sc16受「3秒」萩景 死に直面したとき、走馬灯のように記憶が蘇る。よく聞く話だ。
それはこの窮地を脱する方法をなんとか見つけ出せないかと、脳が無意識に自身の経験や記憶の引き出しをこじ開けていくことによる現象らしい。生存本能に基づくさいごの悪あがきみたいなものだ、と言っていたのは誰だったか。
しかしまさかこんなにも脈絡のないツギハギのパッチワークだとは思いもしなかった。
桜が舞っている。誰かが壇上でなんだか眩しい言上を述べている。
幼い姉が眉を釣りあげて、己とよく似たタレ目に薄膜を張って、声を張り上げている。
小さな幼馴染が悪い顔で、見慣れたガレージの奥で息を潜めている。
踏み込んだアクセルで、鉄の塊が空を舞う。ブレーキはそのとき置いてきた。
居酒屋の淡い暖色の明かりの下で、だれかがグラスを掲げて乾杯の音頭を取る。ガツンとグラスがぶつかり合う。
部活の花のように可愛い後輩が、第二ボタンがほしいだなんて古風なお願いをする。
真っ白な進路希望調査表を折り紙にして飛ばす。親友のそれは力が入りすぎてくるっと一周してすぐ近くに落ちてしまう。
産まれたばかりの姪がもみじのような手を伸ばすから、やわく握ってやるとキャラキャラ笑う。
燃え盛る上階から、男が落ちてくる。それをみんなで受け止める。
男が笑っている。ツンと立ち上がった目尻を柔らかく下げ、口元を手で隠して、小さく笑っている。
幼馴染だという男の世話をする彼にわざとらしく擦り寄る。適当にあしらわれると思ったのに、眉を下げて呆れたように優しく頭を撫でられる。
男が少し視線を外して口をとがらせて、薄い耳を熱くさせて、何か言う。それからちらりとこちらを見る。か細い声はなにを紡いでいただろうか。
画面に並んだ、唐突な別れの言葉。あれきり彼からの連絡はない。送ったメールは確かに届いているはずなのに返信はない。かけた電話は一度だって繋がったことはない。
だれだ、走馬灯は生存本能に基づくさいごの悪あがきなだなんて言ったのは。最後の一秒くらいは完全に一人の人間に対する未練だった。かなしいくらいにタラタラだった。
上映時間三秒の、この萩原研二の走馬灯はさすがにもうここで幕を閉じる。ラストシーンは、やっぱり彼の笑顔がいい。一番好きなやつ。みんなで一緒に笑ってるときのもかわいいけれど、でも、はにかんだあの顔が。
***
一キロメートル先に、弾丸が届く時間。約三秒。
撃ち抜かれた人間が即死してしまうのなら、トリガーが引かれてしまうその瞬間から走馬灯は流れるべきだ。でないと見逃してしまう。トリガーが引かれた時におのが身の危険を感じられるのならばの話だが。
とはいえゼロ距離で引かれてしまえばそんな猶予はない。
自身の胸に充てた銃口が、この心臓を食い破るまでのほんの一瞬にも満たないその時間に巡った記憶なんてものは極々限られてしまう。
画面の向こうで吹き飛ぶマンション。後日閲覧した資料。真っ直ぐに上るか細い線香の煙。
彼に馴染みのある紫煙かと見間違えて、本当はそこにいるのではないかと視線をめぐらせて、しかしやはりそこには彼はいなくて。
悔しさと虚しさを思い出した時には、胸が燃えるように熱く、呼吸は溺れたように浅く、視界は霧の中にいるように霞んだ。遠くから耳馴染みのある声がした気がしたが、確かめるすべもちからもなかった。
結局のところ、三秒どころか一秒あったかもわからないその時間で思い出したのは、彼への懸想だけだった。幼馴染に知られては怒られてしまうだろうからこれは墓場まで持っていこう。墓に入れるかは分からないけれど。
ひとりで馬鹿なことを考えて、思わず笑いそうになる。
「ふふ」
「なに笑ってんの。こんな死に方して」
「うん?」
先程までぼんやりしていた耳が、目が、仕事をする。
パチリパチリと瞬いて横を見ると、見覚えのある顔がある。見覚えのあるというより、焦がれた、の方が正しいかもしれない。垂れた目と同じように眉尻も下げた彼は呆れたようにこちらを見ていた。
「萩原?」
「うん。諸伏ちゃんの大好きな萩原研二くんでーすいえーい」
「……あ、オレも死んだから幽霊同士見えるのか」
「あのなあ……」
「走馬灯で萩原が死んじゃったときのことばっか思い出しちゃったから、不謹慎だけど嬉しい」
「く、……いや嬉しい……俺も嬉しいしめちゃくちゃ会いたか、あ、ヤダ笑わないでかわいい……あ、でもそれゼロに聞かれたら俺が殺されそう」
「もう死んでるから大丈夫だろ」
言葉を交わすのは数年ぶりだったけれど、二人して死んでしまっている以外は何も変わってはいない。幽霊になったというのに安心してしまった。
「ていうか自分で心臓ぶち抜いても走馬灯て見るもんなの」
「見たよ。多分一秒も無かったけど。萩原こそ見れたの?爆発から逃げるのに必死だったんじゃ」
「見れたよ、三秒くらいね。三分の二が諸伏のことだったわ。若いなあ俺」
「じゃあ俺も若いね。一秒ほぼまるまる萩原のことだった。ひゃくぱーせんと萩原研二」
二人でケラケラと笑う。
白んできた空の下では自身の身体が座り込んでいた。