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    はなの梅煮

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    はなの梅煮

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    弓を引く、業と道のお話。
    弓を引く二人がみたい…というだけの自分の欲望のままに勢いで書いたので、矛盾点は多々あると思いますが、御容赦を…!!


    題名は射法八節の中から私が一番好きなものにしました。特に意味ない!

    残心 目を閉じて、ふーっと細く、長い息を吐く。
    道真の身体の前には一帳の弓があった。その弓はぴんと力強く弦が張っており、そこには矢がつがえてある。加えて、弓を引くのに邪魔になる左側の袖は肩から落とされており、道真の白い左胸が露わになっていた。
     風が直接肌に当たる感覚に、身も心も引き締まる。
     道真はゆっくりと目を開けると、左手で弓の握りを持ち、手の内を整える。右手につけている弽(ゆがけ)の親指の付け根にある爪部分に弦を引っ掛け、親指に人差し指と中指をかける。軽く手前へと捻ると、そのままゆっくりと両手を上に上げた。
     六尺と少しくらいか。道真の身体よりも大きい弓の頂である末弭(うらはず)は高く持ち上がった。もう一度ふーっと息を吐いて、吸う。あの先の的を射ることだけを考え、他の雑念は消し去る。
     全身に意識を行き届かせながら、左手は前に押し出すように、右手は耳の後ろを通るように大きく、引く。身体が左右に開かれ、ぎ…ぎ…と、弦に引っ張られ、しなった弓が軋む音がする。
     矢の先と羽の間の篦(の)が唇の位置まで下がると、的に照準を合わす。ゆらゆらと彷徨っていた矢の先が、ぴたりと的に狙いを定めた。
     ここだ、と右手を後ろへと離すと、弓のしなりが戻る大きな音と共に、一瞬の強い風と弓の弦が耳の横を通り、元の位置へと戻った。放たれた矢は的に向かって真っ直ぐに飛んでいく。
     一拍の間の後、たん、という軽い耳心地の良い音を立て、矢は的を射抜く。けれど、矢は的を射抜いてはいるが、刺さっているのは的の右下だった。
     道真は、矢を放ったままの形で止まっていた腕をゆっくりと下ろすと、身体の力を抜くように息を吐いた。
    「やるじゃないか」
     不意に後ろからかけられた声に、道真はゆっくりと振り返った。
    「業平殿」
    「そなたが弓を引けるとは思わなかった」
    「弓くらい私だって引けます」
     むっとしたように眉を顰めた道真に、業平は足を進めて道真の隣に立つと、少し垂れた目を緩めて、すまぬと笑った。
    「謝っているようには見えませんけど」
    「いや、心からすまないと思っている」
    「どうだか……」
     吐き捨てるように言うと、道真は顔を的へと向けた。
    「……あの矢は的を射抜いてはいるものの、場所は的の右下。まだまだ私は未熟です」
    「おや、珍しく謙虚だな」
     業平の言葉に、道真は唇を尖らせる。
    「私は自分の力量をわきまえているだけです。実力もないのに鼻にかけるようなことはしません」
    「それは良いことだ」
     逆に言うと、実力があれば傲然とした態度をすることがあるのだろうか、と業平の中で疑問が浮かんだ。けれど、その答えは自分はよく知っている。それは普段の道真の態度が答えだ。
     業平はくすり、と笑うと道真が持っている弓に檜扇を向けた。
    「弓は真っ直ぐに飛ばすということだけでも困難であろう。誰かに習うたのか?」
    「父に少し。あとは書で読んだだけで…」
    「ほう……?」
     先を促すような業平の相槌に、道真はちらりと業平の方へと視線を向けたかと思ったら、再び的を見つめた。
    「まだまだ未熟です」
     道真は先程の言葉を繰り返す。
    「矢を放つのに重要な、矢を放つ際の弓を押す手の内は矢を放つ度に違います。今は的を射抜きましたが、矢は色々な方へ飛んでしまう。正射必中という言葉もありますし、私の射型は違うところがあるのでしょう。もしくは心の揺れか」
     道真は、脱いでいた左の袖に手を通す。  
    「そうだな、周囲の状況や、己の心の動きに射型が乱れることも多い。だからこそ、平常心が重要になってくるのだろう」
    「業平殿はさぞ、お上手なのでしょうね」
     そう言った道真の顔は生意気そのもので。
    「見せてくださいよ」
    「……いいだろう」
     明らかに挑発するような顔と言い方に、業平の闘争心に火がついた。
     業平は直衣の上衣を落とすと、左側の袖から腕を抜く。道真が差し出している弽を受け取り、右手につけると、そのまま道真から弓と矢を借りる。業平の準備が出来たことを確認した道真は邪魔にならないよう後ろへと下がった。
    「……ただ声をかけたつもりがこんなことになるとはな」
     一人零すように呟くと、業平は足を矢束(やつか)の幅と同じくらいに開く。弓の弦に矢をつがえると、弽に弦をひっかけ、指を握り込む。自分の物ではない弽はどうもしっくりこず、違和感を強く感じるが仕方ない。
     どく、どく、と胸の鼓動で手の先が震えるようだった。道真の前で弓を引くだなんて、そんな大それたことではないというのに緊張してしまう。
     これで失敗したらどうなるだろうか。道真に鼻で笑われることは想像に容易い。けれど、そんなことは権少将という役職に就いているうえ、道真より二十も年上としての自尊心が許さない。
     失敗する訳にはいかない。
     目を閉じて、心を無にする。雑念や動揺、苛立ちは矢の飛び方に多大な影響を与える。冷静に。無心で。
     業平の目が開かれた。その瞳は普段の穏やかで温もりのあるものとは違って鋭く、真剣そのもので。その目に道真の胸が静かに昂った。
     すっと、天に引っ張られるかのように、業平の持っている弓が上がる。そして、ゆっくりと業平の身体が左右に開き、弓がしなっていく。ぎぎ…という音が、やけに大きく響く。
     張り詰めるような緊張感が満ちる中、矢の先が照準見つけ、動きを止めた同時に、業平の身体が一つの形でぴたりと止まった。
     道真が見つめる中、業平の右手が弦から離れた。びゅっと飛んだ矢は、先程道真が放った矢よりずっと速い。吸い込まれるようにして飛んだ矢は、たん!と強い音を立て、的の中央近くを射抜いた。
    「……お見事」
     ゆるく口端を上げた道真が、ぱちぱちと控えめに手を叩いた。
    「だてにお前より歳を重ねてはいないからな」
     勝ち誇ったようにふっと笑う業平だったが、手には汗をかいていたし、胸の内は安堵でいっぱいだった。
     それを知らない道真は、不遜な笑みを浮かべる。
    「業平殿は今はもう余生ですもんね」
    「余生!?」
     道真が放った嫌味でしかない言葉に、業平は顔を引き攣らせたが、気を取り直すように一つ咳払いをすると、道真に手に持っていた弓を差し出した。
    「そなたが放った矢はそれ程速度がなかったろう。引く弓や力が弱いのではないか。矢の速度が遅ければ風による影響も受けやすかろう」
    「まぁ、そうですね」
     道真は弓を受け取ると、衣を整えていく業平をなんとなしに眺めていた。その視線を受けながら業平は口を開く。
    「だが、お前はこれ以上引く力が強く、重い弓は引けないだろうな」
    「どういう意味です」
    「お前が非力だという意味だ」
     非力という言葉にむっとしたのか、道真の眉がぴくりと動いた。けれど、言い返す言葉がないのか、唇は固く閉じたままだった。
    「まぁせいぜい鍛錬に励め」
    「……偉そうに」
     不貞腐れたようにそっぽを向く道真に、業平は笑った。
    「お前より偉いからな」
     ちっと舌打ちした道真に、業平は特に気分を害することなく言葉を続ける。
    「いつも道真殿には世話になっているからな。その礼とはなんだが、私がそなたの射型を見ようか。ただ書で学ぶより、自分の射を見てもらって、妙な癖がある所を教わる方が良いだろう」
     業平はにこり、と微笑む。なるべく道真の自尊心を傷つけないように。道真のような性格であれば言い方によっては機嫌を損ねることは大いにある。
    「……まぁ、ごもっともですね」
    「ならばこまめに菅家に足を運ばねばな」
    「それ、業平殿がうちに来る口実を作りたかっただけじゃないですよね?」
     業平の真意を見抜こうと、じとりと睨みつけるような瞳に業平は微笑みだけで返した。
     そんな業平に道真は、はぁあ…と大袈裟に溜息をつく。
    「……教えに来て頂けることは有り難いですが、余計な厄介事を持ち込んてくるのはやめてくださいよ」
    「うーん、頭には入れておこう」
    「あなたって本当……」
     これはまた、厄介事を持ってくるのは間違いないな、と分かったが、道真は自分の胸がどこか浮立つことに気づかない振りをしたのだった。
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