苦いキス「ねぇ、これ何」
そういって差し出されたのは、俺が隠していたはずの煙草だった。医者からも、ルカからも煙草を止めるように言われて、ちゃんと止めるつもりだった。でも自分1人では抱えきれない言葉にはしがたい気持ちを抑えるために、こっそりと吸っていた。煙草を吸っている間だけは、その気持ちを忘れられるような気がして止めよう止めようと思ってはいるものの煙草を捨てることが出来なかった。
「ねぇ、ミスタ?どうして」
真剣な眼差しで見つめられれば、俺はもうごめんと謝ることしか出来なかった。
「それは何に対しての謝罪?」
何に対してかな。俺もよく分かってないんだよな。医者とルカとの約束を破ってしまったことに対してなのか、煙草を止められなかったことか、それともルカを置いて死んでいってしまうことに対してか。結局謝罪の理由は分からなくて、もう一度ごめんと謝れば病室内には静寂が訪れてしまった。
「ルカ‥‥」
心配そうにこちらを見つめる3人に、ちょっと出てくるねと言ってぶらりと歩く。今日はミスタの葬式だった。医者の余命とは案外正確な物で、ちょうど余命宣告された1ヶ月後に彼はこの世から旅立った。スッと彼の瞳から光が消えた瞬間、一生涯つきまとうであろう孤独感を感じた。
ミスタの葬式は、彼を慕う人たちでいっぱいだった。皆泣いていて、生前の彼との思い出話が会場であふれていた。そんな中で、ただ1人自分だけが浮いているようで。耐えられずに、1人外に出た。今日はミスタの嫌う雲一つない晴れ空で、太陽の眩しさで目がくらむ。
目的地などなしに歩けば、公園にたどり着いた。ベンチに腰掛けて、胸ポケットからミスタから没収した煙草を取り出す。火をつけた煙草に口をつければ、有害物だらけの煙が肺を満たす。独特の苦みで思い出すのは、幸せだったミスタとの日々。彼はこの煙草が好きだった。煙草を吸った後のミスタとのキスは苦くて、眉をしかめた俺にミスタは子供だなと笑っていた。そんな彼を黙らせるために、更に深いキスをしかけていた。それに困ったように笑う彼が好きで、苦いけれど煙草のあとのキスが好きだった。
なじみのある苦みに、思わず煙草の箱をぐしゃと握りつぶしてしまう。
「み、すた…」
もうこの世にはいない彼の名前を呼ぶ。彼とずっと一緒にいるのだと、無条件にそう思ってしまった。病気が分かった時も、余命宣告された時も、彼の変わらない様子に嘘なんじゃないかと思ってしまっていたんだ。病気という、自分の持てる力ではどうしようもできないモノはいとも簡単に自分から愛するミスタを奪い去っていた。ああ、自分のすべてを投げ出して構わないから、彼が戻ってこないかと願わずにはいられない。
煙草はすっかり短くなってしまって、地面に落とし靴ですりつぶす。空の煙草の箱はすっかり潰してしまっていた。何をするでもなく、そのままベンチに座り続ける。気づいたら降り始めていた雨は、当分止みそうにない。