足音が部屋の前で止まった。コンコンと軽いノック音に今夜も来やがったな、と眉間に皺を寄せる。部屋の主人である猿川が応えるより先にふみやがドアを開けて無遠慮に部屋に入る。
「勝手に入ってくんなって」
ソファーでスマホを弄りながらくつろいでいた姿勢を変えないままふみやを睨んだ。
「あぁ、お邪魔します? それじゃあおやすみ」
「オイッ! 俺より先にベッドに入んな!」
ふみやが猿川の部屋に訪れ、眠ることは今まで何度もあったが、昨日も一昨日もその前も、今日を含めると一週間連続という事になる。最早勝手知ったる他人の家ならぬ勝手知ったる他人の部屋だ。躊躇なく猿川のベッドに潜り込み、眠る体勢を整えようとモゾモゾと身を捩る。暫くして丁度良いポジションを見つけたのか静かに目を閉じた。
あとは眠気に従って眠るのみ、と寝る準備万全の姿を見た猿川は舌打ちを一つしてソファーから立ち上がった。床に落ちているCDを踏まないように避けて歩く。ベッドに片膝を乗せるとギシリとスプリングが軋む。
「もっと端で寝ろ。せめぇんだよ。俺が寝れねえだろ」
「慧」
普段以上に眠そうな目を開いたふみやは仰向けだった姿勢を横に、壁にぴたりと背中を付け、空いたスペースに寝転がった猿川をまるで抱き枕にでもするように抱きしめた。
「重いしあちぃ。離れろ」
「まあまあまあ。……それにしてもやっぱりベッドはいいな」
「は? ベッド目当てで来てたのかよ」
「違うけどたまにはソファー以外で寝たい」
「大瀬みてえに寝袋買うか理解みてえに布団買え。つかお前どこでも寝れんだろ。リビングでもよく寝てんじゃねぇか」
「うん。基本どこでも寝れるからソファーでいいよ。ベッドで寝たかったら慧のとこで寝るし」
「いや買えって。邪魔なんだって」
「いいじゃん。そんくらい。慧と俺の関係って何? 付き合ってるよね?」
ジトっとした半目で見つめてくるふみやに猿川は呆れて鼻で笑った。
「メンヘラの女か? それか眠いとぐずるガキか?」
「違うけど」
「ガキはあってんだろ」
首をふみやの方へ傾けて鼻先が触れ合いそうなほど距離を詰めた。唇と唇がそっと触れ合う。ふみやがよくする宥める為の誤魔化しのキスを猿川は真似していた。唇が離れていく。違うシャンプーの香りが混ざり合い、ついキスの先を欲してしまう。
「慧。ねぇ、」
「オラッ!」
額同士がゴツと鈍い音をたてる。
抱きしめていた腕を離したふみやは額に手を当てて目を丸くした。
「え、何? なんで?」
「なんとなく。頭突きしてぇ気分だったから。これが嫌ならもう寝にくんな」
得意気に笑みを浮かべて言い放ち、寝るから話しかけるなというオーラを出しながらふみやに背を向ける。
徐々に呼吸が寝息に変化していく身体をぎゅっと抱き寄せた。
「どこでも寝れてたのに抱き枕がないと寝れなくなったりして」
ハハと他人事みたいに笑ってまぶたを閉じた。