智者の語らい「報告ご苦労さま」
懸案事項の報告を終えた青年をナヒーダは労った。これ以上聖処に留まる必要性はないと判じた彼は、立ち上がる前にカップの中身を空にしようと持ち手に指をかける。
「収穫は得られたの?」
「報告書以上のことは、なにも」
終わったはずの話への問いに、青年は間髪入れずに答えた。返答を受けたナヒーダはあら、と声を上げる。
「それなら、アアル村の視察に関して予算や日程の違和感を指摘しようかしら」
優しすぎると言われた神にしては珍しい話の運び方をする。何を話させたいのか、とその真意に思考を巡らせながら、青年は当たり障りのない返事を作った。
「砂漠の旅において安全係数を考慮するのは当然のこと、監査を入れたところで時間の無駄になるだけでしょう」
「ええ。けれど、恋人に仕事の依頼をしたというのは人々の邪推を招くことができそうだわ」
青年の手が持ち手から離れた。いい子ねと笑うナヒーダが、収穫は、と同じ問いを繰り返す。
「……個人的な収穫は上々だった」
意図は読めたが方向が確定しない。深意を探るように最小限の言葉を返せば、ナヒーダはにこりと微笑んだ。
「それだけで十分よ。ありがとう」
あっさりと引いたナヒーダが、両手を組んで胸の前に置く。
「——私は、小鳥を籠に閉じ込める残酷さを誰よりも知っているつもりよ」
青年が机の上に放っていた手に力を入れた。ナヒーダは構わずに言葉を続ける。
「けれど、鳥が自らの意志で籠に入り留まることを決めたなら、それは鳥にとっても籠を用意した人にとっても素晴らしいことだと思わない?」
クラクサナリデビがゆっくりと目を閉じ、そして開いた。平生より明るい瞳が緩やかに細められる。
「金色の渡り鳥はスメールを終の寄す処に夢見てくれた。もしあの子がその選択をしたら、この知恵の国、草の国は喜んで渡り鳥を迎え入れるわ」
鳥籠の装飾は美しいものにしなくてはね。あなたも用意を手伝ってくれる?
神意を知らされたアルハイゼンは手から力を抜いた。
「幼い頃そういった童話を読んだ記憶がある」
「知っていたのね。私は最近あのお話が大好きになったの」
そうか、とアルハイゼンは答え、適温から離れた茶を飲み干す。
「俺はその話に好悪を感じたことはなかった」
「あなたらしいわね。今は違うのかしら?」
「勿論、非常によくできた話だと感じている」
お揃いね、と言って閉じられた瞳が再び開く。平生と変わらないナヒーダの瞳が机の上の菓子に向いた。
「……あまり菓子を食べすぎるのはいかがなものかと」
心にもなさそうな声音で告げられた言葉に、ナヒーダはたいそう楽し気な笑い声を立てた。