
「いやいや全然。僕ほっとくと普通に寝食疎かにしてるよ。アスランとか面倒を見てくれる人のおかげでどうにかなってるようなもんだし」
「10分だけシャワー行って来ていい?」
「どーぞお好きに」
「帰宅もせずに」
「昨日はどうせ家に帰っても一人だし、じゃちょっとだけ遊んでいこうかなと思ったら、思いの外ハマっちゃって」
ラクス・クラインはこの数日外遊予定である。二人で住むにも広すぎる邸宅だが、
端末のディスプレイには何かのプログラムが走らせてあるが、複雑なそれを瞬時に読み取る能力はシンにはなかった。
「ヴォワチュール・リュミエールの発展型。の試作みたいなものだよ」
「それウェルズとヴェルヌの設計局が共同開発中のですよね」
「そ。今のフリーダムにも搭載されてるけど、まだ全然普及はしてない」
「仕方ないですよ。あれ、コストの割に使いにくいし」
キラの乗機であるストライクフリーダムに装備されている推進システムは、そのデリケートな操作性とコスト面から量産型MSにはあまり普及していなかった。
「でも、うまくしたら稼働時間も増えるし、悪くない話だと思うけど」
「現行機は僕もちょっといじらせてもらったから」
パイロット以前に、プログラマーとしての技術力は相当なものだった。世が世ならマイウス・インダストリーでもモルゲンレーテでも引く手数多の技術者となっていただろう。
寝食を犠牲にしてまで開発を急がなければいけないものだったのだろうか。
「人の生き死にに関係ないことで、自分ができることがしたかったのかも」
稀代のモビルスーツパイロットと謳われる彼の本質は、どこまでも厭戦的だ。だがそれはひどい矛盾であると、他でもなく彼自身がとうの昔に理解している。