教えてやらない腕を引いて角を曲がり、見えてきた行列に少しだけ怯んでしまった。カインが同僚から聞いていたよりもずっと長い。確かに人気店だとは言われたが、大まかな人数さえ分からないほどだとは思わなかった。
「雑誌で紹介されたんだろ」
「……そうなのか?」
掴んだ腕の主であるところのブラッドリーが言うのに、首を傾げる。そんな話、同僚はしていただろうか。
もしかして、と口を開く前に、並ばねえなら帰ると言われて慌てて足を動かした。長い列の最後尾に加わる。
「折角来たんだから並ぼう!」
呆れたようなため息に苦笑して、首を伸ばして前方を伺った。どのぐらい時間がかかるのだろうか。少なくとも十分、二十分なんてかわいいものではなさそうだった。店の出入り口さえ見えない。
最近出来たばかりのチキン料理専門店だ。料理のクオリティもさることながら、一番の目玉は各種ブランド鶏が取り揃えられていることだった。あのネロでも滅多に見ないというブランドや、ワーキングクラスでは中々口にすることができない高級ブランドなど、その種類は多岐にわたる。きっとブラッドリーも気に入るだろうと、わざわざ休みをそろえて連れてきたのだ。
こんなに列が長いとは思わなかったが。
「こんなもん、ネロに作らせりゃいいだろ」
「確かにネロの料理はおいしいが……」
手に入れられる鶏肉はどうしても限定されてしまうらしい。こんなブランド鶏もあるのだと名前を出すが、鼻で笑われてしまった。
「肉が良くても、結局は料理人の腕次第だ」
暗に、ネロ以上の料理人はいないのだと言われ、確かにそうだと頷くより他ない。どこの店も皆おいしいが、やっぱり最後にはネロの料理が食べたくなってしまうのだから仕方ない。材料が普通でも、最高の料理人の手にかかれば絶品に仕上がる。そして、逆もまた然りだ。
「けど、そのネロに頼まれてるんだ。どんなのがあるか見てきてくれって」
やはり、料理人として珍しい食材が気になるんだろう。今日は仕事だからと、代わりによく味わってきてほしいと言われていた。
「んなもん、自分で食った方がいいに決まってんだろ」
「それはそうだが。……また今度、ネロと一緒に来るか?」
自分で言っていて、随分残念そうな響きになってしまったなと反省する。ネロが嫌なんじゃない。大切な友人だし、きっと目を輝かせて喜んでくれるだろうと思うとカインの方まで嬉しくなる。
だけど、こうしてブラッドリーと二人きりで出掛ける時間も失いたくなかった。初めてというわけでも貴重というわけでもないけれど、大好きな人とのデートの機会が無くなっても大丈夫だとは思えなかった。
だけど、今のはよくなかったなと顔を上げ、途端に髪を乱され間抜けな声を出してしまった。
「ボス?」
「俺様は腹が減ってんだ、今更他の店なんか行けるか」
ため息交じりの言葉に、うれしくなって頷いた。きっとブラッドリーも、カインと同じことを思ってくれたのだとわかるから。思わず笑い声を零すと、額を弾かれる。
「情報収集ぐらい、もっときっちりやっとけ」
「悪かったよ。一応、話は色々聞いてたんだが」
「詰めが甘え」
仕事中のように叱られてもう一度謝って。だけど、口元はずっと緩んだままだ。どんなに文句を言っても、ブラッドリーが並ぶのを止めるとは言わない理由をちゃんとわかっている。
次の時は、と話して断られて、だったらどういう店が良いかと聞いてみて。中々肝心のところを言ってくれないブラッドリーに、いくつか思い当たるものを言ってみるが当然のように却下される。顰められていた顔がいつの間にかカインをからかう顔になり、悔しくなって絶対に答えを当ててみせると息まいて。
「お客様」
背後から声を掛けられて体が跳ねてしまった。慌てて振り向けば、いつの間にか店の出入り口が目の前にある。あんなにたくさんいた人々は、もうカイン達の前には誰もいなくて驚いてしまった。
声を掛けてきた店員が不思議そうに首を傾げるのに手を振って、案内を頼む。どうやら、少々特殊なシステムがあるらしい。
「システムの説明を、」
「いや、必要ねえ」
「え?」
かしこまりました、と頭を下げて席へと案内する店員の後ろを追いかけながら、ブラッドリーの腕を引く。さっきの、と言いかけた口を人差し指一つで止められた。
「秘密を暴こうとすんのは、無粋な男のすることだぜ」
「……秘密を隠し通さないのは?」
「そりゃちょっとしたスパイスってやつだろ」
フライドチキンには欠かせねえからな、と笑う人に敵う日は、しばらく来ないような気がした。