お迎え「今日は遅いですね…」
壁掛け時計を見ながら、ウォロは呟いた。
時刻は夜の十時になろうという所。
事務職のシマボシは、営業職のウォロよりも早く帰宅している事が多い。しかし、今日は家にその姿は無く帰る連絡もまだ無かった。
「大丈夫、だとは思いますけど」
幼少期から武術を習っていたシマボシは並の男よりも遥かに強い。だから誘拐等の犯罪に巻き込まれている可能性は低いと考えていたものの、こうも連絡が無いと不安になる。
「一度、連絡──…」
スマートフォンに手を伸ばしたその時、待望の受信通知が画面に表示された。
反射的にロックを解除すれば、シマボシからいつもと変わらない『今から帰る』という文章。
『お疲れ様です。駅まで迎えに行きますね』と返信すると、間髪入れずに『頼む』と返ってきた。
「ほほう?」
意味ありげに笑みを浮かべながら素早く支度を整えると、彼は早足で駅へ向かった。
ウォロが駅へ到着して五分ほどすると電車が到着し、不機嫌さを隠さない表情のシマボシが改札に現れた。
──ああ、やっぱり…。
予想が的中したウォロは、彼女に向かって手を振る。
「おかえりなさい」
「…うむ」
暗く沈んだ声でそれだけ言うと、シマボシは黙ってしまった。
「予想通り電池切れ、ですね」
そう言うと、ウォロは手に持っていたコンビニスイーツのビニル袋を破り、中に入っていた物を彼女の口に放り込む。
「⁉」
彼女は一瞬驚いた表情をしたものの、もぐもぐと口を動かしているうちに、淀んでいた瞳に光が灯る。
「もう一つ、いります?」
シマボシは、眼の前に差し出されたピンク色のマカロンにぱくりとかぶりついた。
「スゴい顔してると思ったら、やっぱりお腹空いてたんですね」
「午前中から仕事のトラブルが発生して…ずっと対応していたから、ろくに昼食も取れなかったんだ」
「解決したんですか?」
「もちろん完遂した」
「家に着いたら、一日ずっと頑張ったシマボシさんをめいっぱい甘やかしてあげますよ」
ウォロは彼女の左手を取ると、その薬指にちゅっと口付ける。
「…キミがしたいだけだろう?」
「珍しくジブンのお迎えを断らなかったから、シマボシさんも乗り気だと思ったのですが」
「…」
普段のシマボシは、彼に遠慮して迎えを断るのだが今日は違った。口にはけして出さないが、こういう時は甘えたいと思っている事をウォロは長年の経験則で知っている。
図星をつかれて俯く彼女の耳は、真っ赤に染まっていた。
「まずはお腹を満たしましょうね。何が食べたいです?」
「オムライス、ハンバーグ、海老ドリア、肉うどん…」
シマボシの口から料理名が途切れる事なく綴られ、ウォロは実際に食べた訳では無いのに胸焼けを感じる。
「…この時間から…?」
「…ダメだろうか?」
「…そんなに食べたら胃に悪いから、もっと減らしましょうね」