じろゆう「慣れとは実に」 佑理は手袋やチョーカーなど、睡眠に必要のないものを外しつつ次郎の方に振り返った。
窓の外は暗く、短針は天辺を通り過ぎている。
「いいですか、次郎くん。
僕たちの稼動時間はすでに24時間を超え、決して効率がいい状況であるとは言えません。
そのため、可及的速やかか眠りに落ち、脳の回復する最短の時間で起きる必要があります。
ここまではわかりましたか?」
「はい、とにかく眠ればいいんですよね?」
次郎はそう淡々と答え、そのままの格好で仮眠用ベッドに横になった。
この狭い部屋は仮眠室として使われており、服をかけるハンガーや壁際に置かれた質素なベッドなど必要最低限なものが置かれている。
お互いにここを使うことは初めてではないのだが、二人同時にとなるとあまりあることではなかった。
次郎は布団のはしを持ち上げ尋ねる。
「……佑理、入りますか?」
「入るもなにも、この部屋にベッドは一つしかないのだよ!
次郎くんもう少し詰めなさい!」
次郎の大きな身体を壁際におしやるとできたスペースに横になった。
なんとも狭苦しい。
(……緊急時には二人で眠ることもできるサイズと思い注文したはずなのに、この狭さはなんですか!?
どう考えても次郎くんのせいです!)
佑理は真上を向いて目を閉じると気持ちの整理のためにそんなことを考えていた。
しかしその怒りもすぐに霧散していく。
(……次郎くんの低い体温とはいえ……なんとも……眠気を誘う……)
次郎の身体の温もりを感じていると不思議な安心感があった。
加えて睡眠不足は確かにそうで、目をつぶれば睡魔がすぐに襲ってくる。
意識を手放しそうになったところで、不意に名前を呼ばれた。
「……佑理」
「……なんですか?」
意識を手放す瞬間に引き戻され不機嫌そうに返事をした。
瞼を開けないことが唯一の抵抗と言える。
「……起きてましたか?」
「眠るところでした!」
目をつぶったまま勢いよく返事をする佑理をみて、次郎は不思議そうな顔をした。
「起こしました?」
「そうですよ!」
何を今更と思いつつ、佑理はそう返事をし眠りに落ちようと努力した。
一度去ってしまった睡魔はなかなか戻らずただ時間だけがすぎる。
その間次郎は何も話さず、かといって寝息が聞こえるということもない。
ふいに、視線が気になって佑理は目を開けた。
じっとこちらを見つめる赤い瞳があり、どきりとした。
ただじっとこちらだけを見つめる目には何の感情もないように思えるが、佑理はその奥にあるものの事を知っていた。
佑理は一つため息をついて、次郎の方に向き直った。
「……眠れないんですか?」
「……はい。
妙に頭が冴えてしまって」
「貴様の方が僕よりも長い時間、覚醒しているのですよ。
眠る努力をしなさい」
「……ですので、佑理を呼びました」
手のかかる人だと、佑理はため息をついた。
次郎の頬に手をそえて、こちらをむかせる。
「仕方ありませんね。
はぁ……もうこれが癖になってるじゃないですか」
「……かもしれませんね。
これって中毒性、あります?」
的の外れた質問をする次郎に佑理は呆れつつも、そっけなく返した。
「次郎くんにはあるんでしょうよ」
短い前髪をかきあげ、形の良い額を出す。
そういえばきっかけは、寝れないと佇む次郎に子供のようにおやすみのキスでもしましょうか?と揶揄ったことだったが、気づけばこんな関係になってしまっていた。
これが歪だと思いつつも、どこか楽しくもある。
「……おやすみなさい」
自分について来てくれる疲労を労い、佑理はそう言うと次郎の額の上に一つキスを落とした。
赤い目を瞼が覆い、次郎の身体から緊張が抜ける。
(……まったく世話が焼けますね。
さあ、私も急いで目を閉じて……)
目を閉じたはいいが、未だに視線を感じる気がする。
嫌な予感がして佑理は目を開けるとやはりこちらを見る次郎と目があった。
「……なんですか?」
「いや、俺からもしたいなと思ったら、眠れなくて」
「……はぁ、どうぞ」
もう全てがどうでもよくて、佑理がそう返事をすると予想に反して次郎は佑理の上に覆い被さると真上から見下ろす。
何か違うのではと思った時には遅かった。
次郎の体重が佑理の体の上に乗り、唇と唇が合わさり次郎の舌が佑理の舌に絡まっていた。
無言でゆっくりと口内を漁られ、くすぐったい感触を探られる。
酸欠により頭がぼうっと白んだ。
「……はぁ……やっぱり、コレ中毒性ありますよ。
もっとしてもいいですか」
「い、いいわけ……ッ!!」
これでは眠れるものも眠れなくなってしまう。
現にまた眠気はどこかにいってしまった。
「……ストレス値の低下を感じます。
代わりに性的欲求の上昇……もしかしたら、眠れなかったのはこれが原因かもしれません、佑理、どうにかしてもらえますか?」
するわけない、と言おうとして気がついた。
自分自身の身体も笑い事でないくらい昂っていたのだ。
「……し、仕方ありませんね。
次郎くんのメンテナンスも仕事のうちでしょう。
いいですか、くれぐれも支障のないように……」
「……はあ、気をつけます。
まあ、佑理は明日寝ていてもらってもいいので。
それくらいの責任はとりますよ」
布団を被りまだ何かいいたげな佑理の唇を喰む。
その反応を快く思いながら、なんでこんなに欲しくなってしまうんだろう?と次郎はぼんやりと考えた。