みちしるべさて、どうしたもんかね。
手の中にある手紙をくるり、とまわし、ケンは考えた。
お手紙、そういって過言ない大きさの薄く汚れた薄茶色の封筒は、年月を経たような年期を帯びている。後ろは蜜蝋で閉じてあり、これまた年代を感じさせた。今時、蜜蝋でなんて使うかね。
送り主の名前はなし。
どう考えても怪しい。
しかし、それは間違いなく、ケンに当てられたものであった。
もう一度、手紙の正面を見る。そこには懐かしく忌まわしい、故郷の言語の筆記体で『兄さんへ』と書かれていた。
「不思議だねぇ。弟くん、何か新しい能力にめざめたのかい?」
Y談のおっさんが飲んでいた酒を置いてひょいっと手紙をとり、高くあげた手からそれをはなす。手紙はひらひらと舞い落ち、屋台の机へと着地した。
まさしく、こうだ。
この小汚ない手紙は、何の前触れもなく、屋台で連れだって飲むY談おじさんとケンの上から降ってきた。不思議に思いすぐに回りを見渡したが居るのは自分達と屋台の親父くらいで、二人とも何も知らない。加えて此方を向いていた親父曰く、だいたいケンの頭上10センチ上から現れたらしい。
まさしく、何もない空間から突然降ってきたのだ。
書かれた文字について何も話していないのに、弟と出したY談おじさんに、本当にどこまで知ってるんだか、空恐ろしいおっさんだぜ、とケンは思ったが何も言わずに手紙を拾い上げた。
故郷の文字を知り、使い、自分を兄と呼ぶのであれば、送り主はたった一人だが、それもどうも釈然としない。今はデジタルの時代で、言いたいことがあるならRIENなり電話なりできるだろうに、なぜ手紙なのか。自分達、吸血鬼は何の前触れもなく超自然的な能力に目覚めることがある。畏怖高めな攻撃能力もあれば、使いどころが分からない、どころか意味不明な変態能力なことも多い。ここ新横浜で起こる事件の大半はそんな能力によるものだ。
Y談おじさんの言うように弟が突然新しい能力に目覚めたのだとしても、おかしなことではないが、しかし、手紙とは一体何の能力か。ただでさえ噛んだ相手をビキニにするという良く分からん能力のくせにこれ以上謎をふやさないで欲しい。
考えれば考えるほどドツボにはまったようで、ケンはとりあえず、手紙の封をきることにした。手紙ならば、中身を読めばおおよそ分かるであろう。
懐かしい蜜蝋の感触、それを横に割いて口を開けると封筒と同じ色の便箋が内に折られて入っている。取り出し、かさつくその紙を開くと、宛名と同じ故郷の筆記体が短い文章を彩っていた。