ひどく喉が痛んで、カインは目を開いた。あれだけ声を出していたんだから当然と言えば当然なのだが、思わず顔を顰めてしまう。誘いをかけたことに後悔はないが、ベッドの中ではもう少し手心を加えてほしかったというのが今の本音だ。今日は鍛錬の予定を入れていなくてよかった。
違和感に軽く咳ばらいをして、のろのろと腕を上げて痛むあたりを擦る。無性に水が飲みたかった。
朝日はもう昇っているようだが、カーテンがきっちり閉められた部屋の中はまだ少し薄暗い。ゆっくりと視線を巡らせれば、机に置かれた水差しが微かに光を反射してぼんやりと浮かび上がっている。いつもなら特に何とも思わないのに、今はそこまでの距離がやけに遠い。
朝起きて体が重いなんて、騎士団に入団したばかりの頃以来だ。どうしようかと小さく咳き込んだ。
こつ、と固い靴音が響き、ベッドに重みがかかる。剥き出しの肩に指先が触れた。
「よお。悪くねえ顔してんな、兄ちゃん」
「ブラッドリー」
昨夜から見ていた顔におはよう、と声を掛けると、返事の代わりに髪を乱された。ぼさぼさになった前髪が顔にかかる。もういないと思っていたが、もしかしたらカインを心配して戻ってきてくれたのかもしれなかった。それとも賢者に用でもあったんだろうか。どちらにしても助かった。
「水、とってくれないか?」
がさついた声だけで理由は十分だったようで断られることはなかったが、聞こえてきた呪文と共に現れたのは水差しではなくてシュガーだった。長い指先につままれたそれが、ブラッドリーの口の中に消えていく。もしかしたら、さっきまでくしゃみでどこかに飛ばされていたのかもしれない。だったら顔を見せてくれたことだけでも感謝しなくてはならないなと思う。さすがに朝食の時間には間に合いそうにないので。
賢者様とネロに伝言を、と口を開きかけ、顎を掴まれて言葉を飲み込む。どうしたんだと首を傾げる前に、唇が触れ合った。
「ん、ぅ」
驚きに固まっているうちに、咥内にころりと甘いものが転がってくる。舌に触れた途端にじゅわりと溶けて、少しだけ体が軽くなった。これで心配をかけずに済みそうだとほっと息を吐く。
離れた唇にありがとうと礼を言って起き上がる。自分の足で歩いて水差しまで辿り着き、コップに水を付けて一気に飲み干した。のどの痛みが少しだけ遠のき、濡れた唇を拭ってふと気づく。
「そういえば、あんたとキスしたのは初めてだな」
必ずキスから始める、なんてこだわりはないが、コミュニケーションとしては初歩的なものであることには違いない。だけど昨夜は、と考えて、自らの余裕なさを改めて自覚して苦笑する。百戦錬磨の色男が相手だったのだから、当然なのかもしれないが。
「随分かわいいこと言うじゃねえか」
水で湿った唇を、武骨な指が撫でた。朝に見合わぬ熱を灯した視線を振り払って距離をとる。乗らねえのかと片眉を上げるブラッドリーに、もうすぐ朝食の時間だと告げた。楽しそうに口端が持ち上がる。
「順位付けが得意なこって」
「あんた程じゃないさ」
落ちていたシャツを拾い上げて腕を通す。続きは夕食の後で、と言ったらまた誘われてくれるだろうか。