でぉじょがイチャイチャしてるだけ DIOが、実に100年以上ぶりに人間に対して献身的に世話をしてやったお陰で、承太郎の体調は2日と経たずに快復した。
片手に食事の盆を載せ、すっかり慣れた手付きで自らの寝室の扉を開けようとして、豪奢な装飾のドアノブに掛かったDIOの手がはたと止まる。
部屋の中の愛し子の様子がおかしい。
人外たるDIOの耳に、ふ、ふ、と短く、荒い承太郎の呼吸が届く。
あやうく盆を取り落としかけて己がスタンドに承太郎への貢ぎ物を守られたDIOは、その男らしくも優美な指をわなわなと口元に宛てがう。
鋭敏な聴覚を更に研ぎ澄ますDIOの耳に届くのは、忙しない衣擦れの音、はぁと時折漏らされる熱っぽい吐息、極めつけに床に滴る、ぽたぽたという水音。
(あの承太郎が、自慰だとッ……!?)
衝撃の余り立ち尽くすが、さんざん承太郎に甘い声を出させ続けたDIOがそれを聞き間違えるはずがない。
いや、若い盛りの承太郎が熱を持て余して、自らを慰める姿というのは大変良い。しかも元々性には淡白であったあの承太郎が、だ。DIOに性感を開発されてしまったせいでそういうことになっているのだから非常に、ものすごく素晴らしい。
しかし。ここのところすっかり放置されているDIOの身にも、なってみろというもの。
看病されている時の承太郎と来たら、普段DIOに散々毒を吐くあの承太郎が、体調不良のせいですっかり態度を柔らかくして、DIOに対し微笑みかける、という暴挙に出る始末だ。
あの時病人相手に襲わなかったDIOを全力で褒め讃えて欲しいものだが、……扉一枚向こうの、止む気配もない愛し子の艶やかな雰囲気に今、帝王は冷静さを欠こうとしていた。
帝王は、元々我慢などしない性質である。
職人が技巧を凝らして造ったドアノブに手を掛けると、無遠慮にそれをバンッ!と押し開く。
「承太郎ッ!貴様このDIOに隠れて、なにをやっているッ!」
突然のDIOの大音声に果たして承太郎は、……DIOが与えた着衣の乱れの一切ない承太郎は、騒がしく登場した部屋の主に眉を顰め、ゆっくりと床から立ち上がる。
「何、って……筋トレだぜ。体が鈍ってしょうがねえからな」
誰かさんのせいでな。
雄弁で涼やかな一瞥を翠緑に乗せてDIOに投げつけると、承太郎は鼻頭に溜まった汗の滴を親指で拭い払う。
DIOよりも細身な承太郎にDIOのゆったりとしたルームウェアは大きすぎて、ベルト代わりの布の帯をキツく締めており、つまりどう足掻いてもDIOの想像は裏切らた、ということだ。
「やれやれ、だ……久々に動くと、身体が重たくて、仕方ないぜ……」
色々な意味でギリリ、とひとり歯噛みするDIOの目前でゆっくりと肩を回し、腕の筋肉を伸ばしたりとトレーニング後の整理運動を行う承太郎は、同性であっても惚れ惚れするほど靱やかな動きと、その筋肉の美しさをDIOだけに見せつける。
筋トレをした直後の男の顔は、女を抱いた直ぐあとの表情に良く似ている、と思う。
程よく火照って、しっとりと汗ばんだ体躯。全身の筋肉に負荷が取り払われた後の爽快感。そして苦悶の中に、どこか慈愛に満ちた表情。
「おい」
もっともどれほど男らしかろうが女がこぞって抱かれたいと望む対象であろうが、実際のところ空条承太郎は、DIOだけが抱けるオンナであった。
「なに、突っ立っていやがる。入るならとっとと入りな」
「生意気なガキめ……このDIOを何と心得る?そこまで達者な口を利けるようにしてやったのは誰だと思っている」
「そもそもてめえがちょっかいを出さなけりゃあ、おれはてめえの手を煩わせることは無かったぜ。それに、生意気なガキにここまで尽くしてンのは、他ならねえてめえの意思だろうが」
「言わせておけばベラベラと……」
承太郎も、元はかなり能弁なタチだ。挑発の言葉も承太郎が口にすればどこか涼やかに感じられるが、このまま双方が引かなければ小競り合いは手が負えない(2人で寝床を瓦礫にリフォームする)ほど大きくなるだろう。DIOはこのかわいいこいびとと違って大人である、ざっと100歳ほど。
DIOはこめかみに青筋を浮かべながら、それでも品を失わない動作で本を押し退け、その重厚な木製の文机の上に自ら腕を奮った料理の皿を並べる。内容は艷めくはち蜜が掛けられたヨーグルト、エジプトの薄焼きパンと隣に茹でられたトマトやじゃがいも、モロヘイヤとそら豆、そして鶏肉を煮込んだ具だくさんのスープ。
シンプルながら栄養価が高く、湯気が薄く伸びるそれらが並べば、無機物的な書斎の雰囲気が一気にやわらかく、か細かった蝋燭の灯りも心做しか明るくなったように感じられた。
「これ……てめえが?」
DIOにちくちくと嫌味を言い返していた承太郎も、優しく空腹を刺激するメニューの数々に目が釘付けだ。食欲を前にしてはこの子どもも素直だな、とDIOは鼻を鳴らす。
「貴様の為に、わざわざ作ってやったのだ。よォく感謝して味わえよ」
椅子を引いて食卓についた承太郎は、言い返さない。その目はどこまでも色鮮やかな朝餉に釘付けだ。
DIOも対面に椅子を持ってきてどっかりと陣取り、承太郎のスプーンを握る仕草を眺める。
食事とはその国の文化がよく出るものだな、とつくづく思う。料理たちの材料はナイルの肥沃な大地の産物、調理の段階で英国育ちのDIOに味をアレンジされ、承太郎がそれに丁寧に手を合わせて、口をつける。