淫紋バース 未題…………。
まず、まだ寝起きの頭を叩き起こして状況を確認しよう。
なぜ俺の隣で、こんなモデルみたいに端正な顔立ちの男が寝てるんだ?
しかも、裸で。
上だけか?っと思って腰の上かけを捲ってみようかと思ったが、見てはいけないものを見るようで止めた。
あと。この部屋はどこだ?
横になったままで首だけ動かし部屋の様子を伺った。
部屋の雰囲気からしてラブホとかではなく、どこかのいいホテルって感じでもなく。なんとなく薄っすら生活感を感じた。この置かれた状況を未だ把握出来ていない俺がいる。
このでかいベッドの横には凄すぎる眺望を独り占めするかのような広い窓があった。それを見たら大体確信できる。ここは高層マンションの一室だ。その窓からは、ゆっくりと登り始めた朝焼けを全身に受けて赤く輝くビルやマンションが見えた。キラキラと窓が光って無意識にドキドキと胸がざわついた。なにかが起こるような…。いや、既に起きているのか。前兆を表すかのように胸が締まり緊張した。
昨日は…そうだ。最近調子に乗っている不動組だか不能組だか知らないが、そこの奴らに絡まれてバチボコってた時に油断したとこで、その時助けてもらったんだっけ、この人に。
隣でまだ静かな寝息を立てている男に向き直した。
それから、お礼にって飲みに行って…どっちが酒に強いかって競い合ってお互い強くて譲れなくなって…飲み直しだ!って場所を変えたのがここだ。
それから…記憶がない。
ウッソだろー。俺全然覚えてねぇんだけど。
マジで?
一気に心臓がバクバクしだした。
名前はなんていっただろうか?聞いたっけ?ホント全然思い出せない。
もう一度男を見た。
…カッケェなぁ。顔整いすぎじゃね?
艶のある綺麗な黒髪は肩を少し過ぎるくらいの長さがあった。髪が少し頬にかかっている寝顔がなんともセクシャルだった。
喧嘩もできて、酒も強くて。こんだけイケメンであと悪いところ探すとしたら、きっと性格か口が悪いかだな。それか女癖が悪いか。相当モテるだろうな。女なんか選びたい放題でこの部屋とか何人も連れ込んでそーだ。
などと失礼なコトばかり考えていると、んっと声がした。
慌てて薄手の上掛けを持ち上げて首から下を隠した。
そう。俺も裸だったのだ。もちろん下も履いてない。どうしてかって?俺が知りたい。
「……」
黙って男を見守っていると、瞼がハタハタと震えゆっくりと開き出した。薄っすら開いた隙間から意志の強そうな瞳が覗いた。
「…よぉ。起きてたんだ」
「!」
目が合った。寝起きの声だというのに第一声からダイレクトに頭に飛び込んでくる深みのある低めの声。
「体、どぉ?」
「…へ?」
自分を気遣ってくれているのだろうが、なんの事か分からず気の抜けた返事をしてしまった。
男は体を少し起こして頭を腕で支えてくつろぐ姿勢になった。
「腰とか、ケツとか?大丈夫ならいいんだけどよ、お前、初めてだっただろ?無理させちまったかなって思ったんだけど。その様子だと大丈夫みたいだな」
腰?ケツ?一体なんの……言われて意識して気付く痛み。というか疼き?確かにケツ?腹?になんとなく?違和感を感じた。
え??もしかして…。
「…あ、あの…ココって?あと、違ってたらすみませんけど…その。俺たちってもしかして…」
男がいう意味と、二人して裸で寝ているという事、自分の体に感じる違和感から考えられる真実を導き出した。
「ココは、オレんチのマンション。昨日、しただろ?セックス」
やっぱり…。
男は何を今更訊いているんだ?っといった表情をしながら爆弾を投下した。
一気にカァァァァっと顔に熱を感じた。
「お前、やっぱり覚えてねぇの?まぁ、相当飲んでたもんな。俺に付いてくるからてっきり強いのかと思ったけど。記憶失くすようじゃまだまだだな」
男はニカっと笑った。その時に八重歯がチラリと見えて思わずドキンっとした。
「あ、あの、俺。その、全然覚えてなくって…えっと…なんでこんなことに…」
俺は恥ずかしさで男を直視出来ず上掛けを頭まで被って隠れた。
すると大げさな程大きな溜息が聞こえた。
「はぁー。マジか、ショックだわ。お前がセックスなら負けねぇって言うからシしたんだけど?」
「…うそ」
「嘘じゃねーよ。さんざん煽ってくるから慣らしで指挿れたら、自分から煽って誘っておいて実は初めてですって…。こっちがビビったわ。それから泣くわ日和るわで挙句の果てに寝ちまうわで…。なんなんお前?」
「え?寝た?その状況で?」
「そーだよ」
「じゃあ、あんたは寝てる俺に……」
「バカか!なんで寝こけてるヤツ襲わなきゃいけねぇんだよ。俺はそんな趣味ねーし」
「じゃあ俺とは…」
「指はちょい挿れたけど、俺のチンコ先っちょ挿れただけで大騒ぎしただろ。結果的に言うと最後までっていうか全然ヤッてねぇよ」
最終確認が取れて心底ホッとしたような…安心するはずなのに妙なシコリが生まれた。
「ホントに?」
「しつけぇなー。そんなに気になるなら、これから記憶に残るくらい強烈なセックスしてやろうか?そうすれば昨日でも今日でも初めてを捨てるのなんて同じだろ?」
体を起こしてズイッと顔を近づけ、少し怒ったように男は言った。
「酔っ払いや寝ぼけてるヤツとスルより、今こうやってちゃんと意識あるヤツと俺もシテーし。それに、昨夜お預けになっちまったから速攻元気になンだけど?責任とってくれる?」
スッと伸びた手が俺の顎元を捉えた。そしてキスする程顔が近づく。バッと顔を振ってその手から逃れた。
「や、それはちょっと…昨日は酒の勢いというかなんていうか…」
「…千冬ぅ。男に二言はねぇんだろ?」
名前を呼ばれてハッとした。そうだ。この人の名前は。
「場地さん…酔っ払いの戯言っスよ。勘弁してください」
名前は、場地圭介。シラフのうちにちゃんと軽く自己紹介を済ませていたのだ。思い出してよかった。確か、一つ上で仕事は動物関係のコンサルだかなんだか?家業に日和って学生にしがみついてる俺とは違ってちゃんと社会人をしているようだ。
にしても、コンサルとは儲かるのだろうか?こんな部屋に住んでいるのだから。そうなんだろう。
場地さんの視線を避けるように俺は部屋を見た。
「ならさ、せめてキスさせろよ。昨日だってキスもしてねぇんだぜ。俺、結構お前の事気に入ったみたい」
「そんな、何言ってんすか。キスなんてそんなの好きな人とスルやつじゃねーっスか。俺なんかとしたってな…ン…」
お断りをしたはずなのに、言葉の途中で唇を塞がれた。発せなかった言葉が口の中でぐるぐる回る。
「ン、ンッはぁ、ん」
唇をすっぽり覆われて、離れてと息する暇もない。かろうじて掴んだタイミングで周りを漂う酸素を捕まえて慌てて取り入れる。
酸欠なのか、キスの魔力か。何度も重ねる口づけに頭の中がぼんやりとして次第に蕩けてきた。こんなキスは初めてで。当たり前だが男とキスしたのも生まれて初めてだった。しかしなぜか不快感や嫌悪感もなく。むしろもっと深く、もっともっとと腹の底が疼いた。場地さんのキスに酔い思考がぐらつき、気づけば俺はキスをしながら自分に覆いかぶさって来た場地さんの首に無意識に自分から腕を回していた。
「はぁ…ン、ン」
チュッ、クチュッと唇が離れる際にいやらしくリップ音が鳴る。そんな音でさえ愛おしく感じもっと聞きたくなって侵入してきた舌を夢中で掴まえた。
「んんっ、んぁ…ふ、…ん」
気持ちイイ。舌を捕まえられキュッと吸われたと思うと解放されて、また絡められ自分でも追いかけるように咥内で二人の舌が忙しく弄った。こんな自分もこんなキスも知らない…。全てはこの男。場地圭介の存在がそうさせた。
自分のピンチを助けてもらい、昨日初めて会ったのに。酒の席で何を話したかすでに内容は記憶の彼方に飛んでいってしまったが、楽しい時間だった気がする。
俺は場地さんの事が少し気になり始めていた。いや、助けてもらった瞬間からかもしれない。
人を嫌い、避けてきた俺が…こんなコトになるなんて…。
場地さんの容姿。声。こんな人なら愛してみたいし愛されてみたい……。!
ハッとした。
そうだ。俺は……。
この人とは、住む世界が違う。
クチュッと唇が離れたところで俺はゆっくりと腕を下ろし場地さんの胸を押した。
「…すみません。もう、これ以上は…」
少し声が震えた。
「俺は、お前の事が気に入った。って言ったぜ?」
そう言って場地さんは俺の肩口に顔を埋めて首筋に唇を当てるとゾクっと震える程いい声で耳元で囁いた。
「それに…お前これで帰れんの?」
ビクッと体が震えた。
「そ、それは…なんとかして…服着れば…」
「お前はそれで良いかもしんねぇけど。俺はもう限界なんだワ」
!!誰も触れてはいけないトコロに手の温かさを感じた。
「あっっ…」
「ほら。ここは正直なんじゃねーの?」
一糸纏わぬ身体。もちろん開放されている下半身は自由気ままな様子で、朝という事もあるだろうが場地さんのキスにハマりすっかりその存在を窮屈な衣類に邪魔される事なく主張していた。
温かい大きな手で直に触られて体が跳ねた。
「やっ、ちょっ、それは…触らない、で…」
身を捩って逃げようとしたがグニッと握られ制された。
「あうっぐっ」
「逃げんなって、かわいそうじゃん…こんななってる」
「そ…だ、って、ンあぁ」
「いいじゃん俺に任せろって……それに、お前【ノーマル】だろ?番とか心配ねぇじゃん。俺、【サキュバス】だし。仲良くしよーぜ?」
耳元で誘う様に囁き、俺の左尻を撫でた。場地さんの手が触れた場所が熱い。
場地さんの言葉に俺はピクっとした。場地さんの手を勢いよく払い体を押し退けて起き上がった。
「っちょ、おい?どーしたよ」
虚をつかれて場地さんがあっさり体を引いた瞬間、俺は全裸のままベッドから立ち上がった。
「……場地さんも、ノーマルを軽く見てます?俺、学校なんで帰ります。服どこですか」
部屋を見渡してみたが床に落ちてはいなかった。
「なんだよ、ノーマルな自分が嫌だったりする?別に俺もサキュバスだから偉いとか思ってねぇよ。ノーマルの方が自由でいいじゃん……っと。はい。パンツはここ、ついでにズボンはこっちに落ちてるぜ」
これ以上は無理そうだと判断した場地さんは、ベッドの隅っこにあった下着を寄越し、反対側の床に落ちていたズボンも拾って渡してくれた。俺はそれらを受け取って足を通した。
「……俺は。……俺もサキュバスになりたかった」
「なんかあんの?」
「……別に、場地さんには関係ないっスよ」
俺は先ほどより明らかに違う声色と雰囲気を纏った。それに何かを察知したのか場地さんは追求することを止めた。
「まぁ、今更この性は変えられねぇし?後天性が起きねぇ限りはこの性と上手く付き合っていかねぇとな。あー、上の服、汚れてたから洗っちまったんだけどまだ乾いてねぇと思う。俺の服貸してやるからそれで行けよ」
「や、いいっスよ。もう会わないでしょ。その服も返せないんで濡れててもいいから自分の服着て帰ります」
「なんで?返しに来いよ。このマンション覚えて帰ればいいし、連絡くれたら迎え行くから」
「場地さんの連絡先知らねぇっスよ」
「昨日交換しただろ?」
そう言って、ベッドのヘッドに置いてあった携帯をとり場地さんはアドレスから【千冬】を呼び出しコールした。履いたズボンのポケットからブーブーっとバイブレーションの音がした。俺はポケットから携帯を取り出して見ると液晶画面には【場地】っと文字が浮かびブルブルと震えていた。
「いつの間に……全然覚えてねぇっス」
俺は携帯を閉じた。酔いの席とは恐ろしいものだ。これからは気を付けようと案外自分が酒に弱いことが分かって警戒する事にした。
「送ってやるよ、どの辺?」
着替える為に場地さんは部屋を移動した。下着だけ履いた上裸のその背を見ると、後ろ髪ですこし隠れていたが、くっきりハッキリとしたサキュバスの紋が大きく首の下から両肩に向けて羽ばたくように描かれていた。
【サキュバス】を意味する淫紋
俺が求める紋だった。
18歳を目途に覚醒する第二の性。
【サキュバス】は翼のような形をした大きな紋が背中に現れるのが主な特徴だった。才能に優れ仕事なども上位に着くことが多く、強いフェロモンを持ち【ホルダー】を性的行為(ケア)で生かすことができる唯一の性。惹かれ合えば性別を選ばずホルダーと番になる事もできる。なによりこの世界で一番優位に立てる性がサキュバスだった。ホルダーをケアする為の職なども国から手厚く設けられていた。
【ホルダー】は容姿に優れ芸能に長けた者が多い。ただ、その性の特徴である性欲の強さはサキュバスやノーマルと違って生命の維持を兼ねていた。紋は腰、あるいは特定の相手を求める様になれば下腹部に紋が現れる。ホルダーは性の特性上周期的に性的行為(ケア)をしないと死に至ることもあり、紋が色濃くなるにつれて死期が近づく為、本能的に性欲が強くなり相手を求めるようになる。周期が近づくと身体からサキュバスあるいはノーマルを引き寄せる為に強い誘惑の香りを発する。サキュバスはその香りを嗅ぐと本能でホルダーをケアしようとする。互いが惹かれ合えば運命の番として性別問わずにサキュバスと身体の契約が結ばれホルダーは男子でも子を授かることができるようになる。
【ノーマル】人口のほとんどがノーマル性。一般的で普通の性。紋も小さく身体のどこかに現れる。サキュバスに魅了されることもあるがホルダーと違って性欲は人それぞれ。一時的にホルダーをケアする事ができるがその場しのぎ程でしかないので番にはなれない。精神的肉体的にも一番安定した性。
場地は背中に翼の紋を持つサキュバスで、千冬はノーマルと言われる性を持っていた。千冬は左尻に小さなハートのような羽のような華の様な紋を宿していた。
場地さんはウォークインクローゼットからTシャツを持って戻ってきた。場地さんはどこのエリート商社だ?っと思わせる様な仕立ての良いスーツに着替えていた。俺は一瞬見惚れてからすみませんっと呟き渡されたTシャツを頭から被って袖を通した。すると、いきなりガバッと抱きしめられた。
「ちょ、場地さん?」
「さっきは悪かった。性の事。お前が何か抱えてるとか知らなかったから……でも、俺は別にノーマルを軽視してる訳じゃなくて、その……」
知らず俺を傷つけてしまったと思ったのか、申し訳なさそうに場地さんが誤ってきた。抱き締めている腕に少し力が入った。僅かに震えているようにも感じる。
「いえ、俺こそすみません。場地さんは悪くないですし、多分、普通はみんなノーマルである事の方が安心してると思います。ただ、俺はちょっと……自分が情けないっていうか、周りを失望させてしまってるっていうか」
「やっぱり、なんか抱えてンだな。ノーマルよりもサキュバスがいい、か。家庭の事情とかある?
でも、サキュバスっても特に変わらねぇと思うけどな?俺は、まだホルダーにも会った事ねぇから、もしホルダーに会ったら、話の通り知らない奴でもケア(性行為)してやんなきゃいけねぇのかって思うとちょっと気が重いっていうか。俺、発情もまだだし。だから、俺だって未熟なサキュバス」
俺を慰め様としているのか、ニカっと笑って和ませようとしてくれた。その時にチラリと見えた八重歯が魅力的で、思わずあの牙に噛まれたいっと心の奥底で願ってしまった。
「やっぱり俺、お前の事スンゲェ気になるかも。服はどーでもいいんだけど、また会ってくれない?会いたい……」
ぎゅっとまた力が篭った。俺も心のどこかで本当はまた会いたいと思っていたので場地さんの腕の中で小さく頷いた。
すると場地さんは俺の顔をグイッと上げて、避ける隙なんて一瞬も与えない速さで唇を重ねた。
「んっ……ン」
「千冬ぅ……」
「……ンっばじ、さん」
甘い声で呼ばれて俺も心臓が高鳴った。優しいキスを受けてこのまま虜になりそうで、気を抜いたら一瞬で墜ちてしまいそう。優しく啄まれる唇が燃えるように熱く感じた。
「はぁ、ンっ……ん」
軽く啄まれたかと思うと探るように舌が割入ってきて、歯列をなぞられ遠慮なく咥内を暴れ回った。無意識に場地さんの舌を追いかけていたが捕まえたと思った時には自分の舌を吸い取られていた。
「あふっ、んんっ、はぁ……」
「千冬ぅ、かわいぃ。なぁ……やっぱり、だめ?」
唇を解放して場地さんの手がスルリとズボンの上から俺の尻を撫でた。ズボンのウエストから手が捩じ込まれ下着の下に入ると直に尻を触られた。温かい場地さんの掌が左尻にある俺の紋に触れた。ジクリと身体が痺れて、優しくムニムニっと掴まれ腰の力が抜けそうになる。
「ふぅあっ、あ…学校……いかなきゃ」
「今日はサボちまえよ、お前の事、知りたい」
「何言って……行かない、と」
場地さんの手がウエストにかかりズボンを下そうと力が入り少しずつ下げられた。少しだけ身を捩る。
本当に嫌で拒否をするのなら、とっくにこの腕を振り払って玄関へと向かっているだろう、でもなぜかそう出来ない。
この腕にもっと抱きしめられていたいと強く願っている自分がいた。キスだけじゃなくて……触れられて、暴かれて……。
もっと、欲しい!
そう思った時、胸がドクンッ!っと激しく震え、突然頭を打たれた様にくらくらとして目眩が襲った。
え?
一瞬目の前が暗くなり不意によろけたところを場地さんがとっさに支えてくれた。急に力が入らなくなった足でなんとか踏ん張って立つ。
「大丈夫か?どーした」
「……いえ、すみません、なんでもっっ!」
大丈夫です。と答えようとした時に再び胸を締め付けられる程の痛みというか衝撃に襲われた。
ぐっと心臓を掴まれているようで、呼吸が苦しくなり目もチカチカして全身の血が一気に駆け巡っているようだった。急に起こった身体の変化に対応出来ず、はぁはぁっと呼吸が乱れて膝に力も入らなくて、身体が震えて場地さんが支えていないとそのまま膝から崩れ落ちそうだった。
「あ、熱い、身体が……っっんぁぁあっ」
支えられながら膝を床に着き、自分で自分の体を抱きしめて自分が壊れてしまうのではないかという恐怖に耐えようとした。
ドクンッ!
また全身を襲う震えが来た。ドキドキが強まり血の流れる音が聞こえる様で鼓動が大きく鳴り響き耳を突き刺す様だった。ドッと冷や汗が溢れ全身を濡らすほどに顔や背中を伝い落ちた。
「千冬っ!大丈夫か?……なんだ?この匂い……クラクラする」
突然不思議な匂いが場地さんを襲った。
場地さんは顔を片手で覆って突然の香りに戸惑った。嗅いだことのない、甘いような不思議な香り。決して嫌な感じではなくむしろ甘美に感じられた。
この匂いをずっと嗅いでいたい様な、逃げ出したい様な。心が操られてしまいそうでズンズンと身体の中に入り込んでくる気がした。
この匂いはどこから?
場地さんは無意識になぜか身体中がゾワゾワして疼き始めた。
もしかしてこれがホルダーが発する発情期(ヒート)の匂い?すると俺は、充てられて発情してるのか?…………っっ!
誰だ!
欲しいっ!
突然理由もなく腹の底から抑えきれない欲が湧き上がる様だった。自分が自分で無くなってしまいそうで誰かを傷つけてしまいそうで体が震えた。
「……千冬?お前、ノーマルだよな?この匂い……お前は平気なのか?誰かこのマンンションにホルダーでもいるのか…」
「……匂い……?……俺は……なにも…………」
場地さんの問いに答えることが出来なかった。眩暈が酷く心臓の音がうるさく響いていたかと思うと耳も聞こえなくなり、全ての音が無くなった途端に俺は意識を手放しその場に倒れ込んでしまった。それと同時に場地さんを虜む甘美な匂いもスッと消えた。
「千冬っ!おいっ!しっかりしろっ!」
匂いに解放された場地さんは必死に俺に声をかけてくれたが、俺は応えられなかった。薄れゆく意識の中で体に感じたのは、唇に残った温もりと左尻にあるノーマルを表す紋が熱を帯びたように熱かったことだった。
■■■
コンコン
「……どーぞ」
「失礼します」
ここは病院の個室の入院部屋。部屋の中には場地の姿がありベッドの脇に座っていた。ノックして入って来たのは知らない男だった。
場地は首だけ向けてその存在を確認した。
「あ、あの。あなたが連絡くれたーー、場地さんですか?」
おろおろとして男が聞いてきた。場地は立ち上がり男に一歩近づいた。
「お前がタケミッち?」
更にもう一歩近づいて距離を縮めるようで距離を取った。本能的にそうした。
「はい、花垣武道っていいます。千冬の同級生で、さっきいきなり電話もらって急いで来ました。あの、千冬どーしたんですか?」
場地は千冬が倒れてすぐに車に乗せて馴染みのある病院へ向かった。その車中で千冬の携帯履歴から同じ名前が何度も並ぶ(タケミッち)にひとまず電話をした。もしかしたら家族を呼ぶ事になるかも知れなかったので先に誰か千冬の知り合いと繋がりたかった。知らない人間がいきなり親に電話するのも何か違う気がしたので、履歴から今の千冬の状態を伝えるべく武道に連絡したのだ。
場地はチラッとベッドで静かに眠る千冬に視線を送ってから話し出した。
「俺もよく分からない。突然苦しみ出して、病気や発作っていうより、なんとなく発情っぽい感じだった。でも、千冬はノーマルだからそれはありえねぇ。だからとりあえず俺の馴染みのココに連れてきた」
「千冬の紋、見たんですか?!この病院って第二性の専門の病院ですよね、そこが馴染みっていう事は、もしかしてサキュバス?」
武道は驚いたように聞いた。あり得ない事だった。千冬の紋は尻にある、自分は何度と銭湯などで見ているので千冬の紋が何処にあるか知ってはいたが、赤の他人が風呂以外でそれを見て知っているという事は……つまり、そういう事かもしれない。しかも場地はサキュバス。武道は不安に駆られた。
「……。」
「あの、千冬とはどういう……俺、ずっと一緒にいますけど一度もあなたの話は聞いたことがないので……そんな、許す相手がいたなんて」
「昨日初めて会った。なんか絡まれてるとこ助けに入って、そっから飲みに行って、って感じだな。だから俺も千冬の事全然何も知らねぇ」
「!絡まれてっ!誰にっ!どんなやつでしたかっ!」
「っと、知らねぇよ。ダセェせこい半グレだかどっかの組の下っ端だな。学生のケンカって感じじゃなかった。……千冬こそ、何者なんだよ。そんな奴らに絡まれてあいつは応戦してた。千冬は普通の学生って感じじゃねぇ。お前知ってんだろ?」
場地はジッと武道の目を捉えた。少し泳いで武道も場地の目を見返した。まるで駆け引きをするかのように。
数秒だけ譲らない沈黙が流れ、それを武道が破った。
「先に教えてください。……あなたの名前は」
「……場地圭介」
!!
空気が変わった。武道はビクッと身体を震わせ一瞬で背筋が凍った。場地の鋭い眼光に捉われてゴクリと息を呑んだ。顔が知らず引き攣り後退りしそうになったが、捉えられた瞳から逃げ出すことが出来なくなっていた。場地が取っていた間合いの意味を知らされた気がした。
「東京……卍會……」
武道は本能的になんとか半歩だけ足を引いた。
「俺の名前聞いてそこに行き着くって事は、お前もこっち側か?まさか、千冬も」
「千冬は苗字を名乗りましたか?」
「?確か、マツ……松野……。もしかして千冬はっ」
「あいつ名乗ってんじゃん。……知ってますよね?松野組。関東ではそこそこでかい組。松野組の跡取りです。俺は千冬のガード兼相棒であり親友です」
「まさか……千冬が。組の人間……だからか。あいつ紋の事、それでサキュバスが良いって言ったのか」
「サキュバス?千冬はそんな事もあなたに話したんですね。千冬の体の事だから詳しくは説明しませんけど、今の組長は千冬のお爺様で高齢なのでそろそろ代替りが行われます。その時に合わせて千冬は結婚をする話が出てます」
「結婚?誰と!」
聞き捨てならない言葉だった。千冬がもうすぐ結婚するなんて。
「千冬はノーマルだから、優秀なサキュバスと。もう候補者は決まってるので後は見合いをして相性が良ければそのまま婚姻となります。早いに越した事はないので。ただ、跡取りは望めないかもしれないので、俺としてはただの合併だと思ってます」
「跡取りが望めないって……見合い相手は男?そんな馬鹿な話ねぇだろ。千冬はノーマルなんだサキュバスでも普通に女と見合いしろよ。……待てよ、望めないかもしれないって、どういう」
「もう、話してしまうと千冬の性は実はまだ不安定なんです。とりあえず、ノーマル判定されていますけど、数値がおかしくてもしかすると、転換もあり得るかもしれないと」
「不安定……」
武道の話が半分くらい頭に入らなかった。千冬が、結婚……。
「いや、だから。なんでサキュバスの男と」
「知りませんか?不安定なノーマルはサキュバスとセックスを重ねる事でホルダーに転換する可能性が高いんです。だから、サキュバスの有能な男と結婚してセックスをすれば、もしかするとホルダーになるかもしれないという事に賭けています」
「ならなかったら……」
「それは仕方がないので、養子縁組なりその時考えると思います。とにかく組を残すことが優先なので」
「いや、違ぇだろ!千冬の意思はっっ」
「そんなの、あってないようなモノでしょう?意外ですね。あなたも、裏の人間なら有益になることを優先する筈ですけど?たまたま合理的に合う組の跡取りが男だったってだけで、人の感情なんて二の次です。特にこの世界は」
裏社会の人間が何を甘い事言っているのだという様に武道は場地を見た。ただ、その瞳の奥には言葉とは裏腹に友人として千冬を心配する気持ちが見え隠れする様だった。
「千冬は、全部分かってンのかよ?」
「見合いの話はしてます。けど、相手の事はまだ何も話してません。まだ知らない方がいいかと思って。でもいい奴だと、思います。見合い相手」
「どこの誰だよ」
「それは……言えません。だから、あの、もし千冬の事、気に入ったりしてたとしたら、諦めてください。これは、千冬だけの問題じゃなくて組全体の問題なんで」
「……知るかよ。俺は、俺の好きにやる。テメェに指図される言われはねぇ」
「千冬が、不幸になっても?」
「テメェらのクソみたいな計画に乗る方がよっぽど不幸になると思うけどな」
互いに譲らないと空気を張り詰めさせた。ピリッとした空気が部屋を支配しようとした時、んっっと意識を取り戻した千冬の息遣いが聞こえた。
「千冬っ!」
二人は同時に千冬に駆け寄った。場地はベッドの脇にしゃがんで千冬の顔を覗き込んだ。
「千冬、どうだ?気分悪くないか?痛いとことか……」
「場地さん……俺、どうしたんですか?」
「俺の部屋で倒れただろ、ここは病院だ。心配すンな」
「タケミッち……どうして」
「俺が、お前の携帯から探して呼んだ」
「びっくりしたよ。昨日は帰って来なかったし、電話も出ねーしメールも返事来ねぇからさ。でも無事でよかったよ。俺、先生呼んでくるわ」
そう言って千冬の顔を見て安心した武道は病室を出て行った。
「……場地さん、迷惑かけてすみませんでした。俺、何が起きたのか……」
「気にすんなって、おめぇに何もなかったらそれでいいワ」
千冬は小さく口元を上げた。そして自分の左手に繋がっている点滴を見上げた。
少しまだ薬が残っている。これが終わるまでは帰れないだろうと悟った。
「……場地さん、また、会ってもらえますか?」
「そのセリフ、俺が言って一回フラれてンだけど?」
「そうでしたね、ふふ」
疲れた顔色をしていたが、話す千冬の表情は少し嬉しそうだった。場地は点滴を受けていない千冬の右手をそっと握った。
「千冬ぅ、俺……っと悪ぃ電話」
そう言って場地は千冬のおでこにチュッと口付けて電話に出る為に病室を出ると、場地と入れ違うように連絡を受けた担当医が千冬の往診に来た。
「松野さん、気分はどうですか?」
「……良くも悪くも」
「そうですか。えっと、松野さんの今回の症状を聞いたのと検査の結果ですが、
おそらく近いうちに転換が起きるかと思われます。以前お話を受けたかもしれませんが、今はノーマルですがこれからサキュバスあるいはホルダーになり得る可能性が非常に高い状態です。今回もしかして、プライベートな事だとは思いますがサキュバスと性的な事をしていませんか?もしかするとサキュバスの発情に誘発された可能性があります」
「!それは、どうして」
「安定していないノーマルは、サキュバスと性的行為をする事でサキュバスあるいはホルダーになろうと変化します。異性の場合なら同じサキュバスになろうとしますが、同性だった場合は子孫を残そうと遺伝子が働くのでホルダーになる確率が高いです。失礼ですが、お相手は?同性ですか?」
個人的な事にも遠慮する事なく聞いてくる医師に戸惑いながらも千冬は小さく頷いた。
「なるほど」
「や、でも!セックスはしてないんです。その、キスだけで……」
弁明するように千冬は慌てて付け足した。
「キスでも十分キッカケになります。そうですか、もし今後その方と過ごすようであればホルダーになる可能性がありますね。相手の方に理解があるといいですが、念のためホルダー用の抑制剤を出しておきますので、もし今回みたいな症状が出たらすぐに服用してください。
ホルダーの性の事はご存知ですか?」
「なんとなく」
「発情期の周期も人それぞれですが、周期の終わりまでにサキュバスからケア(性的行為)を受けないと死亡する可能性があります。今は延命処置の薬も開発されてますが万能ではありません。サキュバスのケアを受けるのが一番なので、お相手の方にはできだけ話をしておいてください」
「あのっ!俺がサキュバスになる可能性もありますよねっ!俺、サキュバスがいいんですっ!俺がサキュバスじゃないと」
「可能性がない事もないですが、先程もいいましたが、同性同士の場合は対になる様に相手と違う性になる事が多い報告があります。でもこればかりは、個人差なので絶対とは言えません」
「…………」
「では、点滴が終わりましたら、薬を受け取って帰ってもらって大丈夫ですので。もし何か心配な事があればいつでも受診してください」
そう言って医師は病室から退室した。
千冬は医師の背中を無言で見送り、それから天井を見つめた。
俺が、サキュバスになる可能性は……。
俺が、組のためにできることは…………。
場地さん……。
組を思う反面、思ってはいけない感情が込み上げてきた。不意に先ほど場地が触れたおでこに手をやり、ほんのり温かい場地の唇が触れた箇所を触った。
ドクンッ!
え?!
……まただ、なんでっっくっ
千冬は先程と同じく息が苦しくなり、たまらなく体を丸めて耐えようとした。
場地……さんっ!
「なんだよ。久しぶりだな。
…………。
え?あぁ、いいぜ。わかった」
廊下に出た場地の通話はすぐに終わった。中にまだ医師がいるので場地はそのまま扉の前で終わるのを待つ事にした。少し待っていると中から医師が話し終えた様で病室を出ていった。
それを見送り場地は千冬の病室に入ろうと扉に手をかけたところで戻って来た武道に呼び止められた。
「場地くん!」
場地は扉を開けるのを一度止めて武道へ向いた。
「あの、さっきの話ですけど、千冬にはあなたが東京卍會の人間だという事は秘密にしてもらえませんか?。お願いします」
「…………」
「もうすぐ見合いを控えてるんです。サキュバスであり同じ裏社会のあなたは危険すぎます。できればもう、会わないでもらいたいです」
「……そんなに組が大事?」
「え?」
「千冬も、組の事考えてサキュバスになりたいって思ってンだろうな。優秀な後継を期待されるもんな。面倒な組だな」
「家業だから、仕方ないでしょう」
「悪いけど。俺には関係ねぇから。俺のやりたい様にやるし会いたい奴に会うし好きなヤツとスる。俺の勝手だ」
「そんなっ…………」
ガシャーンッ!!
武道が食い下がろうとした時千冬の病室の中から何かが倒れる音がした。
場地はすぐに扉を開けて千冬の病室に飛び込んだ。
中に入るとブワッと甘い香りが場地を襲った。部屋中に充満しているようで一瞬でクラッとした。
「んっ、また、この匂いっ」
場地のマンションで嗅いだのと同じような香りが鼻腔を刺激した。グッと気を取り直して千冬の元に駆け寄ると、千冬はうずくまって震えていた。床を見ると点滴のスタンドが倒れているので先ほどの音はコレが倒れた音だろう。
「千冬っ大丈夫か?また苦しいのか?」
場地は震える千冬を抱きしめた。腕の中に収めてもガタガタと震え、はぁはぁっと荒い呼吸を繰り返し頬はのぼせた様に紅潮していた。
「ばじ、さん……すみ、ません。また、おかしく……」
「武道!先生呼んでくれっ」
場地に言われると同時に武道は再び先生を呼びに飛び出していった。
「……熱い、胸が、苦しくて……熱い」
そう言って千冬は場地の腕から抜け出し、場地から借りているTシャツに手を掛け脱ごうとした。場地はギョッとして慌ててその手を押さえた。
「おい、千冬、どーしたんだよ!変だぞ!おまっっン」
場地は手を押さえていた千冬にいきなりキスをされた。
「ンっ、っちょ、おい。千冬っ!」
縋り付くようにキスをしてきた千冬を場地は一旦引き剥がした。しかしそれでもまた千冬は場地の首に腕を回して口付けを求めてきた。
「んっ……ン、ふぁっ、ばじ、さん」
場地の家にいた時とは別人の様に自らぐいぐいと迫ってくる千冬に場地は圧倒されながらも呑まれないように受け止めた。自分もこの匂いにやられているのか、身体が疼いて仕方がなかった。千冬に引き寄せられるままベッドに乗り上がり、千冬が軽く啄むキスばかりしてくるので今度は場地から薄く小さな千冬の唇を優しく喰み、ぺろっと舐めて閉じた唇を割り開いて咥内に侵入した。
「はむっン……あっ……んン」
舌を絡めクチュッペチャッと唾液の交わる音が部屋に響いた。千冬は腕に力を込めてより場地に密着するように体を寄せた。目はすっかり場地のキスの虜になり蕩けた顔で場地を見ていた。
「もっと……んンッ……」
千冬はキスを強請り場地に抱きついた。
キスが深まり欲も高まると場地の手が自然と千冬の服の中に侵入して肌に触れた。ピクっと千冬は体を震わせ、んんっと身動ぎする。腰に触れそれから胸に触れようとした時、バンっとドアが開いた。
「千冬っ!場地くん何やって!」
医師を呼び、戻ってきた武道は病室に入るなり目の前で繰り広げられている情事を目の当たりにして止めに入った。
「千冬……お前、その表情……」
武道は見たことのない、官能的に蕩けた千冬の表情を見て愕然とした。頬を紅く染め目は完全に場地しか見ていなくて、意識はどこかほわんっとして漂っている様だった。
千冬がこんな顔するなんて……。
「松野さん、大丈夫ですか!」
武道がショックで固まっているとすぐに看護師を連れて医師が入ってきた。
場地は千冬を離しベッドから降りてさがった。千冬は場地を求めて手を伸ばしたが武道と医師によって阻まれた。
「場地くんっ何やってんすか!千冬には関わらないでって……」
「タケミッち!場地さんは、悪くねぇ……んっ、うぁっ」
千冬は武道を制したがすぐに自分の胸が苦しくなり身を折った。
「これは……ホルダーの発情のようですね。身体がサキュバスを求め始めています。転換が始まるのも時間の問題ですね。もしかして、あなたが松野さんのパートナーの方ですか?」
医師は場地を振り返って尋ねた。先ほどの二人を見てしまえば誰でもそう思うだろう。武道はギョッとして、違います!っと答えたが場地は小さく頷いた。
「そう、なりたいと思ってる」
「ならいいですが、松野さんはまだ不安定なノーマルです。関わる性で今後が変わってきますので、大事にしてあげてください。今は抑制剤と安定剤を打っておきますので、今日は念の為このまま入院してもらった方がいいかと思います。学生さんですので、家の方とは連絡取れますか?」
「それなら、俺ができます」
武道が答えた。
「では後でお願いします」
そう言って、医師は看護師から注射器を受け取り抑制剤を千冬に打った。続けて安定剤も打たれると、即効性なのかすぐに千冬の呼吸と症状が安定しだした。きちんとベッドに寝かされると千冬は少し涙目で場地を見つめた。
「大丈夫だ」
場地はそう言って安心させると千冬は小さく笑ってそのまま目を閉じて眠りの闇に堕ちていった。
千冬はこのまま入院するのであれば安心だと、場地は仕事もあるので一度帰ることにした。病室を出るとまた武道が付いてきて同じ言葉を投げかけた。
「何やってるんですか、本気ですか?遊びのつもりなら千冬が傷つくので本当に止めてください。あなたと千冬は、住む世界が同じだからこそ…………。
今なら、まだ、千冬はなんとかなります」
グッと拳を握り締めて武道は呟いた。
「お前。それ本気で言ってんだったら今すぐ千冬と絶交しろよ」
そう言って場地は武道に背を向けて歩き出した。
武道は何も言い返すことができず静かに場地の背中を見つめ、先程よりも強く拳を握り締めた。
都内の高級ホテルの最上階にある会員制ラウンジで数年ぶりに再会しグラスを傾け合う二人の姿があった。
「俺を呼び出すなんて生意気になったな」
「ケースケ君こそ、ヤンチャに拍車がかかってどこにいても名前を聞くよ?」
「名前だけ一人歩きしてんだよ。俺はずっと変わらねぇ」
「よく言うよ、天下の東卍幹部様が」
「……そんなことより、お前こそどうしたんだよ。いつこっち帰ってきたんだ?流星」
場地に流星と呼ばれた褐色肌で髪にメッシュを入れた男は人懐っこい笑顔を見せた。
「3日前くらいかな?ちょっと野暮用でさ」
「めんどくさがりのお前が大人しく動くなんてな」
「俺も全然その気はないし、まだまだ自由に好きな事してたいんだけどね」
「?お前ならテキトーに誤魔化してなんとかするんじゃねーのか?」
場地はグラスを傾け流星を見やった。
中学時代の悪友とでも言うべきか、仲間と言うべきか。当時場地が所属していた不良グループで一時期は隊長副隊長として背中を預け合った仲であった。程なくして流星は場地の街から引っ越したり、海外に行ったり戻って来たりを繰り返していたようで時々会ってはいたが結局どこに落ち着いているのかは分からなかった。
こうやって戻ってきた時など連絡をくれるって事は、まだ俺は信頼されてるのか?
場地は胸中で独りごちた。
場地の問いに流星はなんとも言えない表情をして場地を見返した。
「ケースケくん、オレさ。見合いするんだ」
カランっとグラスの中の氷が溶けてその山を崩した。
「それは……驚きだワ。大丈夫なん?お前のその、いつも付き纏ってた金魚のフン」
「ケースケ君言い方……。んー、大丈夫……かなぁ?まだ知らないと思うし」
「知ったら発狂すンじゃね?」
「はは……どうだろうね」
2人は同時にグラスに口をつけて一気に飲み干し、ロックでおかわりを頼んだ。
「ケースケ君はどぉ?特定の恋人とかできた?」
「いや、そんなのいねぇしいらねぇよ。ただ……1人堕としたいヤツはできたかな?」
「へぇ、珍しいね!どこの子猫?」
「まだよく知らねぇんだ」
「何、一目惚れ?」
「そんなトコ」
「ふぅ〜ん、益々珍しい!ケースケ君を一撃で堕としたそのコ気になるなぁ」
意外な事が聞けたと流星はニヤニヤして場地を見た。少々顔が赤く見えるのは酒の所為か、らしからぬ話題の所為か……。
こんな場地を見たのは初めてだった。
「脈はありそうなの?」
「どーかな、ちょっとは気にしてもらえたっぽいけど。……そーいやあいつも見合いさせるってたな……ぶち壊さねぇと」
交換された新しいグラスを持ち上げぐるぐると回した。少しづつ溶ける氷と混ぜようとするが、まるでいつまでも混ざらない片思いの2人の様に氷とアルコールが同じ円を描いていた。
「絶対ぇ手に入れる」
「……妬けるね」
流星がふふっと笑った時に電話が鳴った。
ブッブッブッ
「ごめん、出るね。
もしもし?……あぁ、うん、え?……あー、多分大丈夫かな?分かったいいよ。うん、じゃ、明日に」
流星は簡単に返事をして電話を終わらせた。場地は少し聞こえた電話の向こうの相手の声がどこかで聞いた事があるような気がした。
「明日になったよ。オレの見合い」
「いまの?」
「いまかけてきたのは、まぁ、仲介というか、昔馴染みというか」
「ふーん、お前もいよいよ年貢の納め時か」
「見合い話は受けたけど、結婚するかは分からないでしょ。相手がある事なんだから……まぁ、俺的には嫌じゃないけどね、面白いヤツだったから」
「知ってるコなん?」
「高校1年の時のクラスメートなんだ」
「なんだ、知り合いと見合いすんのかよ」
「まぁね、そんなとこ」
「へぇ、がんばれよ」
そう応援の言葉を贈ると流星はどーもっと苦笑いをした。すると今度は場地の携帯が震えた。悪いっと言って場地もこの場で電話に出た
「分かったか?……あぁ……四谷?確かか?……あぁ、そーだ。分かった」
「なんかあった?」
「あぁ、実はさっき俺が堕としたいっていったヤツさ、俺のシマでどっかの下っ端に絡まれてたとこ助けたんだけど、大元を調べてたんだワ。それでその大元が分かったんだけど、面倒なトコだったな……。あいつ、なんであそこに狙われてたんだ?」
「ちなみにどこ?」
「お前も知ってるだろ、四谷傀團だ」
「!…………。」
流星の顔が一瞬強張り指先が震えたが、場地はその僅かな様子に気付かなかった。堕としたい想い人とその四谷傀團という組織の事で頭がいっぱいになってしまっていた。
■■■■
「タケミっち、何回も言うけど。今日はただ顔合わせるだけだからな。どこの組の娘とか全然相手の事教えねぇけど!失礼な事言うかもしれねぇし、そもそも俺のタイプじゃなかったら、すぐに帰るから。予定早めたってムダだからな」
「千冬のタイプってそういえば聞いたことないけど、どんなタイプなんだ?」
「……そーだな、黒髪で背が高くて……セクシーでイケボな人?」
「それって……」
「……叶わないって、分かってるよ」
千冬と武道がいるのは都内の某老舗高級ホテル。松野組御用達ホテルだ。
見合いはラウンジで簡単に執り行おうと思ったが、人の目も気になる上に諸々の事情と目論みを鑑みて急遽、予備で残されてあるVIPルームを借りたのだ。
二人は一室の前で止まった。
武道はコンコンッとノックをしてから予め受け取っていたルームキーのカードを鍵のところに当てた。カチッと音が鳴り鍵が解除された。武道はドアノブを押し下げながらドアを押し開いて部屋に入った。
「時間ピッタリだね」
奥の部屋から声が掛かった。
ソファから誰かが立ち上がった気配がして千冬はその奥を見た。大きな窓から差し込む逆光で顔がよく見えないが、シルエットは女性のモノではなく、声も男性だった。
付き添い?
千冬は怪訝に眉を寄せながら奥へと進んだ。進むにつれて光の位置がズレて段々と姿が見えてきた。なんとなく見覚えのあるシルエットに先ほどは分からなかったが聞き覚えのある声が再び発せられた。
「久しぶりだね。千冬、タケミっち。元気だった?」
武道が見合いの為に用意したこのVIPルームにいたのは、どこかの組の見知らぬ令嬢ではなく、綺麗に仕立てられたスーツに身を包んだかつてのクラスメートの流星だった。
「……流星!おまっ、なんでここにっ!」
千冬は目の前に現れた流星を見て驚きを隠せなかった。ここには見合い相手の女性がいるとばかり思っていたのに部屋にいたのは思いもよらない人物だったのだから無理もない。千冬が呆然と立ち尽くしていると武道が千冬の背中を押した。
「千冬、まぁ、座ろ」
「っ!タケミっち!お前っ始めから!」
千冬はしれっと部屋の中へと進む武道を睨みつけた。武道は気付かないフリをしてソファーの脇に立った。千冬は、はぁっ!っとワザと大きな溜息をついてドカッと荒々しくソファーに座った。
見合い相手がまさかの旧友でしかも男とは……千冬は一切の礼儀なんぞ必要ないと足を組んで背もたれに背中を預けた。
「説明しろよ。タケミっち」
千冬は目の前に座った流星をジッと見やり視線は外さなかった。流星はこうなる事を予想していたのか慌てるでも困るでもなく、相変わらずの穏やかな表情で千冬を見ていた。
昔からこいつの表情は読めねぇんだよな。
「黙っててごめん、千冬。見ての通り、今回の見合い相手は、佐藤組の佐藤流星なんだ」
「佐藤組って……マジかよ……」
千冬はまさか旧友が自分と同じ裏社会の家系だと知って少々ショックを受けた。佐藤組も千冬の家系の松野組と同じく関東では有名な組ではあったが最近はあまり名前を聞いていなかった。
「最近大人しくしてると思ったら、まさかウチとこんな話を進めてたとはな」
千冬は流星と武道を交互に見やった。武道はバツが悪そうな顔をした。
「タケミっちが悪いワケじゃないよ。ウチの母親と千冬のお母さんが何処かで会った時にどうやら意気投合したらしいんだ。それで、シマ争いするより協力しないかって話の流れで、なんでかこんな馬鹿げた話になったみたいだよ」
「意味分かンねぇ、俺ら男同士でどうしろってんだよ。流星、お前が実は女だったりすンの?こんなのどっちかがサキュバスとホルダーじゃない限り成立しねぇだろ。アホらしい」
「オレ、サキュバスだよ」
「っ!……俺は、ノーマルなんだよ……ほら、成立するワケねぇんだ。バカバカしい。解散だ解散」
「千冬待って、もう少し話を聞いてくれよ」
武道が立ち上がろうとする千冬を制した。あまりにも真剣な顔で止められたので千冬は深くソファーに体を預け少しだけ話を聞いてやろうとした。
「その前に、ちょっとお茶入れるね」
そう言って武道は備え付けのコーヒーや茶葉があるカウンターでお茶を淹れ始めた。
「流星、高校も途中でいなくなったりして、お前一体どこで何してンだよ」
「うーん、まぁ基本的に今は海外にいる事が多いかもね」
「組の仕事はしないのかよ?」
「してるよ。たまにね。そもそもオレが出来る事ってまだ少ないしね」
「昔からお前の事謎だらけなんだよ」
「なんだ、そんなにオレのこと気にしてくれてたんだ?」
「っ!そりゃ、突然居なくなった、っと思ったらまた戻ってきたりそんな事何度も繰り返してたら普通気になるだろ」
「あー、そうだね」
流星はまた感情が読めない表情をした。
「お待たせ」
タイミングよく武道が飲み物を用意して戻ってきた。
「とりあえずさ、お茶でも飲んで落ち着けよ。ほら、千冬の好きなミルクティー」
「そんなんでご機嫌とろうとしても無駄だからな」
「へぇ、千冬はミルクティー好きなんだ。カワイイね」
「見合い相手の好きなモノリサーチとかして本格的じゃん」
「ばっか!ふざけんなよ」
千冬はイラっとして武道の淹れたミルクティーをグビッと飲んだ。腹立たしいが、千冬は武道の淹れるミルクティーが他の市販品よりも好きだった。それを知っているからこそ武道はここぞという時の頼みの綱だと思っていた。
「それで、どーすンだよ。今日のこの茶番」
「快諾は……してくれない?」
流星が千冬に聞いた。
「当たり前っていうよりありえねぇし、そもそも無理だろ。さっきも言ったけどノーマルなんだよ俺はっ」
「千冬。流星は知ってるから、お前の第二次性が不安定なコト」
「……だとしたら尚更申し訳ないけど、俺はサキュバスになる予定だから。男のお前とは無理だ。だから破談だ……かっ……ん」
ガシャンッ!!
「ぅっっつ……」
「千冬っ!」
胸を押さえて倒れ込みそうになる千冬を流星は素早く駆け寄って支えた。
千冬は手にしていたティーカップを落としたが幸い下は絨毯だったので割れずに済んだ。しかしカップから溢れたミルクティーが高級な絨毯に広い染みを作ってしまった。
「突然どーした、大丈夫か!?」
「っううぅ……はぁはぁ……くそっ……なんで……」
朝にちゃんと抑制剤を飲んでいた……?はずだった。武道に渡されて。ちゃんと飲んだハズなのに?だから発情が起きるハズないのに、この症状は……。
「千冬!しっかりしろって。なぁタケミっち!お前なんでそんな落ち着いてんだよっ」
目の前で苦しそうにする千冬の肩を支えながら流星は普段なら、いや、護衛を兼ねている武道なら主人がこの様な状態になったら一番に傍に駆けつけ慌てても良い筈なのにその様子が少しも感じられなかった。むしろ様子を見守るような目で千冬を見ていた。
千冬はだんだんと頬を赤らめ呼吸を乱し始めた。吐息が甘くなり瞳が潤み虚になった甘美な表情はそれを見た者を誘惑する。これはまるでホルダーの発情そのものだった。
「大丈夫、千冬は今ノーマルからホルダーに転換するかどうか際どい状態になっているだけだと思うから。俺が今紅茶に仕込んだ誘発剤が効いたんだと思う。朝飲ませた抑制剤はカプセルの中身をだたのビタミン剤に替えておいたやつなんだ、だから今日は抑制剤を飲んでないから効果が出やすいんだと思う」
「すり替え?そんなコトまでして?」
「……俺は車で待機してるから、終わったら連絡して」
「終わったらって、っちょっ、おい!タケミっち!」
「ホルダーはナニをしないと生きていけないのか、知ってるだろ?千冬を頼んだ」
武道は千冬の発情が起こったのを見届けると流星に千冬を託して部屋を出ていった。
パタンっと優しい音が、虚しく部屋に届いた。
流星の腕の中で千冬はなおも苦しそうに胸を押さえていた。病気などの苦しみでないと分かっていてもやりきれない部分がある。流星は千冬のスーツの上を脱がせて体を抱え上げ奥に設置してあるベッドに運んだ。トサッと優しく寝かせて靴を脱がせる。締めていたネクタイとシャツのボタンを三つほど外して首元を緩めてやった。
フッとほのかに甘い香りが鼻先を掠めた。
流星の鼓動も幾ばくか早まり出した。原因はホルダーの発するサキュバスを誘惑する香りだった。しかし先日場地と居た時よりかは随分と弱々しい香りだった。
「甘い……これ、ホルダーの香りだね。千冬、やっぱり君は……」
流星は千冬の発する香りに誘われるようにユラリと千冬に跨った。
「……りゅっせ……だめ、だ」
自分に跨る流星に千冬は恐怖を感じた。虚な瞳に映った流星は千冬の上でスーツの上着を脱ぎネクタイを外した。
「千冬、俺がケアしてあげるから……」
流星は千冬に覆いかぶさり、千冬の肩口に顔を埋めて首筋にキスをした。
「やっ……はぁはぁ、やめ……ろ」
千冬は流星の肩を押し返そうとしたが力がうまく入らなくてビクともしなかった。代わりに流星に腕を攫われ頭の上でベッドに一つ手に纏められた。
「んっ……ン」
そのまま千冬は抵抗できぬまま流星に唇を奪われた。優しく重なり下唇をキュッと吸われた。痺れて動かない身体に追い討ちをかけるように電気が流れた様だった。ビックっとして跳ね除けられない。抗いたい逃げたいのに、ホルダーになりつつある自分の身体が意思に反して本能的にサキュバスのケアを求めて体が疼き、重ねるだけのキスでは足りないと千冬は小さく口を開き舌を差し出した。それに気づいた流星はすぐさま遠慮なく千冬の舌を掴まえて絡めた。
「ふっ……ン、んぁ……」
クチュ、チュッとまるで恋人たちがするような深い口づけの音がぼんやりとする千冬の頭に響いた。
だめだ……。イヤだ。
こんなのは……。
千冬の頭が拒む自我とケアを求めるホルダーの意思との間で揺れた。
千冬の発情の香りに充てられた流星は次第に理性が薄れラット状態になりつつあった。半ば噛み付く様に激しく口づけ、千冬のシャツをズボンから引き出してその中に手を差し入れ肌に触れた。ビクッと千冬の背中が跳ねた。
「あっ……や、だめ……」
流星がスルッと肌を撫でながらシャツを上に捲り上げた。抵抗したいが未だ頭上で束ねられた腕は抵抗虚しくピクピクっと震えただけだった。
曝け出された肌の上を空気が滑る。千冬はぎゅっと目を瞑り顔を背けた。それを愉しむ様に流星は千冬の耳元で囁いた。
「俺は、見合い相手、結婚するかもしれない相手が千冬って聞いて嬉しかったよ」
「……なに、言って……あっ、はぁ……はぁ」
「仲良くしよーよ……俺に、ケアさせて……」
「や……め……ぅんっっあっ、りゅ……んっ」
流星は千冬に口づけをしながら、千冬の手を捕らえていない方の手で千冬の乳首に触れた。空気に晒されていたからか、小さいながらに硬くしっかりと主張しており指の腹で何度か擦ってやるとツンっと更に誇張した。ソレを優しくクリクリと摘んでやるとビクビクっと千冬の背中が震えた。自分に不必要な場所の快楽を教えられるようで、知りたいような知りたくないような。混乱している今の状態は与えられるものを拒める術を持ち合わせていなかった。
ただ、頭の奥の方に押しやられた僅かな自我が叫んでいた。
場地さん!
流星は千冬の肩口に顔を埋めると首筋をぺろっとひと舐めしてからキュゥッと吸い上げた。そこに小さな紅い痕が残った。そしてもう一つと増やしていく。
首を攻められる事で千冬はある不安でドキドキとした。
「くび……やめて……噛まないで」
千冬は知らず涙が溢れた。
イヤダ。
コワイ。
ぎゅっと目を瞑っても涙がポロポロと流れた。
「首?……頸だろ?まだ噛まないよ。不安定なんだから番にはまだ早いだろ。でも、今日のコレで確定するかもね?今のうちに予約しとく?」
流星は千冬の頸をスルッと撫で、そしてその手を下に下ろし千冬の尻をひと撫でして囁いた。
「千冬の淫紋見せて?」
そう言ってから千冬のズボンのベルトに手を掛けた。
カチャカチャッとベルトが外される音がして、ウエストの締め付けが緩んだ。ビクビクっと千冬の腹が緊張で上下する。
「やだっ、やめて……ばじさん!……」
「……え?……なんて……?」
「えっ?……あ……」
あまりにもの不安に千冬は無意識に場地の名前を口にしていた。そのつい出た名前が流星のよく知っている人物だったのでそれを聞いた流星は一瞬で体が凍った様に冷たくなっていくのを感じた。
力を無くした流星は千冬の腕を解き体を起こし千冬から降りた。
「ばじって、もしかして、場地圭介?」
「……なんで知って」
「……千冬。手を出しておいて悪いけど、一旦この話はストップさせて」
「流星、場地さんを知ってるのか?」
「……中学の……同級生だよ」
「そんな……」
まさかの繋がりに千冬も驚いたが、何より驚いたのは流星の方だった。昨日話していた場地が堕としたい相手。少しは気にしてくれたっぽいと話していたのはまさか千冬のコトなのではないか?っと一瞬で判断した。ならば今ここで止まらなければ大変なことになるだろう。流星の長年の勘と感覚が危険信号を出していた。