会番 ワンライ「手ックス」「思ったよりも時間かかりましたね」
「だね〜」
用事を終え、珍しくバス移動をすべく後方2人座席に並んで座った。
時間帯によるものなのか、路線によるものなのか車内には人の姿はまばらだった。
普段よく使う電車ではなくバスを選択したのは出発地から加賀美と番井の自宅付近まで上手い具合にバスが通ることがわかったからだった。
バスの座席は二人で座ると少し狭く、いやでも身体と身体が触れ合った。
(……やっぱ、大きいよね……)
こうして座ると体格の差を意識してしまう。
肩やももが相手に触れ、赤の他人なら居心地悪く感じるはずなのに、番井が相手ではその体温が少しくすぐったい。
こうして近くにいるということに、もうすっかり慣れてしまって、いまではどこか安心感すら覚える。
「……会長さん?」
しげしげと眺めていたのが気になったのか、不安に名前を呼ばれ、表情を取り繕った。
「い、いや〜いっぱい買ったなぁって思って!
やっぱりいいですなぁ〜紙の本は!」
さっき思っていた感想を無理やり引っ張り出した。
「そう……ですね。
ずいぶん昔の雑誌なんかも手に入って、わざわざ出かけた甲斐がありました」
「だね!
今度見せてよ!」
古本屋街で興味のある分野を覗きながら話をするのは楽しかった。
意外な趣味も知れたし、気になる本も買えてほくほくなのだが、両手に抱える荷物は結構な重さだった。
(……歩いてる時は番井さんが持ってくれてたけど、申し訳なかったなぁ……紙袋だったら底抜けてたかも……)
足元にある袋を眺めいたら、不意に顔を覗き込まれていることに気がついた。
じっとこちらを見つめて、何か言いづらそうにしている。
もはや、この時点で少し察してしまった。
(……どうしようかなぁ……荷物も多くなっちゃったし、最近遊んでばっかりだから、そろそろ課題も……)
話す前からじっと請うような目で見つめられるから困る。
正直、こういうところが可愛いと思ってしまっているし、控えめなおねだりに弱い自覚もあった。
惚れた弱みだ。
(今日はちゃんと断る!
家に帰る!!よしッ!!)
「……会長さん、この後のご予定は……?」
「今日は帰ろうかなぁ。
流石に課題が……」
事前に考えていたセリフを口にすると、明らかにしゅんとしているのが見なくてもわかった。
「つ、番井さんもやらなきゃいけないことあるよね?
よくパソコン触って忙しそうにしてるじゃん!」
「……そう……なんですけど……」
もっと一緒にいたいんですと、顔に書いてある。
「お、お互いがんばろ!
やること終わらせて次はゆっくり遊ぼうよ」
なんとか取り繕ったあたりで会話がなくなってしまった。
(うぅ……ッ、気まずいよ〜!!)
自分の発言でこのレベルまで気落ちさせてしまったことが胸が痛い。
そこまで切羽詰まってるわけでもないし前言撤回しようかと思ったが、毎回それで流されるのもよくないよな、と思う。
少し悩んだ後に、自分だって離れるのは惜しいのだということだけでも伝えるべきだと思いいった。
膝の上に無造作に置かれていた番井の手に自分の手を絡めた。
指と指を割って、手の甲を親指の腹ですりすりと撫でる。
「……次は、絶対遊びに行きますから」
「……すみません、困らせてしまって」
眉間に皺を寄せて謝る番井に加賀美はガハハと笑いかける。
そして、そのまま手を離さずにたわいもない話をすることにした。
指と指の間を爪先でなぞる。
カリッと皮膚をやわくひっかくそれは、肌に鳥肌をたてる。
こんなところにこんな繊細な感覚があったのだと、なぞられて初めて知ることになる。
(……や、やばッ!?
き、きゅんってするぅ!?)
絡めた指と指を何度も滑らせ、その繊細な刺激にびくっと身体が跳ねるたびにぎゅっと握り込まれた。
「……ッ♡」
さっきからずっと手をおもちゃにされていた。
「……つがいさん」
小声で名前を呼ぶと、本人は上機嫌で目を細めて応じる。
「はい?」
「はいじゃないですよ!
さっきから……ッ、なに……ッ」
繋いだ手を半端に解いて、手のひらに爪の先で♡をかく。
くすぐったくて、さっきからずっと鳥肌が止まらない。
その鳥肌が不快なだけならいいのに、きっちり身体の他のところを触られる時のことを思い出してしまうのだから、始末が悪い。
「……会長さんの手は、小さくて可愛いな、と思って」
長袖のカフの中に、手首の筋を通って番井の指が入ってくる。
腕の内側を触れるか触れないかで触られると、こんなところでも変な声が出そうになる。
慌てて手を引っ込めようとすると、握り返され繋ぎ止められた。
「反応も……可愛いので」
自分の発言に照れて顔を赤くしながら、愛おしそうに見つめられると、無性に腹が立ってきた。
(……今度、絶対泣かす!!)
余裕を感じさせながらあきらかにこっちを煽ってきているのを実感するたび、この間ベッドの上で散々泣かせたことを思い出して溜飲を下げる。
のと同時に、やっぱりそういう気持ちになった。
(ダメッ!絶対ダメ!
ここでこの挑発にのって、悪い前例をつくるわけには……ッ!!)
「つ、番井さんッ!
あんまりそういうことすると……ッ!!……ぁッ」
指と指の間を引っ掻かれ、あまりのくすぐたさに思わず声が出た。
「……すると……どうなっちゃうんでしょうか?」
問いかける目がじっとこちらを見つめる。
期待をこめて、主人からの次の命令を待つ犬のようなひたむきさに加賀美は思わず視線をそらした。
(ダメ、ダメ、ダメッ!!!)
どうなるか告げたら、もうそうなってしまう。
握られている手がひどく熱かった。
「次は〜○○ッ」
(降ります!!)
渡りに船で聞こえた最寄りのバス停の名前に、加賀美は勢いよくボタンを押した。
(……か、勝った!!)
あとはバスから降りれば、誘惑に耐え切れた確信した時だった。
「……行っちゃうんですか?」
握っている手の指に唇を落とし、その先にある長い下まつ毛の番井の目を見た瞬間、不覚にも可愛いと思ってしまった。
そう思ったら、固く結んだはずの決心がどこかにいってしまった。
バスが止まり、運転手が「降りる方いませんか?」とマイクで聞いてる。
「……間違えました」
加賀美はそう言うと、番井の方に向き直った。
「ワイ、起こってるから!
どうなっても番井さんのせいだからね!!」
繋いでいる手が再度ぎゅっと握られる。
「次の次が最寄りなんで、一緒に降りましょう。
あっ、荷物持ちますよ」
ほくほく顔に絶対泣かすの気持ちをさらに強め、今度はちゃんとバスから降りたのだった。
二人で。
結局、ドアを開けるまで繋いだ手は離さなかった。