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    みゃこおじ

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    みゃこおじ

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    【カクイザ】孤独な王の帰還

     施設で育った身寄りのない子供達の行く末なんて、幸せなものではない。18歳になれば無情にも何の後ろ盾がないまま世間に放り出され、孤独で、路頭に迷うような人生を送る。ひとりで生き延びていくのはかなりの労力必要で、児童養護施設という牢獄に似たような場所は、大人になってしまえばどれだけ安息の地だったかということを身にしみて痛感する。
     かくして、自立して大学に進学したり、就職したりする孤児もいる中で、鶴蝶のように闇社会にその身をおく他に生きる術がない孤児もいる。黒川イザナという頭を失い、天竺は事実上解散した。鶴蝶以外の幹部は多数の死傷者を出した、後に関東事変と呼ばれる抗争の落とし前をつけるために逮捕され、奇跡的に一命をとりとめたものの、鶴蝶は帰る場所も、頼るべき人も、一度に失った。
     施設を去った鶴蝶は、まだ14歳になったばかりだった。見てくれがどれだけ大人びていようとも、ひとりで生きていくには幼すぎた。一度、闇社会と関わりを持てば、そこから連なる負の連鎖を断ち切ることは難しい。結局、頼るべくは天竺を通じて知り合ったヤクザや暴力団しかなく、どんな汚い仕事も引き受けて、自分の身を守り、生計を立てるしかなかった。
     鶴蝶にとってイザナはヒーローであり、憧れだった。唯一無二の存在といってもいい。イザナに死ねと言われれば死ぬ覚悟もあった。それくらい、イザナに心酔していた。施設でイザナに出会ってから、鶴蝶が映し出すモノクロの味気ない風景は極彩色に彩られた。
     イザナの死は、鶴蝶から生きる意味を奪ったに等しかった。あの時、どうして自分だけ助かってしまったか、神なんて信じていないのに、全知全能たる神を恨むことしかできなかった。イザナと共に黄泉の旅路を謳歌できたらどれだけよかったことだろう。絶対にあの手を離さないと誓ったのに、指と指の間を滑り落ちる砂のように、イザナの細身の指が、鶴蝶の手から滑り落ちていった。
     イザナはお前は生きろなんて言わない。傲慢な王は、お前の命はオレのものだと常に鶴蝶に言いつけて、鶴蝶は頭から爪先まで、細胞のひとつまでイザナの所有物だった。しかし、イザナは鶴蝶を庇って死んだ。それに対して、鶴蝶は自分の存在意義に疑問を抱きつつも、少しだけ安堵していた。イザナが何も考えずにゆっくりできるなら、行き着く先が死でも構わないと思っている。
     しかし、生きている意味が見出せなかった。鶴蝶の代わりはいくらでもいる。イザナが玩具として気にいるか否かは別として、イザナの手足となって動く兵隊はたくさんいるはずだ。しかし、王はいない。選ばれた人間だけが座ることができる玉座は、未だに空席のままで次世代の王が誕生するのを待ち侘びているはずだが、鶴蝶にとってはイザナ以外の王は考えられない。
     鶴蝶は末端構成員の真似事をしながら、日々雨露を凌げる場所を転々としていた。根無草のようにその日暮らしをしていたというのに、ある日、鶴蝶の前に見知った男が現れた。お前にプレゼントだと嗤った三白眼の男は、どうやら鶴蝶が仕事を請け負っている暴力団と繋がりがあるらしい。彼は鶴蝶に仕事の内容を告げると、小さなボストンバッグを手渡して去っていった。
     その中には大判の風呂敷に包まれた骨壷が入れられていた。誰のかなんて聞かなくてもわかる。どうやって手に入れたのかは知らないが、ありとあらゆる界隈に太いパイプをもっているあの男なら、無縁仏の遺骨を手に入れることなんて造作もないことなのだろう。もう二度と会えないと思っていた、唯一無二の王の帰還である。
     冷たい骨壷に、イザナの体温を感じることはできないし、彼の声を聞くこともできない。ただ、ひとりぼっちで眠ることを嫌ったイザナと一緒に眠れることが嬉しかった。眠くなれば鶴蝶を呼びつけ、枕にしたことは数えきれない程ある。ベッドを共にし、先に起きて支度をしていれば不条理に殴られたこともあった。
     笑った顔も、怒った顔も、不機嫌な顔も、気分の浮き沈みが激しかったイザナの表情ひとつひとつが蘇る。骨壷を抱きながら、鶴蝶は初めて泣いた。声をだして泣き叫んだのは幼い頃以来かもしれない。もうイザナはこの世にいないとはわかっていたが、小さな窮屈な箱に詰め込まれ、ようやく実感が湧いたような気がする。
     夢を追い続けた意識の強い紫苑の瞳、気まぐれな猫のようなしなやかな体躯。鶴蝶よりも体も小さく、ガリガリに痩せていたというのに、長い手足から容赦なく繰り出される斬撃は剣よりも鋭く、斧よりも重い。鶴蝶が勝てたのはベッドの上だけだったが、イザナが自分自身を解放できた唯一の時間かもしれない。
     孤独な王よ、安らかに眠れ。この命は一生お前のものだと、鶴蝶は骨壷に顔を埋めた。
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