春になると、とある界隈で桜の花に攫われるという表現をよく目にすることがある。その中ではきまって桜は全体的に色素の薄かったり、儚げな人間を好んでいる。だから住人でいうと髪色的に理解やテラ、生命的に弱そうな大瀬とか依央利だと思う。タナトスよりエロスな天彦は論外。それと慧も違うだろ。小柄で髪はピンクだけど、桜の色よりも彩度は高いし、原色の服を着た日に焼けた肌の男だし。それにうるさい。これは大瀬と俺以外の住人全員に当て嵌まるな。髪色的に違う気もするけど大瀬、リーチかも。今度死に方として提案してみようかな。死因、桜に攫われて。面白いかもしれない。でも攫われる=死、という訳ではなかったりするのか?
「──、ふみや!」
「え? あ、何?」
急に隣から呼びかけられて思考の海から浮上する。少し下から睨みつけてくるツリ目は上目遣いなんて可愛いものじゃない。
「何じゃねえよ! さっきからシカトかましやがって。オメーから誘ってきたクセに」
「その言い方さ、ちょっとエロくない?」
「エロくねぇ。天彦みてえなこと言うのやめろ」
ちょっと笑った。ら、さっきよりムスッとして口を尖らせた慧と俺は今、二人きりで夜桜を見に来ている。夜間の外出を許さなそうな理解にバレずこっそりと抜け出すのが意外な程上手くいったのは、もしかするとテラか天彦が勘付いて手引きをしてくれたのかもな。
想像していたよりひと気のない遊歩道で立ち止まる。
咲き誇る桜を邪魔するように風が吹いて花弁を散らしていく。夜になるとまだ少し寒い。
「慧みたいな色してる」
「は?」
ピンク色の提灯によって幻想的にライトアップされた桜は慧の髪色にそっくりだった。なんで。わざわざピンク色にしたんだろう。写真映え?
「攫われちゃうな」
「何言ってんだ、お前。んな奴いたら俺がブチのめす!」
ぐっ、と拳を握り込んだ慧に首を横に振る。
「人間じゃなくて。桜に攫われたらさ、どうなると思う?」
「はぁ〜? アレか、桜の下には死体がどうこうっての」
「あぁ、それに繋がるのか。そしたらここ、墓地と同じくらい死体が埋まってることになるよ」
「や〜め〜ろ〜!!」
元はと言えば自分で言ったことなのにキレていて、そういえば慧は怖い話が苦手だったのを思い出した。
「あっ、慧、あれ……」
「な、なんだよ!?」
あきらかにビビっている慧を揶揄いたくなった俺は視線を泳がせた後、意味深に口を噤んだ。
「ちょ、おい、なんだよ? ふみやぁ!」
俺の胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶる必死の形相に笑い出しそうになる。少しやり過ぎたかな。
「……なぁんちゃって〜。髪に花弁付いてるの気付くかなって」
髪に付いた花弁を摘んで捨てる。灯さえ無ければ白に近い薄紅とビビットピンクで、二色はこんなにも違う。
「ふざけんな! 普通に言え殺す! そこで養分になってろバカ!」
そう言って俺に背を向けて八歩先を歩く。怖くなったのか急にピタリと止まると後ろを振り向いて俺の元に戻ってきた。
「そもそも桜に攫われるとかマジ意味わかんねーけど、お前が他のヤツにどうにかされんなら先に俺が攫ってやる。ま、そんな物好きいねぇだろけどな」
今日一番の笑みでとんでもなく熱烈な口説き文句を言った当の本人は何ひとつもわかっていないのが、本当に。狡いな。