心拍数「おいリアス外回りいくぞ」
「おう。」
ミスタがダルそうにサングラスをかけて上着をハンガーからひったくる。
リアスも続いてカチューシャで前髪をかきあげた。
探偵事務所への今回の依頼は結婚詐欺。
結婚式を上げたのに籍は入れずに、ご祝儀を持って逃げられたという。
事実調査の為に結婚式が挙げられたという式場へ向かう二人。
「はー、いいとこじゃねえか」
「そりゃあ祝い金もめいいっぱい入りそうだよなぁ」
周りに聞こえないようにボソボソと会話する。
まだ俺らには縁のない場所だな、と笑い合う。
ミスタもリアスもそれぞれ片想いの相手はいるが、奥手な為に特に関係を進めることができず。
お互いちゃんと関係ができたら報告する、ということにしていた。
式場の関係者と話をするため広いエントランスのソファで座って待つ二人。
しばらくしてピシッとスーツを着用した女性のアテンドスタッフがさり気ないヒールを鳴らしてこちらに近づいてきた。
「どうも、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。」
当時の状況を嫌味のない程度に詮索する。
もちろん彼が逃げたことを悟られずに。
「素敵な結婚式だと伺ったので、どんな雰囲気だったか知りたかったんです。沢山お話を聞けてよかった。」
ニコリと外用の笑顔を向ける。
すると気を良くしたのか彼女が提案を持ちかけてきた。
「よければ彼らが挙げたチャペルを見て行きませんか?当店でも一番オススメの場所で愛を誓われたんですよ!」
二人はそこまで興味もないのだが、相手の好意は嫌でも貰っておくと今後の調査にも役立つので二人は是非、と頷いた。
「こちらです」
連れてこられたチャペルは大きな窓から綺麗に光が差し込み、幻想的な世界を創り出していた。
興味がなくとも美しい光景に惹き込まれるミスタとリアス。
するとアテンドの彼女のインカムに連絡が入る。
「あ、すみません、今から少しこちらで撮影があるようで。」
「あぁ、大丈夫ですよ、見せてくださってありがとうございました。」
チャペルを後にしようとしたその時。
「失礼致します。」
横をすれ違う、一人のウエディングドレスを纏った女性。
スタッフにドレスの裾を持ってもらって、動きにくいのだろう、ゆっくりと歩いてチャペルの中へと歩いていく。
後ろからカメラマンやメイクさんだろうか、数人のスタッフがぞろそろとチャペルへと入っていった。
ドレスの彼女はチャペルの真ん中に立つと、くるりと振り返るようなポーズを指示される。
頭についているヴェールが窓からの光を通して柔らかく透ける。
逆光のお陰もあり天使みたいだな、とぼーっとその様子を見つめていると、彼女がこちらを振り返った。
たまたま振り返った先のリアスと視線が重なる。
「・・・・・・え」
ドサリと持っていた荷物を落とす。
「おいリアス、もう行くぞ・・・って、どうした・・・?」
リアスとチャペルの様子を交互に見るミスタ。
するとドレスを着た女性はこちらに向かって手を降ってきた。
「リアス!」
「あら、お知り合いですか?」
スタッフがニコニコと話しかける。
「あ、えっと、まぁ、そんな感じ。」
リアスは正直気が気じゃなかった。
ドレスを着た女性は、片想い中の相手、光ノ祝だったから。
ドクドクと心臓の音が外に聞こえるんじゃないかと思う程うるさい。
冷や汗が頬を流れる。
何でこんなとこにいるの?
誰かと結婚、するの?
いやとりあえず、綺麗だな。
・・・相手が居るのに褒めるのはあんまり良くないか。
一人で思考が頭をグルグルする。
血の気が引いて、自分が床に立っている感覚さえも無くなる。
ゆっくりと、光ノがこちらに近づいてくる。
来るな、と思うが声も出ないし足も動かない。
「リアス、こんなところで会うなんてびっくりですね。」
ニコリと微笑む光ノは、ドレスに負けないほどに美しくヘアメイクされた姿も間近でみると惚れずにはいられないほどに可愛い。
「あ、えっと、うん・・・」
言葉を上手く発せない様子を察して、隣のミスタが声をかける。
「はじめまして。こいつの友人のミスタと言います。俺の仕事の用事で付いてきてもらったんですよ。」
「はじめまして!リアスとは大学時代の友人で、光ノと申します!お仕事だったんですね!チャペルの下見とかかと思ってびっくりしちゃった」
へへへ、と笑う彼女にも、愛想笑いしかできないリアスをミスタが肘打ちする。
ハッと我に返り、震える声で光ノに話しかける。
「あ、えっと、お前は?結婚すんの?」
「えっ!!あ!!ち、違うよ!!!そんな相手なんていないしっ!」
顔を真っ赤にさせてブンブンと手を振り否定する光ノ。
「そ、そうなの?」
それを聞いてあからさまにホッとするリアスを見てミスタはクツクツと笑った。
「友人がデザインしたウエディングドレスのモデルをさせてもらってるの、可愛いでしょ?」
腕を左右に振り、キラキラと輝くドレスをこちらに見せてくる。
「うん、可愛い、綺麗。」
「へへっ、ありがとう!」
綺麗の意味合いをそれぞれがいい具合に取り違える。
我慢できずにミスタがブフォッと声をもらして笑った。
「んだよミスタ!」
「いや、なんでも。」
リアスと光ノはきょとんとしているが、ミスタを含め周りにいるスタッフ全員が状況を察する。
「うふふ、お二人共ぜひ大切なお相手とうちのチャペルで式を上げてくださいね。」
アテンドスタッフがかなり含みを込めた一言。
「う、あ、ま、まだ相手居ないんでっ・・・おい、ミスタ、行くぞ。光ノもまたな」
耐えきれずさっとその場から離れようとするリアス。
「あっ、うん!また連絡するね!」
少し寂しそうにする光ノの表情はリアスに見られることはなく。
ミスタも軽く会釈をして、リアスが床に忘れていった荷物を持ってその場を後にした。
「おい、リアス。」
「っんだよ!」
「荷物、忘れてんぞ」
「あ。スマン・・・」
ミスタの手から荷物を受け取るリアス。
「あの子と結構連絡取ってんの?」
「・・・まぁ。月一とかで、向こうの仕事終わりとかに。」
「もっとグイグイ行ってもいいんじゃねえの」
「いや、そんな・・・迷惑かもしれんだろ」
「お前以外と保守的なんだな」
「うるせぇ・・・アイツにだけだ・・・」
ポリポリと頬を掻く。
「早くしねぇとどっかの誰かとあのドレス着ちゃうかもな」
「ックソ!煽んなよ!わかった、わかったから・・・今気づいたんだよ・・・」
「え。」
ミスタが驚いてリアスを見ると、顔を真っ赤にさせて胸に手を当てている。
まさかの、無自覚。
ミスタは口に手を当てて笑いを堪えながら、後でアイスでも奢ってやろうと思ったのだった。
その頃チャペルでは。
「祝ちゃん、結婚式のときは私が新しいドレスをつくるから!!」
「は、恥ずかしいよ・・・そんな、私が片想いしているだけだし・・・」
「私達も全力で応援させていただきます!!」
ワイワイとガールズトークに花が咲いていた。
その数年後、式場で取り扱っているパンフレットには、優しいグリーンにオレンジのレース装飾のついたドレスが新作として掲載されている。
そこにはタキシードを着てカチューシャで前髪をあげた新郎と、幸せそうに微笑む新婦が写っていた。