無題(マキリオ) どうしても明日までに処理しなければならない案件があり、マキシマは帰宅して食事をとった後も自分の部屋に籠って仕事を続けていた。
いつもだったら夕食の準備も片付けも自身で行うのだが、今日はたまたまリオルが夕食の準備をしていてくれて、事情を知った彼が片付けも請け負ってくれた。
マキシマはリオルに申し訳ないという気持ちもあったが、それ以上に感謝の気持ちを持って、とにかく仕事を早く済まそうと書類に目を通して処理を進める。が、進めるにつれて思った以上に時間がかかりそうだとマキシマは悟った。日が変わるまでには終えたいところだが……。
「よお、どうだ? 調子は」
軽いノックの後、リオルがコップを2つ手に持って部屋に入ってきた。マキシマは苦笑を浮かべる。それだけで厄介な案件であることがリオルには伝わったようで、持っていたコップのうち1つをマキシマ座っている仕事机の上に置いた。
「じゃあ、ちょっと休憩しろよ。ほら」
「ありがとうございます。これは?」
「ホットワイン」
「いただきます。……これは温かそうだ」
常備してある赤ワインとありあわせの物でリオルが拵えたのだろう。マキシマは持っていた書類を置いて一口飲む。身体が温かくなるのを感じた。リオルは自分の分のコップを持ったまま、マキシマの部屋のベッドに腰を掛ける。同じく一口ホットワインを飲み、リオルがマキシマに尋ねる。
「それ、明日までだっけ。終わりそうなのか?」
「そうですねぇ。何とか今日中には終えたいところです」
マキシマが答えると、リオルは少し意地悪い表情になった。
「だったら邪魔するのは止めとくか」
「邪魔する気だったんですか」
マキシマは肩を竦めた。もちろんリオルが本気で言ってるわけではないことは分かりきっている。単純に2人の時間を減らされたことに対しての皮肉だろう。マキシマがちゃんとそれを理解していることも、リオルは当然分かっている。コップの中身を一気にあおって、リオルは立ち上がった。
「じゃあ俺は、大人しくお前が仕事を終わるの待ってることにするよ」
その仕事の後にちゃんと自分との時間を作れと言外にほのめかされ、マキシマは安堵し頷いた。彼が自分に気を使って、今日は自分の部屋に戻ると言い出すのではないかと少々心配であったのだ。どうやら今夜を楽しみにしていたのは自分だけではなかったと分かったのも重畳だ。
リオルは部屋を出ていこうとそちらに足を向けたが、ふと足を止め、急にマキシマとの距離を詰めてきた。突然のことにマキシマはドキリとした。
「どうしましたリオルさ……」
見つめるリオルの表情は、ニヤリとした人の悪い笑顔だった。リオルは小声でマキシマに囁いた。
「準備しとくから、さっさとソレ、終わらせちまえよ」
「え……?」
何を、と問う隙も与えず、リオルは身を翻して部屋を出ていった。丁寧に音もなく扉を閉めて。
「……」
リオルの発言を反芻して、マキシマは残っていたホットワインを一気に空にする。
「これは早く終わらせたらご褒美が頂けるってことで、いいんですよね……」
言葉の真意の答え合わせは後ほど彼とすればいい。今はとにかく、彼の『準備』が無駄にならないように、自分は目の前の仕事を一刻も早く片付けよう。マキシマは書類を相手に格闘を再開した。