これまでも これからもそこからのウォロの手腕は見事だった。
サボりグセはあるものの商人として優秀だった男だ。相手の性格を見抜いてその懐に潜り込み、信用させる技術には長けている。
シマボシと口裏を合わせて、見事に彼女の家庭教師になると、あっという間にシマボシの成績を学年トップに押し上げて彼女の両親の信用を不動のものとした。
かつての彼女と同じように、厳しい言い方をしながらも根は優しく義理堅いシマボシの両親は孤児であるウォロを慮り、いつの間にか家族ぐるみの付き合いをするようになっていく。
人当たりがよく、好奇心旺盛なウォロは特にシマボシの父に気に入られ、ウォロが二十歳──という『設定の年齢』ではあるが──になった時、一緒に酒が飲めて嬉しいとまで言われた。
シマボシが大学を卒業すると同時に、結婚を前提とした交際の申し込みに行った時も『そうか、やっとか!』とあっさり了承を得たくらいだ。
「前々から思っていたが、キミのコミュニケーション能力には本当に感心する」
ウォロの住むアパート近くにある行きつけのカフェでシマボシがそう言うと、ウォロは得意げに鼻を鳴らした。
「お褒めに預かり光栄です。……でも意外でしたよね。シマボシさんのお父さんが海外ボランティアやってたなんて」
「母さんも知らなかったからな」
シマボシの父親は大学時代に一年ほど発展途上国へとボランティアへ行き、現地の子供達と交流したという過去があった事が先日判明した。
治安の良くない地域のため孤児が多く、彼らの境遇に胸を痛め現在もふと思い出す事があるそうだ。
そのため、ウォロが孤児と知るなり色々と世話をやいてくれたという。
「孤児である事が役に立つなんて、人生は何があるか分かりませんね」
気づいた時には家族という存在はおらず、周囲から迫害されていたウォロは、少し自嘲気味に微笑んだ。
「……」
シマボシはそっと彼の頭に手を伸ばすと、優しく撫でる。
「大丈夫ですよ。ヒスイでアナタに逢えたから」
ウォロは彼女の手を取ると、両手でそっと包み込んだ。
「ウォ……」
ぽやん!
「ほわぁ!」
「わっ!」
突然ウォロのリュックからモンスターボールが転がり落ちるとトゲキッスが勢いよく飛び出す。
そのまま身体をぐりぐりとウォロに押し付けて、甘えた声をあげた。
「もちろんアナタにも感謝してますよ、トゲキッス」
「ほわぁん」
ぐりぐりと頭を撫でられて、トゲキッスは満足そうに微笑む。
「で。これから、ウチ来ます?」
そんなトゲキッスの身体をあちこち撫でながら、ウォロはシマボシを誘った。
「……えっ、と」
シマボシは口ごもる。
今まではシマボシが学生であるという事と、ウォロがその家庭教師だった事もあり、彼女の両親に信用されるため一人暮らしをするウォロのアパートへ行くのを避けていた。
卒業し、両親から結婚の許可貰えたという事は、枕を交わす事への障害が無くなったという事である。
「……嫌、でしたか?」
躊躇いがちにウォロが尋ねる。
「無理に、とは言いませんよ。シマボシさんが嫌なら、無理強いするつもりは」
「そんな訳、ない」
ウォロの言葉を遮って、シマボシはきっぱりと言った。
「ずっと、この時を待ってた」
彼女は耳まで真っ赤にして、小さく呟く。ウォロはテーブルの上で組まれたシマボシの手に、自分の手をそっと重ねた。
「……ジブンも、待ち焦がれてましたよ」
「ほわぁ」
ヒュン!
トゲキッスは『あとは若い二人に任せて』とでも言うような表情で微笑むと、自分のモンスターボールに帰っていった。
「…」
ケーシィは、シマボシにぎゅっと抱きつくとすぐに離れる。
「ケッ!」
そしてウォロを一睨みすると、モンスターボールに帰っていく。
「す、すまない…ケーシィがいつも…」
「いえいえ。アナタが大事にされてるんだなぁって思うだけですから」
ウォロは重ねた手にぎゅっと力を込めた。
「ジブンも、アナタの事を大事にします。これまでも、これからも」
シマボシは恥ずかしそうにしながらも、顔を上げてウォロの瞳を真正面から見つめる。
「その、末永く……よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
そう言って、ウォロはヒスイ時代に贈ったシマボシの結婚指輪を彼女の薬指にそっとはめた。