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    もぐり

    @Guriguri121m

    不変の祈りと可変の希望

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    もぐり

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    魔法のインクを買ったクロエの話。
    22人って1クラスくらいの人数がいますし、魔法舎の中だけで謎の流行が発生するような現象があってもおかしくないな…と

    シュガー・レター さあさあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 不思議な魔法の道具はいかが?
     世界で私しか売っていない限定品! 周囲の音が何も聞こえなくなる安眠枕に、一粒飲むだけでその日のご飯が全部シチュー味になる薬。鼻水が全部四葉のクローバーになるハンカチ!
     おかしなもの、面白いもの、何でも取り揃えているよ!
     ああ、そこのかっこいいお兄さん。君、魔法使いだろう。わかるよ。
     このインク、使ってみないかい……? 魔法使いにしか使えない、とびきり不思議で特別なインクさ!

     薄暗い路地に似合わない明るい呼び込みに惹かれてクロエが買ったインクは、インク瓶にシュガーを入れた魔法使いにしか見えない文字が書ける、秘密の文章用のインクだった。


     特別な調合をした特別なインク。シュガーを入れると中の特別な魔法の材料とシュガーの魔力が溶け合って、魔力の持ち主しか見えないインクが出来上がる。
     店主はまず羽ペンを真っ白な紙の上に滑らせ、クロエの目には白紙のままであることを確かめさせてから、インク瓶にシュガーを入れさせた。
     その状態で筆記してみれば、クロエの目にもはっきりと映る『お兄さん、どうだい? 気に入ったかい?』の文字。
     めちゃくちゃ面白い。
     お気に入りのバッグからお気に入りの財布を取り出して、お気に入りになりそうなインクを買ったのだ。
     魔法舎に飛んで帰って、さっそくラスティカにお披露目しにいった。黄昏の庭でにこにこしていたラスティカは、クロエが出かけた先のことを楽しそうに話すのを見て、もっとにこにこになっている。
     店主の魔法使いから聞いた通りに、文字を書いて見せて、ラスティカに不思議そうな顔をさせてから小瓶にシュガーを入れてもらう。
    「それでね! これで、このインクで書かれた文字は俺とラスティカにしか見えないんだって!」
    「すごいね。でも、本当なのかな? ちょっと試してみようか」
     ラスティカは魔法のインクをつけたペンで、メッセージカードにさらりと『美味しいお菓子はいかがですか』と記入した。そしてそのカードを、近くを通りかかったリケとミチルに見せる。
    「ふたりとも、このカードに書かれた文字が読める?」
    「ラスティカ、僕はたくさん勉強したので読めるように……白紙じゃないですか」
    「えっと、実は裏側とか……なさそうですね」
     二人はクロエを見る。瞳が『ラスティカは一体何を言っているんだ』と訴えていた。
     リケもミチルもふざけた様子はなく、本当に白紙に見えているらしい。
    「お茶会のお誘いなんだ。美味しいお菓子があるよ」
    「読めないと、参加できないんですか?」
    「そんなことはないよ。参加してくれたら嬉しいな」
    「「やったあ!」」
    「この招待状は、魔法のインクで書いたんだよ!」
    「「すごーい!」」

     ――結果として、魔法舎で怪文書のやりとりがめちゃくちゃ流行った。一見白紙の手紙が、一日に何枚もやりとりされるのである。
     ミチルとリケは友人同士の秘め事を量産し、アーサーは考慮の必要のない書類に小動物の落書きをするのに使い、ファウストはテストのカンニング防止に継続購入を依頼して、キャパオーバーした魔法使いから代わりに作り方を教わっていた。
     総じて、微笑ましく平和な使い方である。
     クロエは、ラスティカと文通をするのに使っている。隣室との境の壁に投函口を作って、そこで手紙をやりとりするのだ。
     二人しか見ない手紙に二人しか見えないインクを使うのは、まあ、特に意味はない。なんなら手紙の内容も、いつも口に出していることだった。
     魔法が使えないため全く流行に乗れない晶は、少しばかりふてくされて白紙にしか見えない手紙の束を整えた。
    「賢者様、盛り上がっちゃってごめんね?」
    「謝ることじゃありませんよ。クロエ。実は、今ムルが私にも使える魔法のインクを開発してくれているんです。楽しみですけど、申し訳なくて……」
    「それこそ申し訳なく思う必要なんてないよ!」
     ファウストが商人から教わったインクの作り方を、ムルが改良しているのだ。
     魔法のインクは本物だったが、一つ店主が言っていなかったことがあり。
     インク作成に魔法を使う特性上、どうしてもシュガーを入れた魔法使いだけでなく、インクを作った魔法使いにも見えてしまうのである。
     それに気づかれるとネロがインク作成に手を出しすり替える可能性があるため、制作方法はファウストとムルのトップシークレットとなった。
     制作過程でどうしても避けられない問題だったが、応用すれば晶にも見えるインクが作れるだろう、とムルが閃いたのである。
     魔法使いが自分のために作ってくれる、素敵で不思議な魔法のインク。
     それの完成が、とてもとても待ち遠しいけれど。
     魔法使いたちと、まるでクラスの中で先生の目を盗んだあの日のように、他愛ない秘め事を交わすのは、きっととても楽しいけれど。 
     今目の前にある、たくさんの秘め事の内容を、晶が知ることはできない。
     聞けば誰かが教えてくれるかもしれない。だけど、聞くのはなんだか違う気がする。だってこれは誰かと誰かの秘密の一部だ。
     ちょっとさみしくて、だけどそれは当然のことだった。
    「私の世界には、やぎと手紙の歌があるんです。お友達の白やぎさんから手紙が来た黒やぎさんは、その手紙を読む前に食べてしまって。白やぎさんに手紙の内容を聞く手紙を出すんですけど……」
    「……ねえ、俺、嫌な予感がする」
    「黒やぎさんから手紙がきた白やぎさんは、その手紙を読む前に食べてしまうんです」
    「あー、やっぱり……」
    「白やぎさんは、黒やぎさんに手紙を出します」
    「『さっきの手紙の ご用事なあに』って?」
    「ええ、繰り返します」
     歌の続く限り、ずっと。
     シュガー入りインクのこの手紙も、かじってみたら美味しいのだろうか。
    「この手紙のご用事は、何なんでしょうね……」
     試さないけれど。そこまで文字を感じたいわけではないけれど。
     ちなみに、クロエには手紙の内容が見えている。
     最初にクロエが買ったインクが盛り上がったときに、賢者の魔法使い全員のシュガーを入れたインクができてしまったからだ。シュガーの入れ過ぎでなんかジャリジャリしていたそれは、定期的にインクもシュガーも継ぎ足されている。
     溶け残ったシュガーで文字が読めてしまいそうな、だけどまだこの世界の文字に慣れていない晶には読みとけない白紙みたいな紙。
     晶に日頃の感謝を伝える、バレンタインデーの相談だった。
     おそらく、バレンタインを過ぎたあたりで、魔法のインクの流行は落ち着くだろう。友人同士の秘め事と、考慮の必要のない書類への落書きと、テストのカンニング防止に使われるくらいになるだろう。
     それからでも、晶にこの手紙の束がすべて、晶を想って書かれたものだと知ってほしい。
     紙面で一番キラキラと光る文字が、『晶』であると、いつか伝えられたらいい。


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