#1 君のことが好きすぎる!「気をつけー、礼」
「さよならー」
「今日走り込みだってよ」「うわだる」
「部活休みだから駅前遊びに行かない!?」「マジ!?いこいこ」
号令が終わるとガタガタと椅子を机の上に乗せて、多くのものは部活に向かい、掃除当番は少しだけ面倒くさそうな顔でホウキを取り出している。かくいう俺は文芸部で、部活は今日は休み。
そして今日は掃除当番のはずだったが、この前用があるという友達の当番を変わってやったから今日は家に帰ってやりたいゲームも、見たいアニメも、読みたい小説も沢山ある。早く帰らなければ。
何も無いとそそくさと帰ってしまうため、いつも周りからは「いつの間に帰ったの?」と言われてしまう。
仕方ない。時間は有限であるのだから。
ほかの文芸部の仲いいヤツと帰ることもあるのだが今日は生憎図書室に用があるらしい。高校に入って初めてのテスト前だし、仕方が無いのかもしれない。
自分の名前が書かれた下駄箱を開けてローファーを取り出す。まだ通い始めて約2か月、まだピカピカな上履きを置いてローファーを履いてつま先でトントンと軽快な音を立ててから歩き始めるとなにか荷物を持った男子生徒に身体がぶつかってしまった。
「あっ、すみま……」
その拍子に彼の鞄が床に落ちてしまう。
バサバサバサッ……
彼の鞄から出て来たのは大量の写真と思われるもの。見間違いかと思ったが、確実にどの写真にも、俺が写っていた。
「えっ何でここに!!今日は掃除当番のはずじゃ、」
「前の友達の掃除当番代わったから。てか何で知ってるんだ、お前誰?」
そう言って呆気に取られながらも写真を拾おうとするとものすごい勢いで奪い取られ、胸に抱き抱えてどうにか隠そうとする。
「これは、その違くてっ……」
そのはずみで彼のつけていたイヤホンのコードが抜ける。
『ファルガー、初めてのテストでそんなに余裕かましてて大丈夫か?』
『ヴォックスと違って努力型なんでな』
『口ではなんとでも言えるな』
聞き間違えでなければ俺とヴォックスの会話だ。今日の昼休みに1個上の兄と話した時のものだと思う。
彼はもう諦めたような、絶望したような顔をして俯いていた。
「それ、俺の声か?」
彼はびくっと肩を震わせると口をパクパクとさせて、また俯いた。
驚いた。自分にもまさか、所謂ストーカーと呼ばれるものがいたなんて。口振りと制服、鞄や上履きからすると同じ1年生だろうか。
「……とりあえずあそこに座って話そう」
「……うん」
正面玄関から出た所の少し離れたベンチを指差すとおずおずと彼は頷いた。ストーカーとはこんなに腰が低いものなのか?と少しばかり笑みが零れてしまう。
「お前は俺のストーカーをしてたって事でいいのか?」
お互いにベンチに腰をかけて、ストレートな質問をしてみるとビクッと体を跳ねさせてからハッキリと答えた。
「うん、盗撮も、盗聴もしてた」
「そうか」
「え、えっ、それだけ?」
「他に何かあるか?」
「だって、もっと警察に突き出すとか通報するとか、」
「お前警察に行かされた方がいいのか?」
「そういう訳じゃ無いけど、例え好きだからってその人の生活を影から覗き見て観察するなんて最低の行為だし、突き出されて当然というか……」
彼は完全にしおしおとしてしまって、こちらの顔も見ようとしなかった。なんだこいつ、客観視できてるタイプのストーカーなのか?より興味が湧いてつい前のめりになる。
「別に危害を加えられた訳じゃないし、嫌がらせでは無かったんだろ?」
「もちろん、嫌がらせのつもりじゃない。……本当に、初恋だったんだよ。」
そこから俺に惚れたという経緯を話してくれた。
「はじめは図書室で見かけた時だったんだ。なんでだろうね。ただ君は他の生徒と同じように窓辺で本を読んでいるだけだったけど、その姿になぜかすごく惹かれて。一目惚れ……だと思う。
初恋だったし、絶対に好きになって欲しかった。
でも、結局分かったのは、君は思っていた通り素敵な人で、こんなことをして絶対に君には好きになって貰えないだろうってこと。」
顔を少し紅潮させて、手を弄りながら話してくれるそれは明らかに愛情の表れで、本当にそんな感情を向けられているのが自分なのか?違う誰かなのではと思うほど強く、確実な想いを感じた。
そんなことを考えているうちに自分でもよく分からないが、なぜか口が動いていた。
「まだ嫌いなんて言ってないだろ」
「……は?」
「別に好意を持たれることは嫌ではないし、ストーカーした事を後悔してるみたいだし、ちゃんと俺のことも考慮しててくれたみたいだし、実は結構好印象だ」
これは本心である。確かに盗聴や盗撮は好意を伝える手段としては間違っているだろうがここまで反省して、俺の事を考えてくれているのだとしたら、どちらかと言えば嬉しいという感情の方が強い。
そういうと彼は慌てて話し始めた。
「だって俺はストーカーで、」
「だからそれはもう良いって言っただろ?」
「でももしかしたら反省してる演技かも、」
「もしそうだったら見抜けなかった俺のせいだ」
まだ俺の言葉に疑問があるのだろうか心配そうな顔で何度も俺の顔を見ては目をそらすのを繰り返す。
「だからさ、まずは友達から始めようぜ。名前は?年や組は?お前は俺をよく知ってるだろうけど俺はお前を何も知らないんだ。」
微笑みかけてやると彼は顔を真っ赤にして答えた。なんだ、やっぱりかわいいとこがある。
「浮奇ヴィオレタ、同じ1年で隣のクラス、2組だよ」
「俺の事はなんて呼んでた?」
「……引かない?」
「約束する」
「……ふーふーちゃん」
「はは、それかわいいな。じゃあそれでいいよ」
「えっ気持ち悪くない?」
「大丈夫、これからよろしくな、浮奇」
すると彼は口元を綻ばせて、至極幸せそうに「うん」と返事をした。
なんだか不思議だ。こんな縁もあるもんだな。これからこいつとどんな関係になるのかなんて分からないけど、なんとなく、いい方向に転がる気がする。そう思わせてくれるほどにはこいつの笑顔に力があったのだと言えるだろう。