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    NASU_1759

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    NASU_1759

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    AC整備士(OC)と621とハンドラー・ウォルター
    続くかもしれないし続かないかもしれない

    ハウリング・アルファ アルファは、暗澹とした世界の不文律に馴染めなかった変わり者の一人だった。戦火に身を投じ、理不尽に身を沈め、血塗れた常識に幾度も馴染もうとした。しかしどれも上手くいかなかった。だからアルファは逃げた。
    「この世界に生きるには、悲しいことが多すぎる」
     アルファは、くすんだ包帯に包まれ寝台に横たわる起動されたばかりの強化人間を見下ろした。脳が焼き切れた強化人間の末路は例外なく人間としての尊厳を奪われ、ACを駆るためだけに最適化された部品に成り果てる。それだけなら、アルファは戦場から逃げるという選択肢を選ばなかった。コーラルを応用した強化技術の未成熟さと、人倫を顧みない無茶な手術は彼に多くの弊害をもたらした。特に、彼のような第四世代の起伏の乏しい情緒は多くの場合死に対する感情さえ希薄にさせたが、それは残酷にも機能以外に僅かに残されてしまったものだ。感情も奪われた生体部品であったなら、彼らにとってどれだけ幸福なことだったのだろうか。彼らを人間と呼ぶには、あまりにも憐れだった。
     数えるのも億劫になるほどの無数のチューブとケーブルに生かされた強化人間C4-621。脳と、それに付随する機能だけを繋ぎ止める生命維持装置。アルファはそのうちの酸素タンクへ辿る一本の細いチューブを掴んだ。
    「621、今なら楽に死ねる」
     アルファは621の顔にあたる場所に暗い視線を向け、薄く色味のない唇をほとんど動かすことなく彼に問うた。抑揚の無い表情とぼそぼそとした切れ端のような陰気な喋り方は生来のもので、周囲からは奇異や嘲笑の目で見られがちであった。例えば──アルファの数少ない知人いわく、ベイラム所属のレッドガン部隊のような粗暴で、柄が悪く、一癖も二癖もあって、声の大きい人種にとってとりわけ相性が悪いらしく、アルファの存在は彼らにとって神経を逆撫でするものとのことだった。もちろんアルファには毛頭そのつもりは無かったが、意図せずトラブルを起こしてしまうこともしばしばあった。その度に父親代わりとも言える存在が苦い顔をするが、今は咎める者は誰もいない。いるのは、アルファと621だけ。
     621はアルファが出会った数多くの強化人間のなかでも、一番静かだった。初めて彼に会ったと思えば、こうして死を選択させようとするアルファに対しても621は罵倒も軽蔑もせず、さざ波一つ無いほど凪いでいた。だがそれは、アルファにとって不思議と気分が悪いものではなかった。
     アルファがほんの少し手を引っ張るだけで、621は苦しむことなくたった数秒で死に至る。しかしそれは、強化人間にしては幸運な死に方だった。彼の同類は不幸にもハンドラー・ウォルターに首輪を掛けられたばかりに、自死を選ぶような過酷な任務さえ盲目的に飛びついて、己の人生を取り戻すことなく死んでいった。だからアルファは問うた。今ならまだ、621は猟犬ではなく人間として死ぬことができる。それは621にとって間違いなく最善の選択であることをアルファは知っていた。
     だというのに、モニターに映る621のバイタルは一定間隔の穏やかな波形を刻んだままだ。知能も聴覚機能も正常でアルファの声は確実に621に届いているはずだが、失われた発語の代わりに意思疎通のために用意されたディスプレイは未だ沈黙を保ち続けている。アルファは我慢強く彼の言葉を待った。
     621の反応を待つ間、もしアルファが621を殺したとなれば、あの優しいハンドラー・ウォルターはどうするだろうかと考えた。年々増えていく皺の増えた顔を怒りと悲痛に歪めるのか、それとも安堵を浮かべるのだろうか。アルファという名を与えられてから、ハンドラー・ウォルターと決して短くは無い時間を過ごしたアルファでさえも想像することができなかった。
     無機質な調整室に、彼の心拍を示す電子音が二人の間の静寂を阻害する。猟犬たちを失い、何度傷ついてもなお失おうとする憐れなハンドラー・ウォルター。苦しいのなら逃げてしまえばいい。かつて自分がそうしたように。
    「アルファ、何をしている」
     錆びた金属扉を引き摺る音とともに、アルファに対しての怒気をはらむ声は壮年の男のものだった。アルファは彼に背を向けてはいるが、ハンドラー・ウォルターの真っ直ぐに口を引き締め、厳しい視線をアルファに注いでいる姿が手に取るように分かった。握っていたチューブから手を離し、「何でもない。彼の様子を見に来ただけ」と、素っ気なく言い放つアルファに、ウォルターは変わらず無言で眉間に皺を寄せる。アルファがハンドラー・ウォルターの表情を理解しているように、彼もまたアルファが何をしようとしていたか理解しているのだ。
     彼は沈黙でアルファの行動を糾弾していたが、やがて諦めたかのように肩を竦め溜息を吐いた。「621の機体調整は済んだのか。控えているベイラムからの依頼は傭兵としての実績を積むまたとない好機だ。失敗は許されない」
    「見た目ほど悪くなかったからすぐ終わった。機体を見ただけだからなんとも言えないけど、長く眠ってたわりに武装ヘリ相手に良い戦いをしたと思う。でも──」アルファは621に向けていた身体をようやくウォルターに向け、無気力で茫洋とした目を予想通りの表情に滑らせた。「そういう奴ほどどうせすぐ死ぬ。余計に入れ込むのは無駄だよ」
     ウォルターは眉を寄せて杖をついていない反対の拳を握り締めた。ほら、振り切れていないじゃないか、とアルファは内心彼を嘲笑った。飼い犬が死ぬ度に馬鹿のひとつ覚えのように後悔と懺悔を繰り返し、手駒でしかない彼らに情を向けてしまう救いようのない男と、ハンドラー・ウォルターという人間に絆され、自らの望みさえ忘れて彼のために身を投げ打つ強化人間たちを、アルファは大馬鹿者と呼ぶ以外に知らなかった。
    「やれることは全部やった。621に合わせた武器調整も、RaDの雑な調整も全部手直しした。あとは……灰かぶりに言っておいてよ。またゴミを送ってきたら二度と手伝わないって」
     武装ヘリとの交戦後、621との合流ポイントに到着したアルファがローダー4を目にした時はアルファは呆れ返る他なかった。汎用探査ACに最低限の武器を持たせただけの、お粗末な整備が施されたそれはとても目を当てられるものでは無かった。機体の提供元であるRaDの気狂いドーザーのことだ。おおかた質の悪いコーラルを吸引して、星系外の果てにトリップしたまま整備したに違いない。ゴミより酷い状態のままのACで戦った621はよく生還したものだと言わざるを得なかった。RaDに余計な仕事を増やされたアルファは無言の不機嫌を整備ハンガーを撒き散らしながらも、ローダー4の作業を終えたのはつい一時間前のことだった。
     そんな救いようのない大馬鹿たちを戦場に送り出す自分もまた、彼らと同じように大馬鹿者なのだろう。揃いも揃って馬鹿だらけで嫌になる。アルファは被っていた作業用帽子のつばを深く引き下げ、不可思議に感情が絡んだ視線を拒絶し、のろのろとウォルターの横を通り過ぎて調整室を後にした。まだ何か言いたげなウォルターの視線をアルファはわざと無視して、自室へ続く廊下を歩みながら喉の奥が見えるような大きな欠伸をした。
     もう何でもいいから早く眠ってしまいたい。整備人員が足りないなか、間を置かずベイラムからの仕事を請け負ったウォルターに命令され、徹夜で仕上げたローダー4の整備は過酷以外の何者でも無かった。ふらふらと覚束無い足取りで通路を歩くアルファは、反対方向から現れた強化人間の調整技師の男の、廊下で寝るなよ根暗娘め、と忌々しげに吐かれた呪いさえ不明瞭な返事を返すのが精一杯だった。技師の、自尊心に満ち人を苛つかせるような粘着質な声音も気にならなかった。ただ、靄がかかる思考のなかでも、すれ違いざまによくもまあお前も飽きないものだ、とアルファへ呟かれた技師の言葉はやけに耳に残った。アルファも嫌味ったらしい言葉にいらいらとしながら、ウォルターの頑固さと執着心はあんたも知ってるくせに、もう諦めたんだよ、とせめてもの反論を心の中で陰鬱なマッドサイエンティストの背中に向けた。

     憐れなハンドラー。優しいハンドラー。結局のところ何を言っても聞きやしない彼に、アルファは渋々付き合ってやるしかないのだ。
     いつか来るであろう、621に掛けられた鎖が千切れるその時まで。
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    NASU_1759

    DONEオーガタイタンとパイロット
    ハッピージャンキー・サンセット デリックは幸せだった。
     己の人生のほとんどは平穏という場所からかけ離れた場所に存在してはいたが、美味い食事に三食ありつけて、好みの顔の女を抱いて、とびきり極上のヤクをキメて、銃弾の雨を避けながら、時々ほんの少し命の危険がある仕事をこなして、全長およそ二三フィートの悪友がいるだけでデリックの人生は満ち足りていた。
     ぱりぱりと指先でゆで卵の殻を剥けば、つるりとした白身の表面が現れた。綺麗に剥けたことに満足しながらも、パンがあればサンドイッチにできるのに、と時間外だからとゆで卵を投げて寄こした職務怠慢の食堂の婆さんを呪いながらデリックは薄い唇で銜えたままの煙草を一吸いした。ウエスタン・コーストのシガー・ケースのパッケージにはカルフォルニアの海岸にヤシの木が立ち並び、それを沈みかけの夕陽が空や海、砂浜を赤く染めあげていた。フロンティアのどの保養地であろうとも、地球の西海岸の自然に勝るものはないだろう、とデリックはいつも思っていた。といっても、もちろんデリックは地球に行ったことはなく、芸術というものには無縁の世界に生きているデリックだったが、風情あふれるこのパッケージのイラストだけはデリックのお気に入りだった。
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