会番 ワンライ『2回目のキス』「……お疲れ様です」
部室のドアを何の気無しに開ける。
特に誰かと約束をしたわけではなかったが、今日はいつもよりも遅くなってしまった。
普段ならゲーム音や話し声が聞こえる室内は今日は静かで、誰もいないのかと思った。
(……会長さん……寝てる……)
窓から光が入る位置で暖を取りながら、机の上に腕を組んで眠る加賀美がいた。
横を向いていたから寝顔が見える。
起きていればコロコロと表情が変わるのに、眠っているとあどけなくて、純粋に可愛らしいと思った。
起こしてしまうのが申し訳なく思う気持ち半分、ゆっくり寝顔を見ていたかった気持ち半分で、音を立てないように気をつけて、番井は隣に座ることにした。
静かな時間だった。
窓から注ぐ秋の日差しを受けて、舞うほこりすらキラキラして見える。
(……彼女……なんだよ、なぁ……僕の)
未だ実感の伴わない現実を噛み締めると、じわっと喜びが湧いてきた。
付き合うことになってから、まだいく日も経っていない。
他の人にも言っていなかったし、二人きりで出かけたのも時間が合わなくてこの間の休みの日が最後だった。
それでも。
指を絡めて、手を繋いで、そして唇と唇が触れ合った。
その柔らかさと特別感を何度も反芻したからか、ふとしたきっかけでリアルに思い出してしまう。
いまも眠る会長さんの唇を見ただけで、記憶が蘇り顔が熱くなるのがわかった。
(……こんなんで……この先、大丈夫なんだろうか……)
もっとスマートに何でもできると思っていたはずなのに、いざ本人を前にすると思ったようには立ち回れない。
対する加賀美の方はしれっと何事もやってのけているように見えるのだから、余計に自信がなくなってしまう。
(……惚れた弱み、か……まさかその言葉がこんなに響くとは)
でも、選ばれたのは自分なのだから。
前のように一方的な思いではなく、いまは双方向なはずなので。
その事実に口元がにやけて慌てて手で隠しつつ、じっとその寝顔を堪能した。
穴が開くほど見つめても加賀美が起きる気配はない。
腕に潰された柔らかそうな頬や唇にどうしても目が行ってしまう。
(……触れたいな)
頬に流れる横髪を指で避けて、薄く開いた口元に唇を寄せる。
その数センチがどこまでも遠く感じるほどゆっくりと距離が近くなっていく。
触れるか触れないかというところで、思い返した。
(……い、いけない。
ほ、本人の意思を確認することなく、こんな……ッ!!)
「キス、しないんですか?」
慌てて距離を取ったのに、追い討ちをかけるように声をかけられて、もう一歩後ろに後退りそうになり下手したら椅子から落ちていた。
「お、起きてらっしゃったんですか!?」
「へへへ、薄目で番井さんの百面相を見てました」
寝たふりの姿勢で小さくVサインを出す。
「ひゃ、百面相って……そんな……趣味が悪いですよ、会長さん」
「番井さんだってワイのこと見てたのに〜。
好きな人のいろんな顔みたいよ!」
「……すッ」
加賀美からの言葉を消化するのに一呼吸置いて、顔を赤らめ番井も肯定した。
「……それは……まあ……はい……ありがとうございます」
しどろもどろになりながら照れている番井を加賀美を楽しそうに見つめ、もう一度目を閉じた。
「……で、しないんですか?」
「……いいんですか?」
「一々聞かなくてもいいですよ。
私もしたいので」
寝たふりをする加賀美に覆い被さるように身体を寄せると、もう一度唇を寄せて、触れるか触れないかのキスをした。
余韻に固まっている番井に目をあけた加賀美は満足そうに笑うと言った。
「番井さんからキスしてもらうと、背伸びしなくてもいいから新鮮だ〜」
そして、番井の頬に手を添えると無理やり顔の角度を変え、加賀美から唇を合わせた。
ゆるく開いたままになっていた口の中に舌先を入れて、口内の舌をちろりと舐める。
「か、会長さんッ!!」
「私からもしたくなっちゃった」
あっけらかんとそう言われると怒るに怒れなくなるだけではなく、自分の葛藤がバカらしくなってしまう。
照れてそっぽを向いている番井の脇を膝先で押す。
「……嬉しいくせに」
「それは……そうですよ!
だって、そうでしょ!!
会長さんが……」
「好き、だから?
可愛いから?
ずるいから?」
「……全部です」
脱力している番井の手に加賀美が指先を絡める。
「……帰ろっか」
「……本当、ずるい人だな。
あなたは」
「実は今日、番井さんと会えないかな〜って待ってたんだよ」
「そうだったんですか。
先に言ってくれれば……」
「いや〜、ワイの我儘だから忙しいならな〜って思って」
絡んだ指先が大きな手をぎゅっと握った。
「いちゃつきたかったんだ。
だから満足」
満足そうに笑う加賀美よって語彙力がなくなった番井は代わりにぎゅっと手を握り返した。