口実は何でもよかった。カインを部屋に連れ込めればそれで事足りる。興味深そうに手元を覗き込む視線を感じながら、ポケットから鍵を取り出して差し込んだ。
今日の夕飯は必要ないと言った時には相棒に死ぬほど嫌な顔をされたが、これでもブラッドリーにしては待った方である。まだキスさえもしていない。
どこまでいったのか何をしたのかと話をせがむ子分たちの顔を思い出し、思わずため息を吐いた。怖気づいて手を出せないのではないが、傷をつけたくないと思っているのは誤魔化せない。子分たちには適当に話をしておいたが、何事にも限界と言うものはある。
ノブを回して扉を開き、そわそわと待っていたカインを部屋に招き入れる。きょろきょろとあたりを見回す赤い髪を眺めながら玄関のカギを閉めた。
やたらとモテるくせに妙に鈍感なところのあるこの男が、今日の約束の意味をどこまで理解しているかはわからない。それでもよかった。最後までするつもりはないのだ。ただ、誰のものになったのかを刻みつけられれば、それで。
「結構広いんだな」
「まあな」
「あ、これ!色々買ってきたんだ」
後で一緒に食べようと笑う顔に、どうも調子が狂う。目的を後回しにするつもりはないが、削腰だけ手加減してやろうかという気にはなる。少なくとも、ビニール袋から覗くお菓子を食べられる程度にはしてやろうと思う。
「飲みモン持ってってやるから先行っとけ」
少し先の自室の扉を指させば、一瞬戸惑ったように視線が揺れる。いいのかと控え目に問いかける声に頷いて、少しだけ緊張したように伸びた背中に内心ため息を吐く。そういうことをするから逃げられなくなるのだ。
今すぐつかまえたくなるのを振り切ってキッチンに入り、冷蔵庫から適当にペットボトルを取り出した。いつの間にか中に増えていた保存容器に張りつけられたメモに舌打ちをする。言われずとも、傷つける気はない。やけに強い筆圧に、俺は猛獣か何かかと顔を顰めて冷蔵庫の扉を閉めた。
冷えたボトルを両手に持って、短い廊下を歩く。必要ないだろうとノックせずに部屋のドアを開けて、びくりと大きく震えた肩に首を傾げる。慌てて振り向いたカインの顔は、うっすらと赤く染まっていた。指先がぱっとシーツから離れていったのが見えた。
何を考えたのか、問いかけるまでもない。
ペットボトルを適当に置いて、床に座るカインの肩を掴む。困ったように視線が動いて、そうしてゆっくり瞼の裏に隠れていった。触れた頬はひどく熱い。
近づいて、触れて、更に深くしたくなったのを止めて離れる。小さなリップ音が部屋に落ちた。
ぱちりとカインの目が開き、おかしそうに笑い声を零す。
「……何だよ」
「ふふ。何か、かわいいキスだなって思ったんだ」
からかうようなことを言っているのに、嬉しそうに唇を撫でるから何も言えない。それでもこれで終われるはずもなく、もう一度頬を包んだ。