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    もぐり

    @Guriguri121m

    不変の祈りと可変の希望

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    もぐり

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    西師弟アンソロ原稿にしたかったけど、ひだまり感もアンダンテ感もないので没にしました。暗い
    幼体クロエの初めての野宿の話です。ラスティカと……一緒なのに……暗いです

    ##ティカクロ
    ##西師弟
    ##幼体

    待てば海路「ごめんねクロエ。野宿になってしまって」
    「えっと大丈夫。初めてだけど、ラスティカと一緒だし……」
     到着した街の宿泊施設がほぼ満室で、唯一空いていたのが地下牢モチーフの部屋だった。
     暗くて、寒くて、不気味で。海辺の街だったこともあり、じめっとしている。どうしても「ここに泊まりたくない」と思ってしまった。ラスティカはそれをわかってくれて、だけど他に泊まるところも見つからなくて。結局野宿になった。
     野宿は野宿で怖かったけど。ラスティカがぎゅっと手を握って「寒くないようにするからね」と言ってくれた。
     そして今、二人で場所を決めてラスティカが準備をしてくれている。
    「星が綺麗だよ、クロエ。この様子なら明日も晴れそうだ」
    「うん……でも、月は丸くないね。潰されてるみたい」
    「誰かに抱きしめられているのかもしれないよ。ほら、こんな風に」
     そう言ってラスティカは、俺のことをぎゅっと抱きしめた。
     月を抱きしめる人なんているのだろうか。そもそも、月に手を伸ばす人なんているのだろうか。
     どうかいてほしい。かつての俺のように、一人の寒さに震えることが無いといい。
     ラスティカに抱きしめられたまま月に手を伸ばせば、その手をラスティカに握られる。
     そのまま、静かなダンスが始まった。
     俺はちゃんとした型なんて知らないから、左右に揺れながら回るだけの拙いものだったけど。
     側にいる俺にしか聴こえない、ラスティカの小さな歌に合わせて。草を踏む音と鳥の鳴き声しかない場所で。月しか知らない、月下のワルツ。
     くるりと回って、そこで気になったので口を開いた。
    「ねえ、ラスティカ」
    「なに?」
    「野宿の準備ってどうするの?」
     ラスティカは「あ」と呟いた。
    「準備をするのを忘れていたよ。ごめんね」
     大丈夫なのか、これ。
     不安が湧き上がって、だけど恐怖は薄れるなんて初めての体験だった。
     離れるのを惜しむように、もう一度くるりと回っておしまい。


     @@@@@@


     場所を決めて、地面に直接ラグを敷いて、周囲に寒くないように魔法をかけて完成。
     ラスティカが敷いたラグがあまりに波打っていたので、結局俺も手伝った。魔法で一発だった。
     ふわふわのラグが波打たず地面に敷かれたのを見て、ラスティカは目を丸くする。
    「クロエ……。君、もしかして大魔法使いだった?」
    「違うよ!」
     仕立て用の布を、作業台にぴしっと張るのと要領は同じだ。布より大きくて厚みがあったので魔法は使ったけど、それだけ。
    「すごいね。ぴっちりしているからよく眠れそう。ラグも誇らしげだ。ありがとうクロエ、君のおかげだよ」
    「褒め過ぎだよ……」
     あまり得意ではないのかもしれないけど、俺がいなくてもラスティカ一人でできたはずだ。
     俺と出会う前、ラスティカは一人で旅をしていたのだから。
    「そういえば一人用だから、少し狭いかもしれないけど」
     ラグに足を曲げて座ったラスティカは、俺に手を伸ばした。
    「俺は靴、脱がなくて大丈夫? 汚しちゃう……」
    「じゃあ、今夜は脱ぐ日にしよう」
     ラスティカはそう言って脱いだ靴を、ラグの外に揃えて置いた。俺もならって、隣に置く。
     一人分間を空けて俺も座ったけど、狭いとは感じなかった。二人で寝ても余裕があると思う。
     これだけはちゃんと街で買っておいた夕食を食べた。食後の紅茶は、香りが強めのものだった。
     話題が途切れたタイミングで、俺は組んでいた足を組み替えて、気になったことを聞いてみる。
    「牢屋モチーフのホテルって多いの?」
    「僕はあまり知らないな」
     ラスティカは困ったように眉を下げた。
     俺は本物の牢屋を知らない。だけど、イメージしていた牢屋そのものの内装だった。
    「あの地下室、ベッドも硬そうだったし、外から見えちゃうし、薄暗かったし。どうしてあんな内装にしたんだろう」
    「えっとねクロエ、多分あの部屋は宿泊のためだけの場所じゃないんだよ」
    「そうなの?」
    「泊まったことはないから、はっきりとは言えないけど……」
     少し戸惑ったように言葉を選ぶラスティカ。ホテルでもあり、地下牢でもある。いったいどんな人がなんのために使うのだろう。
     ラスティカはちょっと目をそらしながら、バツが悪そうに答えた。
    「……パーティ、とか」
    「パーティ!? 地下牢でパーティするの? すごく楽しそう!」
     ラスティカの言葉に、俺の頭の中でいくつも光景が浮かんだ。
     冷たい石壁にはカラフルな飾りつけ。固い床にはごちそうを並べて、牢屋の中から外に自慢げに笑ってみせるのだ。
     ――見てみろよ。こんなことで、このオレサマの自由を奪えるものか!
     牢獄に抱く負のイメージと楽しみなパーティ。そのちぐはぐさを思い浮かべれば、不気味だと思っていた地下牢が一気に華やかな舞台になる。
    「すごいね、それ! 物語の悪役みたい! ジュースは瓶から直接飲むのかな? 肉は手掴みで食べるのかな?」
     そして、自分はともかくラスティカは牢屋に入っているイメージができなかった。まるで穴あきの古着に金ボタンがつけられているかのように、違和感がすごい。
     そこだけ明るい牢屋の中で、のほんと紅茶を飲んでいるラスティカが想像できる。もちろん笑顔だ。
    「もしかしたら隠し扉があって、武器とかもあるのかも。それで、こっそり訪ねて来た一味の人に言うんだよ。『おいちび! 合言葉は?』って……」
     そこまで一気に想像して、口に出して、俺はようやく我に返った。
     ラスティカが目を丸くしている。
    「一人で話してごめんなさい……」
    「あ、ううん。いいんだよ」
     俺が言葉を飲み込まないで済むように、俺に向かって笑いかけてくれる。
    「君がそんなに牢獄でのパーティに食いつくとは思わなくって。びっくりしちゃった」
    「うん、でも、すごくわくわくしたんだ」
    「いいことだよ。クロエの瞳がきらきらしていた。だからできれば冷えないように、僕らはクッションに座ろうか」
     そう言ってラスティカは、一抱えはある大きなクッションを出した。ふかふかだ。
    「そのままだと、ちょっと寒いし体が痛くなる。牢屋にもきっと用意するよ」
    「う……うん、そうだね。きっと革製じゃないかな。きっとボスが狩った獲物だよ」
    「革張りじゃなくて申し訳ありません、ボス」
     恭しくお辞儀しながら、ラスティカはクッションに腰かける。
    「俺がボスなの?」
    「うん。似合うと思うよ」
    「似合うのかな……」
     ちょっと悩んだけど、俺はクッションを抱きかかえたままでいた。寒くもないし、大丈夫。
     ふかふかのクッションを月みたいに抱きしめるのは、結構気持ちがよかった。
    「ラスティカは下っぱって感じじゃないよなぁ。なんか、紳士すぎて」
    「僕は君の部下にはなれない?」
    「ええっ? ならないでよ。ラスティカは友達がいい」
    「光栄です。ボス・クロエ」
    「俺はボスじゃないよ。やっぱり」
     誰かに命令したり、部屋の真ん中の立派な椅子にふんぞり返って座ったりしている自分は想像できない。
     自虐ではなく、本当に向いていないと思う。ラスティカにも伝わったらしい。
    「じゃあ、友達のクロエ。牢屋とは対極の解放感の中で、思いっきり寝てみようか」
    「思いっきり寝るってどうやるの!?」
    「あはは、どうやろう。アイディアはある?」
     俺たちは『思いっきり寝る』というのがどんなものなのかわからないまま、楽しく笑い合って思いっきり寝た。
     星空の下、ふわふわのラグの上で身を寄せ合って。笑いながらいつの間にか眠っていた。

     @@@@@@

    「ラスティカぁ……?」
     目を覚ますと鉄格子の中だった。
     俺たちは昨夜、牢獄ホテルには泊まらなかったはずなのだが。
    「ラスティカ、どこ?」
     思うように動かない身体を起こしてラスティカを探すけれど、狭い鉄格子の中には俺一人のようだ。
     ひゅう、と息が止まる。呼吸の仕方を忘れてしまう。
     彷徨わせた手は何にも触れなかった。
    「どこ? ここはどこなの。ねぇラスティカ。俺を忘れて行かないで! ねぇ!」
     鉄格子の外にいるはずのラスティカに届くように、寝起きの混乱と共に叫べば、ふっと格子に影がかかる。
    「……ああ。起きたのかい」
    「ラスティカ? クロエだよ。ねえ、どこ? ごめんなさい、ごめんなさい、ねぇ、おいていかないで!」
    「美しい囀りだね。でも、少し寂しそうだ。どうか笑って、愛しい人」
    「ラスティカ、誰と話してるの……?」
    「僕の花嫁、ずっと一緒だよ。素敵な一日を過ごそうね」
    「花嫁……? っ、あっ!」
     違う、牢屋じゃない!
     ここは、ラスティカの鳥籠の中だ。だったら今俺は小鳥になっているはずで、多分、俺の声はぴぃぴぃとしか聞こえていない。ラスティカは鳥籠の外で、鳥籠を抱えているはずだ。
     置いていかれたわけではないとわかって、ようやく意識して呼吸ができた。冷静になってみれば、鉄格子は鉄格子でも優美な、ラスティカの鳥籠の格子だった。
    「お腹は空いていない? 花嫁は何が好きなんだろう。僕は昨日、お店でクロエと……」
     ラスティカの言葉がぴたりと止まる。歩いていたのだろう微かな振動も止み、格子の隙間から周りを見渡せば森の中のようだった。
    「僕は、クロエと……クロエ、は、ああ」
     かちゃ、と鳥籠の扉が開いて、ラスティカの大きな手が差し出される。しがみつけばゆっくり外に出されて、そのまま地面に降ろされた。
     力が抜けて座り込んだ俺に目線を合わせて、ラスティカもしゃがんで俺の頬を撫でる。
    「ごめんね、クロエ。きみはここにいた」
    「ラスティカぁ」
    「間違えてしまった。ごめんね。びっくりさせてしまったね」
    「ねぇ、俺が何て言ってるかわかる?」
    「わかるよ」
    「よかった……。ぴぃぴぃしか言えなくなったら、どうしようかと思った」
    「いつものクロエの声だよ。僕の名前を呼んでくれる?」
    「……ラスティカ」
    「うん、ありがとう」
     自分の身体をぺたぺた触る。指は五本。唇はちょっとかさついていて、寝間着を着ている。靴は履いていない。
    「ごめんね、本当に、びっくりさせてしまった」
     裸足で歩くくらい構わないのに、ラスティカは申し訳無さそうに俺を抱え上げる。
     だから俺は、意識してわらってみせた。
    「うん、びっくり! ラスティカ、すごい寝癖だよ!」
     ラスティカの寝癖が芸術的なのは毎朝のことだが、今朝はその寝癖に木の葉や謎の花びらまでついているのでよりびっくりだ。
     早く整えなくてはと思うのに、手元には櫛がない。荷物は全部昨夜の野宿場所に置きっぱなしだそうだ。
    「早く戻らないと! 財布とかお布団とか、盗られたり汚れたりしたら困っちゃうよ」
    「……うん、そうだね。でも、大事なものはちゃんと持っているから大丈夫だよ」
    「花嫁さんの鳥籠?」
    「それもね」
     言いながら、ラスティカは俺のことをぎゅっと抱きしめた。
     俺も。
     大事なものに、入れてくれているのだろうか。
    「……どうして俺を花嫁だと思ったの?」
     野宿の場所に戻るために歩くラスティカに、ぎゅっと抱きつきながら問いかけた。
     昨夜はあのまま、ラスティカの隣で寝ていただけだったと思う。
     おじさんでもおばあさんでも、俺でも花嫁だと言い出すのに、若くて綺麗でもまったく花嫁だと言い出さない人もいる。
     きっかけがわかれば、花嫁さんがどんな人だか想像できるようになる気がするが、ラスティカは首を傾げた。
     寝癖で跳ねた髪が、クロエの髪に触れる。
    「……どうしてだっけ」
    「どこに行こうとしてたの?」
    「……どこだろう。あっちには、何があったかな」
     ラスティカが足を止めて、後ろを振り返った。俺を鳥籠に入れて、向かおうとしていた先をぼんやりと見つめる。
     ラスティカの腕から力が抜ける。俺の足が地面についたのに、そんなことにも気づかずただぼんやりと今までいた方角に惹かれていた。
     俺は気づいてしまった。昨日訪れたのは海辺の街だ。荒れていて、冬で、泳いだり漁に出たりはできないらしいが、それでも海は海。
     ラスティカの見ている先には、海がある。
     彼は花嫁と共に、海を目指していた。
    「僕は……」
     海の美しさと海の果ての伝説について、俺に教えてくれたのはラスティカだ。
     ただ、夜明けの海が見たかったのかもしれない。よく迷子になる人だから、本当にこの先に何があるのかわかっていなかったのかもしれない。
     それで良かった。真実を聞くのが恐ろしかった。
    「寝ぼけてたんだよ、きっと。ラスティカは朝に弱いでしょう」
     だから俺はまた、わらってみせる。
     魔法なんてなくても、人を騙すことはできる。
    「ラスティカ、ほら、戻ろう。ラスティカの大事な花嫁さんを探しに行こうよ」
     朝ごはんが食べたいし、汚れてしまった服を取り替えたい。ラスティカの寝癖も直さないと。何より、ラスティカが笑っていてくれないと。
     勇気を出して腕を引いてみたら、ぼんやりしていたラスティカの瞳がクロエを捉えて輝いた。
    「うん、そうだね。……ありがとう、クロエ」
     ラスティカがゆっくりと微笑む。昨夜寝る前に見せてくれた笑顔と同じ、いつものラスティカの笑顔だった。
    「クロエ、君と一緒なら、今日も素敵な一日になりそうだ」
    「うん。楽しい日にしようね!」
     ラスティカは思い出したように、裸足の俺を抱き上げた。しっかりとした足取りで、「戻ったら紅茶をいれるね」と未来の話をしてくれた。
     ぐう、とタイミングよく俺のお腹が鳴る。ラスティカは笑って、俺の口にシュガーを入れてくれた。
     口の中でシュガーを転がせば、優しい甘みに自然と笑顔が浮かぶ。
     海の気配は、もう散っていた。



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