krn受け まだ夢を見ているのか、と黒名蘭世が思ったのは、何も視界が暗かったからだけではない。目が覚めた、と思った時、開けた瞼の先は暗闇が広がり、動かそうとした腕はなぜか両腕が一緒に動く。一種の金縛りか、とも疑ったがそれにしては随分と自由に動けた。
「っ、え?」
何度か瞬きをして、睫毛が擦れる感触に、目元を何かで覆われているのだろうと、黒名は一人納得した。
つい先程の記憶では、練習が終わり、シャワールームで眠気と戦っていた。肌にかかる髪が少し湿っているので、完全に髪を乾かすには至らなかったものの、無事に汗を流す事はできたらしい。背中からのかんしょくでは、おそらくベッドに寝かされているので、部屋には戻って来れたのだろう。幸いにもイヤホンは両耳ともについているようだ。失くしていたら後が怖い。
状況は何となくわかったが、自分がいつ眠りにつき、今がどれぐらいの時間なのか、黒名にはさっぱりわからなかった。何度か腕を動かしてみると、どうやら手首をひとくくりにされているようだが、その拘束も然程きつく結ばれてはいない。解いてしまおうか、と身を起こしたところで、黒名は漸く、そこに自分以外の人の気配があることに気付いた。
いつからそこに居たのだろうか。おそらく自分をこのような格好にしたであろう人物は、ジッと黒名の様子を観察していたようだ。下手な動きをしても、視界の奪われている自分のほうが不利だと、黒名は身を固める。
そんな心境の変化を感じ取ったのか、その人物はふっと笑ってみせた。
「黒名」
思っていたよりも、すぐ目の前で呼ばれた名前。その声の主は、一人しか居ない。
「あ、い、さぎ……か?」
聞き慣れた名を呼べば、正解とでもいうようにくすくすと笑い声が聞こえる。それは実に楽しそうな声だった。
「ふふ、吃驚した?」
姿は見えないが、そこに居るのは違いない。黒名は呆れたように、もう解けかかっている両腕を持ち上げて見せる。
「何の冗談だ」
「ん〜、気の迷い? なんとなく、たまにはこういうのもどうかなって」
そういわれると、ぎしり、と己の身体が沈んだ。自分の寝かされているベッドに、乗ったのだろう。
「どう?」
近づいた声に、どきりとする。
「ど、うって……。見えないのは、少し、怖い」
小さく呟いた声は、意図も容易く拾われる。手首ごと掴まれて引き寄せられると、縮こまっていた背筋が伸ばされる。
「怖いの、黒名」
「っ、潔……?」
起こされた身体を、慎重に撫でられていく。自身のサイズを調べるように、指の腹が脇や鎖骨のラインをなぞる。時折、掌が腹筋や太腿を這うが、視界の閉ざされたままの黒名は、その僅かな空気の流れに、身構えることしかできない。
さっさと拘束を解いて、目を塞ぐそれを取ってしまえば良いのだが、なぜだかそれもできずにいた。
「良い子だね、黒名。大丈夫、怖くないから……俺に任せて」
耳元で囁かれる声色に、黒名の身体からも次第に力が抜けていく。
するり、と忍ばれる人肌が、直接脇腹のあたりに張り付いた。広がる熱と、今までの彼とは違う、一回り大きな感触に、黒名は息を呑んだ。
「え、ぁ、潔……、だ、よな……?」
「どうしたの、黒名」
聞こえてくる声は、依然、変わらない。
いつも通りの、優しく、柔らかな声。しかし、肌が触れ合うその感触は、知らぬ、男のものだ。暗闇に包まれたままでは、そんな些細な感覚で確証は得られない。
もし、もしも、仮に、目の前に立つ男が、潔では無いとするならば。今こうして甘やかし、愛撫する相手は一体何者なのか?
「どうしたの。ねぇ、黒名?」
震える身体を、包まれる。自身より大きく、厚い身体に腹の底から叫びそうになる。
「くろな」
手首にまかれていた拘束が、きつく、直された。
暗闇だけが、今の自分に許された逃げ道だと、黒名は意味もなく瞼を閉じた。