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    ヒロ・ポン

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    ヒロ・ポン

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    大変!本部の空調が死んだ!

    冷房事変その日、賭郎本部から人が消えた。

    「ねえ、なんで俺たちだけ残ってるわけ」
    「賭郎の建物から持ち出せない仕事してるから」
    只今賭郎本部は灼熱と化している。トラブルにより全館の空調が止まり、機材からの放熱の逃がしと冷却になけなしのリソースが割かれているため、自力でなんとかできる人間は二の次となった。
    「ここら一体が全部停電してるんだよ。しょうがないけど、どうして変電所で爆発が起きたんだろうね」
    「物騒な国でしてよ…」
    賭郎本部とはいっても外から見れば一般商社ビルに偽装されており、このビルだけトラック複数台を招いての電力供給をするというのもあまりに不自然だった。
    それならばと本部にいた人間には解散命令を出し、各自帰宅や他の関連施設での業務に当たらせることになった。
    「こうなったらさあ、立会いに出てる人たちが羨ましくない…?」
    「南方立会人は今朝まで鹿児島の離島、銅寺立会人は明後日までサイパン、門倉立会人は栃木の岩船山で爆破の仕掛けをしているよ」
    「最悪じゃん!北海道とか行きなよ!」
    「そんな事言われても…」
    2人のデスクが並べられた急ごしらえの執務室は遮光・遮熱カーテンを閉め切り、氷室から取り寄せた氷の柱が立ち、その向こうにはアナログにも扇風機が並んでいた。
    「普通の仕事じゃないから喫茶店でサっとやるのが無理なのはわかるけどさあ、キッツいな~…」
    「ため息つくのやめてよ。呼気で室温上がるじゃん」
    「俺の事牛だと思ってる?」
    やあやあと口で揉める二人に夜行が苦笑する。「では」と掛けられた声にぎくりと二人の肩がこわばった。
    「コーヒーには体温を下げる効果があると言います。百鬼夜行でも冷たいコーヒーの注文が増える季節で…」
    じりじりと近づいてくる夜行に二人は思わず肩を寄せ身構えた。その手にまだカップもポットもない事を確認し、二人そろって「真鍋立会人!」と叫んだ。

    「何かな」
    ヌ、と巨大な氷の柱の影から姿を現した真鍋は三人の間に立ち首をかしげる。そこに立っていたということはこの部屋の誰よりも涼しい場所にいたということである。
    「アイス食べに行くよ」
    先に席を立ったのは創一だった。それに真鍋が付いて行き、こうしてはいられないと貘も続こうとした。
    が、立ち上がろうとした貘だったが、ぐんと何かに引っ張られてまた椅子に戻ってしまう。
    引かれた腰のあたりを恐る恐る触れると、椅子の背もたれの根元と腰のベルトがタイラップでがっちりと繋げられていた。
    「あっナニコレ!おいハル!おーい!」
    「じゃ、行ってくるね」
    背後から聞こえる悲鳴を無視し、創一は真鍋を伴い執務室から出ていった。

    「あれ、まなべどっかいくの?」
    うちわで自分を仰ぎながらロビーの水槽を眺めていたマルコがいた。一見涼しそうな風だが汗で髪が張り付いている。
    「マルコ、もっと涼しいところに居ればいいのに。自販機も今は止まっているよ」
    「うーん、外を歩きたくないから…梶が水筒くれたからこれを飲んでいるのよ」
    水筒、といって出されたのはどう見てもウォータージャグだった。ホテルで作業をしているらしい梶が本部に行くと言ってきかないマルコに持たせたのだと言う。
    三人の根城のホテルの事を想い、あのホテルの厨房で麦茶が作られる事ってあるんだ…と顔を見合わせた。
    「マルコもアイス食べに行かない?真鍋立会人が車を出すよ」
    「いく!…けど待ってね!」
    マルコは首から下げていたボタンが3つしかない携帯でどこかに電話を掛けた。

    「もしもし梶?マルコ、アイスたべてもいい?」
    保護者への電話だった。
    『アイス?コンビニにいるの?』
    「ううん。創一と真鍋がアイス行くって」
    『どっかお店に入るって事?創一さんって仕事終わったのかな』
    痛いところであった。噴き出した真鍋の足を踏みつけてやりたいところだったが、そうするのも怠かった。
    『いいよ。こぼさないようにね』
    「ありがと梶!」
    はいはい、という声が漏れ聞こえ通話が終わった。マルコは捲っていたTシャツを戻し、ウォータージャグを抱えて立ち上がった。

    創一はウォータージャグを抱えるマルコから麦茶を一杯貰いつつ、真鍋の運転で本部を脱出した。
    目的はもちろん、アイスである。
    ほどなくして到着した独立店舗型のショップは人でごったがえしていた。そこに男三人で乗り込むのだからそれはそれは悪目立ちをする。
    「来たはいいけど、こういうの初めてなんだよね」
    「私もだ。これは暑いから混雑しているのか…」
    「しらないの?今日は31日だから人がたくさんいるのよ」
    ほら、とマルコが指す先にはサービスデーの告知ポスターがあった。道理で…と頷く二人に不意に小さなスプーンが差し出される。
    「よろしければご試食どうぞ~」
    三人はメニューを受け取りながら店舗の隅に寄りピンクの匙を咥えながら人の波を眺めた。
    「これは?食べた事があるのかいマルコ」
    「それはパチパチする。こっちはザクザクする。おおきなオレオが入っていたら当たりよ」
    「当たりはずれの概念があるの?これは?」
    「そっちはすっぱい」
    「すっぱいのかあ」
    さては結構来ているな…?という視線に気づかずマルコは二人に味のアテンドを続ける。
    「でも今日は二段にしていい日なのよ。二個えらぶ」
    「二段か…取り合わせが難しいな」
    三人は自分たちに注がれる視線も無視し、真剣にアイスの組み合わせを選んだ。

    アイスケースに貼りつくマルコを適宜剥がしながら不慣れな注文をする。
    誰がどれを頼んだかが分からなくなり店員と共に混乱したりもしたが、盛り付けられるアイスを見て「合ってる」「合ってた」と口々に言いながら眺めた。
    「財布よろしく」
    ああ、と言いつつ真鍋は胸のポケットを叩く。「あ」と言いながら取り出されたカードケースに店員が「現金のみでして…」と申し訳なさそうに声をかけた。
    「…すまない、手持が今カードしかない」
    創一は自分のポケットを叩くが、執務室から逃亡したそのままなので財布は入っていない。
    一瞬時が止まったが、後ろからついてきていたマルコは二人を追い越してなんでもないようにレジに向かう。
    「マルコが出すよ~」
    シャツの中から出て来たアンパンマンの首下げポーチから諭吉が一人出て来た。
    「…マルコ、50円で全てが解決できると言っていたらしいのに、どうしたんだいそれは」
    安心したようにアイスを完成まで持って行った店員がマルコから金を受け取る。マルコは釣銭を受け取り、アイスを二人に差し出した。
    「このあいだ南方と門倉と野球の結果を予想したらマルコが当たった」
    さらりと出た違法賭博の報告に、二人はもう何も言わなかった。

    炎天下だと言うのに女性客たちはアイスを受け取るとすぐに外に流れていく。これ幸いとイートインを陣取り、久しくまともに浴びていなかった冷房のすばらしさを堪能した。
    「真鍋のアイスどう?クッキー当たった?」
    「今の所小粒ばかりだ…けど悪くない。」
    「これ、どういう仕組みでパチパチしているの?炭酸ガス?」
    「マルコのちょっとあげる」
    「ああ、交換しよう…」
    朝の天気予報では真夏日だと言っていたのに。窓の外は猛暑としか言いようがない。予報用語が改められたというのも頷けた。
    「しかし本部の空調はいつまでああなんだ。その、手を回せばいい話では?」
    「マルコもそうおもう」
    「…できない訳じゃないけど、どこの業者も一般家庭への対応でパンクなんだってさ。賭郎がもっている電力供給の設備も一般企業のものに手が回っているにすぎないし、貘さんがね、ご家庭を優先させろって」
    「貘にいちゃんえらいね」
    ね、と求められた視線に真鍋も頷いた。

    「まあ、そろそろ捕獲部隊が来るからギリギリまで涼んでいこうよ」
    そう言うのが先か、音が先か、遠くからバイクの音が聞こえて来た。
    「って、もう来た…」
    創一は空になったアイスカップをテーブルに置いてソファーに背を預けた。

    軽と自転車ばかりの駐車場に黒のハヤブサが走り込んでくる。
    するりと駐輪スペースの空きに入ったそれには、黒いスーツの男が二人乗っており、それに気づいた店内がややざわついている。
    「”判事”は今日はハヤブサなのかい」
    「いつものはこの間クラッシュしたから、代車。ねえマルコ、クレープも買って」
    「ん、いいよ!」
    マルコと創一はメニュー片手に席を立った。そしてその時ちょうど、フルフェイスのメットを小脇に抱えて南方が店内に踏み込んできた。

    「創一様…お見事な脱走で…」
    「汗だくだよ南方さん。顔も怖いし女の子達が泣いちゃう。」
    勘弁してください、と南方は真鍋から差し出された紙ナフキンで額を拭う。そして先んじて駆け込んできた南方の後ろから棟耶も現れ店内の空気が戸惑いのそれになった。
    「汗すごいね。なんぽもたべる?」
    「あ…いいな…流石に暑くて」
    出入口を棟耶が塞ぎ、滝のような汗を流す南方はふらりとマルコと創一の方に寄った。マルコがメニューを広げて見せたが、棟耶が一歩前に出て南方の襟を掴んだ。
    「…いや、お前は食べるな。お前とタンデムするとバーストしないか心配になる」
    「そこまで重たくないですよ!」
    そんなやりとりをは無視した創一にメニューを持たされた南方は「選んで」の一言の圧にメニューを熟読し始める。
    「創一様、本部の空調は復旧の目途が立ちました。今すぐにとは行きませんが夕方までには手が入るでしょう」
    「じゃあ夕方までここにいる。僕の仕事はほとんど終わってるんだからいいでしょ」

    創一は注文に向かわせていたマルコから自分のぶんのクレープと、南方のぶんのアイス、それからシェイクを受け取る。
    「はい、賄賂」
    手渡されたシェイクを一瞥し、棟耶は真鍋のいる座席に黙って足を向けた。

    *
    「ねえ、ここってカタギの店だよ?」
    それから少しして貘もそこに合流した。滞在時間は一時間も経っていないが店内の人の波はすっかり入れ替わっている。
    「南方、お前何しとる」
    「お屋形様がええと仰ったご相伴にあずかっとるんじゃ」
    すっかり冷房で持ち直した南方を見下ろし門倉は嫌味に笑う。
    「門倉さんも食べなよ。日中暑かったでしょ?送ってくれたし好きなの選んで」
    「しかし…」
    「梶ちゃんにも持って帰らないとな~もう今日はみんな本部には戻ってこないだろうし、俺とマルコのお持ち帰りも入れて…いくつかな~」
    ハァ、と思わず出た門倉のため息に特に効果はない。貘は自分の周りからその眩しさに後ずさり割られた海のごとく女性客が離れていくのを気にも留めずアイスケースを覗き込んだ。


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