彩り「ヴォックスってさ、意外と俺の手のこと好きだよね?」
ディナーを終えて、まったりとした団欒の時間。ヴォックスはいそいそと俺のネイルケアにいそしんでいた。除光液を使い綺麗にネイルが落とされた俺の手。やすりを使って整えられた爪に、オイルを使って甘皮のケアまでされている。今はハンドマッサージの時間。指の長さで言えば俺の方が長いけど、手全体で言えばヴォックスの方が大きい。男らしい無骨な手から施されるマッサージは、存外優しく心地よい。ソファに身を投げ出しながら眠りにつきそうになってしまうほどだ。彼が好んで使うハンドクリームのしつこくはないが、甘く優しい匂いも眠りを誘う要因の1つだろう。マッサージが終われば、恐らく俺が塗るよりもとても綺麗に黒のネイルポリッシュが俺の爪に彩られる。週に1回のこの時間を、俺は気に入っていて寝てしまうのをもったいなく感じる。
「どうしてそう思った?」
「だって、自分のを塗る時より丁寧にやってくれるじゃん?」
「ああ確かにな」
一度ヴォックスが自分の指を彩っているのを見たことがある。必要最低限のケアはしていたが、ここまで丁寧にはやっていなかったように見える。もったいないなとは思った。ヴォックスの男らしい手、俺は好きなのに。かと言って自分がヴォックスがしてくれるように、彼にケアをしてあげることは難しいのだが。そう思うとヴォックスの手は魔法のようだ。彼の手から作り出される料理は大変美味だし、彼に頭を撫でられれば疲れが驚くほど取れたような気がする。外出中にたまに手を結べば、嬉しさで口角が上がるのを抑えられない。
「俺はヴォックスの手好きだから、ちゃんとやってよ」
「おや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
ハンドマッサージを終えて、少し休憩の時間。俺の隣に移ったヴォックスが、俺の手を取り所謂“恋人繋ぎ”をする。
「1つ言うが、俺がミスタの手のケアをするのはミスタの“手”が好きだからじゃないぞ」
「・・・?どういうことさ」
俺の疑問に呆れたような顔をするヴォックス。だってそうだろ?俺の手が好きだから、こうも甲斐甲斐しく世話をしてくれてると思ったのに。俺が全く発言の意図を理解していないのが分かったのか、ヴォックスは俺の耳元に唇を寄せ囁いた。
「俺は“お前”自身が好きなのさ。好きなやつに尽くしたいのは、おかしくないだろう?」
とろけるような低音から繰り出された言葉に、俺は顔を真っ赤にさせる。
「何!恥ずかしいことを!ためらいもなく言ってるんだよ!」
恥ずかしさを怒りに変え、近くにあったクッションをヴォックスの顔に押し付ける。そんな俺の様子に笑いが込み上げてきたのか、ヴォックスは肩を揺らしながら俺の手をとりひざまずく。
「ご機嫌斜めのところ申し訳ありませんが、その麗しき爪に彩りを加えるのを許していただけますか、ハニー?」
ああ、この男はなんてキザで、俺の心をときめかせるのが上手いのだろう。でもそれを口に出すのは癪で、俺は顔を背けてこういった!
「お好きにどうぞ、ダーリン!」